22.結婚式
春のうららかな日、どこまでも晴れ渡る青空はまさに結婚式日和で、まるでこれから新しく夫婦となる二人の門出を世界が祝福しているようだった。
長く裾を引く真白いウエディングドレスとタキシードの一対の姿は、まるで最初からあつらえた二つのピースのようにぴたりとはまっていた。
時間を掛けて準備をしてやっとこの日を迎えた兄とナターシャお義姉様が、はにかみながら幸せそうに見つめ合う。
誓いの言葉をいつも以上に張り切って宣言する兄と、それを受けて微笑みながら控えめに、けれどしっかりと宣言するナターシャお義姉様。まるで対極のようでいて、だけどこれ以上お似合いの二人はいないと思えるくらい、寄り添う姿は自然だ。
我が兄であるフェリクスとその婚約者であるナターシャお義姉様は、予定通り年が明けて寒さが去った今日、無事に結婚式を迎えた。一年ほどじっくりと時間を掛けて準備をしたおかげか、式は滞りなく進む。
この場の誰よりも美しく幸せそうな最高のドレス姿のナターシャお義姉様が、チャペルから出て来て振り返る。寄り添う兄に促され、手に持つ色とりどりの鮮やかなブーケを持ち上げ、背後に向かって投げた。
白いウエディングドレスにブーケトス。前世の世界にもあった習慣だ。全く違う世界なのに同じ習慣があることを不思議に思う。もしかしたら過去にわたしやエドワード様と同じように前世の記憶を持つ人がいて、その人がこの習慣をこの世界に広めたのかもしれない……なんて突拍子もないことを考えていると、
「セラフィナ」
いつもの社交の時よりも少し明るい色の衣装をまとったエドワード様がそっとわたしの隣にやってきた。
「エドワード様」
「あっちに混ざらなくてよかったのですか?」
ブーケトスに盛り上がる参列者たちを横目に見る。
花嫁が投げたブーケをキャッチした女性が次の幸せな花嫁になれる――そんな風習まで前世のものと同じだ。結婚式に参列している女性陣の多くはブーケトスに集まり、ブーケをキャッチした女性を中心に盛り上がっている。
「せっかくのブーケトスです。新郎新婦の身内が混ざるなんて興覚めじゃないですか」
それに、とエドワード様のヘーゼルの瞳を悪戯心を込めた目で見上げる。
「わたしには必要ないと思いますから――そうでしょう?」
「!」
思いがけない言葉だったのか、エドワード様の目が少し大きくなった。
確かにわたしはまだまだ未熟で、しょっちゅうエドワード様の言動に顔を赤らめてしまっている。だけどわたしだっていつまでも子供じゃない。エドワード様がわたしを「セラフィナ」と呼ぶようになったように、わたしも少しずつ変化していきたいと思っているのだ。
ところが。
「そうですね。あなたには私がいますから必要ありませんね。あなたを幸せな花嫁にするのは私です。結婚式の希望があれば今からいくらでも追加できますから、何なりと言ってください」
「~~ッ!」
流れるように二倍以上の反撃をされて、結局わたしはいつものように顔を真っ赤にしてしまった。
かつて伝えられずに終わってしまった後悔から、エドワード様は本当に言葉を惜しまなくなった。わたしもできるだけ気持ちを言葉にして伝えるようにしているけれど、それはこの世界での人生経験の差なのか、いつもわたしが羞恥に悶える形になってしまう。長年社交界で令嬢たちを相手取っていた伯爵家子息のエドワード様に、まだまだ社交界デビュー一年目のひよこであるわたしが勝てるはずもなかった。
エドワード様とわたしは、秋の中ごろに晴れて婚約者となった。
伯爵家と子爵家ということでもしかしたら反対されるのでは……と不安になっていたわたしだったけれど、驚くほどスムーズにわたしたちの婚約は成立した。
もともとエドワード様の父君であるフォード伯爵はエドワード様の選ぶ相手なら間違いないはずだという理由で反対する理由などなかったそうで、それどころか内務長官の実務能力を発揮して迅速に婚約に必要な手続きや書類を整えてくれたのだ。
内務長官ということでちょっと怖い人を想像していたわたしだけれど、実際に会ったフォード伯爵は優しげな目でわたしを受け入れてくれた。伯爵夫人のイライザ様も、わたしの母とはまた違ったタイプのおっとりした夫人で、エドワード様とわたしの婚約を大層喜んでいた。
一時期は社交界でわたしたちの婚約が衝撃をもたらしていたけれど、社交シーズンの終了と共に下火になり、それも今ではほとんど収まっている。
そうしてわたしは、婚約者になったのだからと、エドワード様には「セラフィナ」と呼んでもらうようにお願いをした。最初の頃は「セラフィナ」と呼ばれる度に恥ずかしくなって顔を赤くしていたけれど、今では名前を呼ばれることにも慣れた。だけどやっぱりそれ以外のところではまだまだ慣れなくて、打ち負かされてばかりだ。
あの日――互いに前世からのわだかまりを終えて改めて気持ちを伝え合った後、わたしたちは少しずつ、色々な話をした。幼い頃のことや家族のこと、寄宿学校や女学院の話、それから、前世のこと。
話をする度に少しずつわたしたちの間の空白が埋められていく。
約束もたくさんした。まずはカフェに行く約束を果たし、公園にも行って、劇場に演劇も見に行って。
そして婚約という形で共にあり続けるという未来の約束をして。
実際にその約束が果たされるのはまだもう少し先のことだけれど、少しずつ準備も始めている状態だ。だからわたしにブーケトスのブーケは必要ない。それはエドワード様とわたし自身が実現すべきものだから。
「セラフィナ!」
エドワード様に完敗して赤くなった顔を扇いでいると、本日の主役である兄とナターシャお義姉様がやって来た。ブーケトスを終えて、盛り上がった集団から抜け出してきたらしい。
「お兄様、ナターシャお義姉様、本当におめでとうございます」
朝から既に何度か口にしている言葉だけれど、改めて告げる。二人は本当に幸せそうに「ありがとう」と口を揃えた。
「おめでとう、フェリクス。ナターシャ嬢もおめでとうございます」
エドワード様も二人に祝辞を述べる。新郎の家族であるわたしと違って、友人であるエドワード様は式の前に兄には会えていなかった。妹の婚約者なのだから、と思ったのだけれど、エドワード様が家族水入らずを勧めてくれたのだ。
「ありがとう、エド。私が結婚する前にセラフィナを任せられる相手が見つかって本当によかった。セラフィナのことは任せたよ。何があってもセラフィナを幸せにしてあげてくれたまえ」
「もちろん、私の生涯をかけて」
まっすぐなエドワード様の言葉に、せっかく冷めかけていた頬がまた熱くなってくる。
「それなら安心だ。セラフィナ、エドと一緒に幸せになるんだよ」
「お兄様……」
まるでわたしが今すぐ結婚するみたいなことを言っている。恥ずかしいけれど、兄の言葉に込められた思いがわからないわけではなかった。
エドワード様と色々な話をする中で、兄がわたしたちに前世の記憶があると気づいていたことも聞いた。エドワード様に関しては最近になって気づいたものらしいけれど、わたしのことは、わたし自身が覚えていない幼児期に既に気づいていたそうだ。
『セラフィナの運命の相手はお兄ちゃんが見つけてあげるからな!』
これまでに何度も聞いた兄のセリフ。当時のわたしは、兄がシスコンをこじらせて”兄が認めた相手じゃないと認めない”という意味で言っているのだと思っていた。だけど違った。
兄はわたしが生まれる前から求めていた相手がいることに気づき、その相手をこの世界で探そうとしてくれていたのだ。……わたしがうわごとで呟いた「相沢くん」という言葉を「アイザック」だと思ってアイザックと言う名前の人を探していたというすれ違いはあったけれど。
思い返すと、兄がわたしに紹介してくれた人たちはみんな「アイザック」に似た名前で暗めの髪色をしていた。「もっと早くエドワードに会わせていればよかった」と悔いていたけれど、兄のわたしに対する深い愛情ゆえのすれ違いだったのだと知ると、兄への感謝の思いを深めずにはいられない。ただのシスコンだなんて思っていて申し訳ない。
きっとわたしだけではエドワード様に出会うことも、今こうしてエドワード様の隣にいることも叶わなかったと思う。ひとえに兄が広い交友関係を築いてわたしとエドワード様を出会わせてくれて、踏み出す勇気を持てずにいたわたしたちの背中を押してくれたから今があるのだ。
ここまでわたしたちを支えてくれていた兄にわたしが返せるものはなんだろう。
肩の荷を降ろした兄に返せるもの。
「お兄様」
「なんだい、セラフィナ」
「お兄様も絶対にナターシャお義姉様と幸せになってくださいね! わたしだってお兄様の幸せを願っているんですから」
「セラフィナ……っ!」
「ちょっ……お兄様!」
感激した兄ががばりとわたしを抱きしめた。花嫁そっちのけで何をしているのだろうか。
「やっぱりセラフィナが結婚するなんて嫌だ! 結婚なんてやめていつまでも家にいて
いいんだよ、セラフィナ!」
「何を言っているんですかお兄様!」
とんでもないことを言い出した兄を呆れて引きはがそうと腕を突っぱねるけれど、がっしりと抱きしめられていて離れてくれない。じたばたともがいていたら、唐突に拘束が解かれた。見ると、エドワード様がいつにない形相で兄の首根っこを掴んでいる。
「おい、フェリクス。お前との友情もこれまでだな?」
「いやいやほんの冗談じゃないかエド。セラフィナの幸せを願う私が本気でそんなこと言うわけないだろう」
ははは、と軽快に笑っているけれど、さっきのは半分くらいは本気だったのではないかと思う。
戸惑って横を見るとナターシャお義姉様が楽しそうに兄を見ていた。結婚式当日にこんなことをしている兄で本当に良いのだろうかとほんのり不安になる。
「フェリクス様がこんなにはしゃいでらっしゃるなんて珍しいわ」
「……あれ、はしゃいでいるんですか?」
「ええ、セラフィナとエドワード様のことも、きっと誰よりもフェリクス様が喜んでいるのだと思うわよ」
わたしにはいつものシスコン兄にしか見えないけれど、ナターシャお義姉様には違う兄が見えているようだ。
でも、そうなのかもしれない。わたしから見る兄はどうしたって兄という存在で、そこにはフィルターがかかってしまう。でもナターシャお義姉様から見る兄は、フェリクス・ベイリーという一人の人間なのだと思う。見方が違えば、見えるものも違う。
エドワード様も、わたしと二人きりの時と今みたいに兄と言い合っている時では雰囲気に違いがある。でもどちらもエドワード様だ。相手によって、見え方によって違うだけ。そしてきっとこれからわたしたちはもっとたくさんの時間をかけて、互いにまだ知らない一面を見つけていくのかもしれない。
「エドワード様、シスコンなお兄様は放っておいて、あちらで少し休憩しましょう?」
本気で兄に目くじらを立てているのかじゃれ合っているのかわからなくなってきたエドワード様の腕に触れる。いつまでも兄の相手ばかりしていないで、わたしのことも見てほしい。……なんて恥ずかしすぎて言えないけれど。
「そうですね、セラフィナ。いつまでも新郎新婦の邪魔をするのも無粋ですから、行きましょうか」
腕に添えた手はそのままに、エドワード様がわたしをエスコートしてくれる。去り際にふと振り返ると、兄とナターシャお義姉様がにこにこと手を振っていた。
エドワード様と出会った時には、まさかこんな風にエドワード様の隣でエスコートをして貰える未来が来るなんて思いもしなかった。だけど今、エドワード様は優しい瞳でわたしを見つめ返してくれる。
途切れそうな細い糸を渡るように繋ぐことができた今を――未来を、わたしは大切にしたい。
今わたしたちがいるのは、始まりの時とは別の世界だ。でもこの世界で再び出会って、そして前世の初恋の続きを再び始めることができた。
たくさんの奇跡の積み重ねによって得た、今という奇跡。
今ある幸せを噛み締めていると、エドワード様がそっと耳に口を寄せた。
「……フェリクスがまた妙なことを言い出す前に、結婚を早めてしまいましょうか」
内緒話のように告げられた言葉に、わたしは顔を跳ね上げる。じわじわと頬が緩んでいく。
「……はい!」
生まれ変わっても消えない恋は、きっとこれからもこの世界でどこまでも続いていくに違いない。
最期まで読んでいただき、ありがとうございました。
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