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ゾッタ完全不在回です
ヘスペリデスの浴場は、ヘスペリデスが生成する大量のエネルギーを少しでも消費するべく作られた施設である。
そのような事情を持つため、浴槽には常に40℃前後のお湯が並々と張られ、シャワーだけでなくタオル、石鹸、シャンプーにリンスといった消耗品まで自由に使えるようになっている。
そんな木製の浴槽の広さは人間が同時に10人ほど入っても、脚を伸ばし、ゆったりと出来る広さを持ち、洗い場もまた同様の広さを持つ。
また、小型ではあるがサウナも備えている。
加えて浴槽には屋敷の外の光景を一望できる巨大な窓が付いているのだが、この窓はマジックミラーのようになっており、外からは普通の壁のようにしか見えないようになっている。
浴槽単体の機能としてはこれでも十分に至れり尽くせりと言えるが、これらの機能に加えて一緒の風呂に入るのは当人同士が同意した場合のみに出来るように、希望者が居れば同じ機能と広さを持つ個人スペースを異相空間に生成、一人でこの大浴場を満喫する事も出来るようになっている。
正にGMが言いたい放題に要望を出し、ゾッタがその希望を叶えられるだけのエネルギーを持っていたからこその浴場と言えた。
さて、そんな浴場に複数の人間が入ってくる。
「ああ、念願のお風呂だわ……」
「そうですね。まさかこんな日が来るとは思いもしませんでした」
風呂と言う環境ならば当然に、けれど『AIOライト』の中と考えれば不自然な事に、彼女たちは衣服の類は一切身に着けていない。
「うーん、中規模ぐらいのホテルの浴場って感じだよね。個人的には広すぎなくて好きかも」
「いい感じの石鹸とかタオルとか置かれてるわね。流石はGMだわ」
彼女たち……グランギニョル、シュヴァリエ、ミストアイランドは感想を言いながら浴場に入ってくると、まずは洗い場で自分たちの体を洗い始める。
『AIOライト』がゲームの世界であり、土汚れの類が衣服などに付かない事を考えれば、間違いなく必要のない行為なのだが、それでも現実世界の習慣として彼女たちはそうし始めたようだった。
また、彼女たちの足元ではヴィオやバル、それにロラ助の妖精型ホムンクルスなど、人間男性としての特徴を有さないホムンクルスたちが彼女たちに倣うように体を洗い始める。
「え、えーと、失礼しまーす」
「あったかいですねー」
と、ここで三人に遅れる形で、金色の髪をなびかせてアンブロシアが、黒い髪を揺らめかせながらラードーンが浴場の中に入ってくる。
「えーと、まずは体を洗えばいいんですよね」
「そうだね。必要性があるのかは分からないけど、僕たちはそうしてる」
「分かりましたー」
アンブロシアとラードーンはシュヴァリエの指導の下、洗い場で体を洗い始める。
そして、そんな二人の姿を遠くから見ていたグランギニョルとミストアイランドは……
「こう、なんて言えばいいのかしらね。裸の……化粧とか、衣服とか、そう言う追加要素が一切ないありのままの状態だと、格の差ってのを感じさせられるわね」
「貴女はそれでもまだいい方です。今の姿は特に補正などかけていないのでしょう。私なんてギルドの機能で幾らか補正をかけてもなお比較対象になれるとすら思えないです」
衣服を身に着けずともなお美しく、人目を惹いて止まないアンブロシアとラードーンの姿と、現実の自分たちの姿を比較して、微妙に落ち込んでいた。
「シュヴァリエの何がすごいって、別にあの二人と並んでも遜色がないところよねぇ……」
「そうですね。方向性は違いますけど、格と言う意味で並べると思います。これも良家の子女の力と言う物なのでしょうか」
なお、二人の名誉のために言っておくと、別に二人の見た目が劣るわけではない。
ただ比較対象となっている三人……アンブロシア、ラードーン、シュヴァリエの容姿が桁違いに整っている。
ただそれだけの話である。
「一先ず私は個人浴槽に移動しますね。スクショの方を撮って、掲示板に上げなければいけませんから」
「そうね。お願い。じゃ、風呂上りにまた」
「ええ、風呂上りにまた」
ミストアイランドの姿が消える。
それと同時に体を洗い終えたグランギニョルは浴槽に入る。
そして、いつの間にか現れていた先客へと目を向ける。
「で、GMがこんなに個人……ゾッタ兄を優遇していいの?」
「問題ありません。モチベーションの維持または向上と言う意味では攻略に寄与しますが、数字の上ではなんのメリットもない施設ですから」
そこに居たのは橙色の髪に金色の角を生やした、美しさと言う意味ではアンブロシアたちと並んでも一切の遜色がない一人の女性、GMことイヴ・リブラが湯船でゆったりとしていた。
「ふうん、メリットはない、ね」
「ええ、メリットはありません」
アンブロシアたちが他のホムンクルスたちと一緒に湯船につかり始める。
だが、GMの事を気にする様子はない。
その事から、グランギニョルはGMの姿と声が自分にしか分からないようになっていると判断して話をする事にする。
「前々から一つ訊きたかったの」
「何でしょうか?」
「GM、貴方の目的は何?フルダイブ式のVR技術なんて言う超技術を用いてまで……いえ、それどころかゲーム中のアイテムを実体化させるなんて魔法以外の何ものでもない代物まで使って、貴方は何をしたいの?」
「賢者の石を生み出す。では駄目ですか?」
「駄目ね。どう考えても賢者の石なんて、本当の目的の途中で出来上がるものでしか無いもの。私が想像している程度の代物なら、貴方自身が今この場で造り出すぐらいの事は出来るはずだわ」
「鋭いですねぇ。あの従兄弟とは大違いです」
グランギニョルがしたのは根幹に関わる質問。
何故『AIOライト』が行われる事になったのかと言う質問だった。
するとグランギニョルの物怖じしない態度が気に入ったのだろうか、GMは曖昧な笑みを浮かべつつも口を開く。
「今はまだ全てを語る時ではありません。ですが、これだけは言えますね。グランギニョル、私が求めているのは英雄であって導き手ではない。偶像ではなく長。必要なのは演者で舞台装置ではないのです。そう言う観点から言えば、貴方の従兄弟は最もゲームクリアから遠い位置に居る」
「それはどういう……ちっ、逃げたわね」
そしてGMはグランギニョルの前から姿を消した。
「ギニョール?どうかしましたか?」
「いいえ、何でもないわ。折角のお風呂、存分に堪能しないとね」
グランギニョルもまた、多少の思索に耽りつつも、久しぶりの風呂を堪能することにした。
そうして、この場でGMと会話した内容の殆どを忘れた。
答えの出ない悩み事など、命にとっては汚れに他ならないのだから。
06/15誤字訂正




