178:37-8-E4
「シア」
「マスター」
部屋の外に出ると、赤紐の間の地面にシアは一人座っていた。
なので俺はシアに声をかけ、ゆっくり近づく。
「ホムンクルスの方は……」
「成功した。これがそうだ」
俺はネクタールの裾を軽く突く。
「なっ」
「わっ……」
するとネクタールの布地の一部が動き、手の形になる。
そして、ネクタールの手はシアへと差し出される。
「なるほど……」
シアとネクタールは恐る恐ると言った感じに、ゆっくりと握手を交わす。
うん、これで顔合わせは済んだな。
となれば次は一度部屋に戻って……。
「あの、マスター」
「ん?」
と、そこまで俺が考えた時だった。
「少しこの子の事で聞きたい事があるのですが、いいでしょうか?」
「……」
握手を終わらせたシアが俺の顔を覗き込んでいた。
それもすごくいい笑顔を浮かべている。
おまけに俺が明確に感じるほどの怒気と威圧感を放っている。
あ、うん、これはヤバいな。
「マスター?」
「せ、せめて部屋の中でお願いします」
「ご安心を。私も外で怒る気はありませんから」
「そ、そうですかー」
だが逃げる事は出来ない。
出来るはずがない。
そして俺は精神的にはシアに引きずられるように、部屋へと戻ったのだった。
----------
「無茶をしないようにと現実の方でお母様に言われてましたよね。マスター」
「はい、言われてました」
部屋に戻った俺は土間部分で正座をさせられ、どのようにネクタールを作ったのかを詳細に話した。
そしてその結果として、俺の前には腕を組んで怒りの表情を浮かべているシアが立っていた。
なお、ネクタールは俺から離れて、部屋の隅の方で壁紙に擬態している。
微妙に震えているので、擬態しきれていないが。
「では自分の肋骨を使う事は?」
「普通に考えたら無茶だと思います。でも出来るという確信は有ったのでやりました」
「内蔵が焼けるような痛みを受けたのに?」
「耐えられる範囲なら問題ないかなー、と」
「……」
シアは俺の答えに悩ましそうにしていた。
いやでも、出来るという確信はあったし、耐えられるという確信もあったから、無茶はしてないと思うんだけどなー、俺。
「はぁ……マスターってなんでこんなに頑固なんだろう……」
「ははは……」
その後、幾つかのやり取りの結果、シアの方が先に折れ、膝を着いていた。
頑固と言う評価については……まあ、否定は出来ないか。
「えーと、とりあえずネクタールの性能についての確認をしていいか?」
「分かりました。こうなれば、今後の為にもそうしましょう」
何時までも言い争いをしていてもしょうがない。
と言うわけで、俺はネクタールを手元に引き寄せ、身に付ける。
そして、触覚以外の五感を同調させることによって、何となくではあるが、ネクタールに何が出来るのかを俺は探る。
「ふむ」
「どうですか?マスター」
「とりあえずこういう事は出来るみたいだな」
俺はネクタールに指示を出し、マントから背もたれと肘掛付きの椅子に変形させる。
「変形機能ですか」
「元が布……一枚の平面だからな。俺の想像力と体積さえ許せば、だいたいの形にはなれるみたいだ」
俺は背もたれ付きの椅子を回転いすに変形させる。
そして、そこから更に座椅子、クッション、机、天蓋付きベッドへと連続で変形させる。
まあ、天蓋付きベッドについては微妙に布地が足りない感じで、外からの視線を隠す布地が少し足りていないが。
「普段は装飾品になっているんですよね」
「そうだな。召喚した時点で強制的に装飾品を一枠埋める仕様になっているみたいだ。で、俺と繋がっているせいなのかインベントリや装備についても制限がかかっている……と言うか、装備品しか持てないなこれは」
「厳しいですね」
「ま、持てないものはしょうがないさ」
俺はネクタールのインベントリを操作する。
が、インベントリの容量はたったの3だ。
その代わりに装備品については、扱えるだけ好きな武器と装飾品を付けられるようだが……現状だと武器を三本持たせておくしかないか。
と言うわけで、とりあえずガードデーモンナイフを三本ネクタールに持たせて装備する。
後で特性:リジェネは付与しておくが、持たせ忘れると悲惨だしな。
「それでマスター、今更ながらに質問何ですが、一体何をどう考えれば、ネクタールを作れると思えたんですか?」
「んー……」
俺は改めてネクタール作成時のあれこれを思い出す。
そして幾つかの事に思い至る。
「そうだな。とりあえずホムンクルスの装備品化については、シュヴァリエもやっていたから、出来るのは分かっていた」
「ヴィオちゃんの事ですね」
「そうそう」
シュヴァリエのホムンクルス、ヴィオレエクレールは獣と刀、二つの姿を持つホムンクルスだった。
アレを見たら、二つの姿を持たせるのはともかく、装備品にする事ぐらいは出来ると思える。
「後、肋骨を通じて半分同化するのは……グランギニョルが近い事をやっているな」
「ギニョールがですか?」
「ああ、尤も、俺の腕じゃグランギニョル程には出来ないけどな」
グランギニョルのホムンクルス、アブサディット、サングラント、ブラフ、あの三体に用いられているのは恐らく魂の分割と付与とでも言うべき技術だ。
だからグランギニョルのホムンクルスはグランギニョルの手足のように違わず動く事が出来るし、一つの核から二体のホムンクルスを作る等と言う真似も出来るのだろう。
「ま、早い話が、どっちも既に先駆者が居る技術って事だな。だからそこまで驚く事じゃねえよ」
「ボソッ……(いや、たぶんですけど、お二人も相当苦労して、その技術を見出していると思いますよ。それをあっさりと再現するのは十分驚嘆に値する事だと思うんですけど。でも、これを言ってもマスターの事だから……)」
「ん?」
「いえ、何でもないです」
「そうか。ま、いずれにしてもネクタールを作れると思えた理由はこの辺りだな」
「そうですかー……」
何故だかシアが遠い目をしているが……まあ、気にしないでおくか。
俺が何を言ってもよくないって感じの意思をネクタールからも感じるしな。
「じゃ、ネクタールについてはこれぐらいにしておいて、『赤紐の楔打ち』の対策について始めるぞ」
「あっ、はい、分かりました」
と言うわけで、俺はシアが戻って来たことを確認すると、とりあえずガードデーモンナイフに特性:リジェネを付け始めるのだった。