608:112-5-X2
「舐め……るなぁ!」
ブーンは立ち上がると、爪を振りかぶりながら再び俺に向かって突っ込んでくる。
だが、真正面から来る気が無いのは、金色の瞳の動きから明らかだった。
だから俺は冷静に対応する。
「死……」
ブーンの姿が俺の視界から掻き消える。
まず間違いなく転移能力の使用だろう。
「『エクナック・アネモス』」
「ぐっ!?」
だから俺はブーンの移動ログと言う繋がりを追う事で転移先を特定。
そこに向けて『ドーステの魔眼』を放つと同時にネクタールの槍と『エクナック・アネモス』による攻撃も行う。
「それが種だな」
「まっ……っつ!?」
そして攻撃の衝撃によってブーンの手から零れた小さな機械のようなものを破壊。
転移能力を喪失させる。
「このっ……」
ブーンの姿が変わる。
俺も良く見知ったシアの姿に。
今度は姿を変身させる能力のようだ。
「マスッ……へぶしっ!?」
「『ティラノス・ミデン』」
が、レウと言う前例があったことに加えて、真似ているのが外見だけで表情や仕草などがまるで模倣できていないシアの姿で動揺などするわけがない。
と言うわけで、俺は一切の躊躇いなく斧を振り下ろして、ブーンを地面に這いつくばらせる。
「さて次は何だ?」
「うごっ……ああぁぁ!」
ブーンの左手から何かが放たれ、俺とネクタールの精神に対して何かしらの干渉を行おうとしてくる。
どうやら次はモンスターやホムンクルス、それに意思が弱い人間を操っていた力のようだな。
だがしかしだ。
「そんな物が効くか」
「がはっ!?」
所詮は対人及び対プログラム程度の洗脳能力。
俺とネクタールの精神に干渉しようとした時点で俺の魔力に弾かれて強制終了である。
ついでに俺は短剣でブーンを突き刺し、状態異常:ペインを与えつつ吹き飛ばす。
「それ……なら……これはどうだあぁぁ!」
だが、状態異常:ペインになっても構わずにブーンは動き、不意に輝いた右手が俺の脇腹に叩きつけられる。
「これは……」
「キヒッ!」
そして俺は見る。
叩きつけられたブーンの右手にあったのがアンチスコーピオンの針と言うアイテムであり、それが俺の肋骨のない部分に突き刺さっているのを。
突き刺さったアンチスコーピオンの針が粒子化して、俺の体内に流れ込んでくるのを。
「はははははっ!これで終わりだ化け物!お前がどんだけ強かろうがお前の強さは特せ……ぶぎゃっ!?」
「はぁ……」
で、俺はかなり呆れつつブーンを斧で殴り飛ばし、空中に居るところをネクタールの槍で叩き落とし、ついでに少し周囲の火勢を強める。
「敵対者を素材とした錬金術の行使をこの場で使うとは……呆れてものが言えないな」
「な、なんで……」
「なんで?むしろ、なんでと言いたいのはこちらだ」
俺はブーンにゆっくりと近づいていく。
「なんでプレイヤーに特性を付与すると言う行為が本人の同意なしに出来ると思っているんだお前は。同意なしに出来たら、ゲームに大きな支障を来たすだろうが」
「なっ……」
「おまけに、何処で見たのかは知らないが、敵対者を素材とした特性の付与、それも特性:アンチの付与ってのは……俺がこの前やった事だぞ。ここで俺の猿真似とは……呆れてものが言えないとはこの事だな」
「そんなっ……馬鹿な……」
ブーンとしては正に切り札だったのだろう。
なにせ俺が『狂戦士の多頭蛇の王』を打倒するのに使った方法だ。
通用するのであれば、特性:リジェネと特性:バーサークに大きく依存している俺の戦闘能力は最低レベルにまで落ち込むだろう。
それも一時的にではなく、特性:アンチを何かしらの方法で外すまで恒久的にだ。
が、そんな技をモンスター相手にやるならばともかく、同意も無くプレイヤー相手にやることなど、あのGMが許すはずがない。
もしも出来てしまえば、GMの目的を達成する上で多大な支障を来たす事になるからだ。
『ゾッタ。そろそろ時間のようです』
「そうみたいだな」
「っつ!?GMだと!?」
と、周囲が赤黒い炎によって燃え盛る中、GMの声が不意に響き渡る。
『プレイヤー名、あー、ブーン。貴方は『緋色の狩人』のギルドマスターとして、現実世界でのテロ行為を画策しました。それも貴方自身は私の守護によって守られていると言うリスクのない状態でです。これはGMの守護の恣意的な利用に当たります。なので、BANはしませんが、貴方の身体の守護は解除させていただきます』
「は、ははっ!それがどうした!俺だってそこの化け物や貴様と同じ側だ!人間如きに殺せるような柔な存在じゃあねえんだよ!!」
ブーンは金色の瞳を微妙に歪めつつ、GMに反論をする。
どうやらブーンとしてはBANさえされなければ、何も問題はないと思っているらしい。
それは何とも……
『そうですか。ではゾッタ、説明は任せます。これの相手をしていると、私の精神がやさぐれますので』
「ん?ああそうだな。ブーン・フォ・エフィル。お前に少し教えておくことがあった」
「教えておく事だと……?」
哀れな事である。
「ブーン・フォ・エフィル。お前は『AIOライト』のプレイヤーとしてゲーム内に入ってきた関係上、現実の世界に肉体と言う物を残してきているな。それは外見こそ人間のものだが、中身は人間レベルでは決して傷つける事が出来ず、封印などの措置を行う事も出来ないようになっている」
「ははっ、よく分かっているじゃねえか。ああそうだとも!だから俺を殺せる可能性があるのはお前らぐらいなもので、お前と言う化け物さえ処分できれば俺の生存は確約されるって事だ」
「さて、それはどうだろうな?」
「は?」
俺はインベントリからカプノスを取り出すと、適当に葉を詰めて吹かす。
そして吐いた煙に一つの映像が映し出される。
それは……
「ブーン、お前は幸せ者だな」
釣竿のような長柄の物でも入れられそうな大きなバッグを背負った一人の女性が、暗い病院の廊下を静かに、息を殺すように、ゆっくりと、歩を進める事を躊躇いつつ、けれど少しずつ進んでいく姿だった。




