表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔の洗礼  作者: 東方博
16/35

十五

 不満は残るが、間に入っている尊を困らせるわけにはいかない。泉はそれ以上追及するのをやめて、尊に追加調査を改めてお願いした。

(誰なんだろう)

 あくまでも『今は』詮索しないだけだ。亜紀の件が解決したら突き止めるつもりだった。

 悪意はないと尊は言っていたので、ライバル会社や一条家を敵視している家の関係者ではないのだろう。それでいて高額な調査費用を払えるだけの金銭的余裕のある人物ーーとくれば、だいぶ絞り込める。

 調査費用を負担してもらっているのだから泉は感謝こそすれ詮索できる立場ではないのはわかっている。しかし、正体を明かさない『依頼主』がどうも泉は気に食わなかった。向こうは泉の動向を把握しているのに、こちらは全く知らされていない。どう考えてもフェアではない。

(ずるい)

 その一言に尽きる。そう、ずるいのだ。尊というハイスペックな男を泉の元に遣わした『依頼主』が。泉に施しを与えるだけの財力を持っていることが。尊が忠実に従う『依頼主』が、泉は好きになれなかった。

(永野もどうしてそんな奴に従っているんだか)

 心療内科医ならば縁切り屋などという怪しい職業ではなく、真っ当な、稼げる職業がいくらでもあるはず。それにあの美貌と聡明さ、洗練された立ち振る舞いーー彼ならもっと仕事を選り好みできそうなものだ。

(仕事だけの関係じゃない、とか?)

「泉、聞いているのか」

「え」上司の声に思考は中断した「は、はい」

「仕事中に何をぼけっとしているんだ」

 これ見よがしに課長はため息をついた。

「明日はチーフミーティングだ。今回は忠寛専務もいらっしゃるんだから。準備に抜かりはないだろうな」

 リリアンカンパニー専務の一条忠寛は、会長の弟だ。営業畑で培った交渉力に加えて、一条グループきっての経営手腕を持つ。強面で厳しい一面もあるが、部下への気配りを忘れないこともあり、社内でも評判は良い。亜紀もまた叔父として尊敬し、慕っているようだった。かくいう泉も廊下ですれ違い様、挨拶ついでに最近の調子を尋ねられたりと気にかけてもらっている。

「はい。これから会議室のセッティングを……」

「しっかりやってくれよ。いつまでも新人のつもりじゃ困るんだ」

 言いたいことだけ言うと課長はさっさと自分のデスクに戻った。どこからともなく忍び笑う声が聞こえてきたーー自分の妄想だとはわかっている。が、周囲の同僚達が内心呆れ、嘲っているのが見て取れる。泉は顔が赤くなるのを感じた。衆目の前で恥をかかされた。

 舌打ちしたいのをこらえる。五十代で未だに課長。上司は自分に嫉妬しているのだ。自分よりも若くて将来に可能性がある部下に。会長令嬢の婚約者である泉に。

 トイレに行く名目で席を立ち、人気のない場所で息をついた。あの課長に婚約解消がバレたら、どんな嫌味を言われるかわかったものではない。嬉々として「ほら見ろ。調子に乗っているからだ」だのと偉そうに説教してくるのだろう。冗談ではなかった。

(万年課長の分際で)

 あんな低俗な奴と自分は違う。ましてや課長に八つ当たりされた自分を陰で嘲笑うことしかできない同期なんて論外だ。

(最近ついてないなー……)

 こんな時こそ信頼のおける上司や友人に相談に乗ってほしいのだが、あいにく泉の周囲はあんなのばかりだ。同族経営なんぞをしているからだろう。忠寛専務を除いて、ろくな人間がいなかった。

 同級生だった浅岡英治は悪い奴ではないが、大学を出ていないし、相談したところで的確なアドバイスを得られるとは思えない。レベルが低いと判断せざるを得なかった。

(もっといないのかよ。口が固くて、頭が良くてーー)

 思考はやがて永野尊へと帰結する。不幸中の幸いと言えるのは尊が依頼とはいえ泉の味方をしてくれていることか。彼は突然わけもわからず婚約を解消された泉の心情を理解して同情してくれている。文句なしの相談相手だ。

 それだけが、泉の心を軽くさせていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ