1.前世の私、今世のわたし
私の初恋は、中学一年生の時。遅くも早くもなく、ごく一般的なタイミングだった。
相手は同じクラスの男の子で、まだ中学一年生だったこともあって少し背は低かったけれど、快活で友達が多く、運動神経も良くてサッカー部に入っていた。これもまた特段珍しくもない、ごく一般的な初恋だったと言えるだろう。
彼と私の関係と言えば、私の勘違いでなければ、互いに友達以上には意識をしていたと思う。
元々友達の多い彼とは、ごく一般的なクラスメイトとして会話を交わす関係だった。そんな彼と私が親しくなったきっかけは、夏休み明けの席替えだった。
夏休み明けのくじ引きによる席替えで、私は彼の隣の席になったのだ。快活な彼に好印象を持っていた私は、彼と隣の席で授業中や休み時間に会話を交わすうちに、気が付けば彼のことを好きになっていた。
彼の方も私との会話は楽しんでくれていたようで、休み時間の会話は次第に長くなり、今度休日に一緒にどこかに出かけようという約束に至った。中学一年生の秋、十一月のことだった。
忘れもしない。いよいよ翌日の土曜日が約束の日に迫った金曜日の放課後、私は校庭で部活動に励んでいた。
友達に誘われてなんとなく入ったソフトテニス部では、一年生は主にテニスコート脇で素振りをしたり壁打ちをしたりするのが主な活動内容で、私も通例通り友達と一緒に壁打ちをしていた。
まだまだボールコントロールが下手だった私が壁に向かって打った球は明後日の方へ跳ね返り、ボールを拾いに行った先に彼がいた。
普段であれば彼もまたサッカー部で練習にいそしんでいるところであったが、この日は用事があるらしく、部活動には参加せずに帰宅するところだったらしい。
足元に転がってきたボールを拾った彼は、ボールを追いかけてきたのが私だと気づくと、少し照れくさそうな顔をした。
多分この時、私も彼と同じような表情をしていたに違いない。翌日デート(明確にデートという言葉は使わなかったけれど、二人で一緒に出かけるということで、私たちは互いに“デート”だと認識をしていたと思う)の約束をしている私たちだ。中学一年生。当然初めてのデートの約束である。それはそれは気恥ずかしく、一瞬の沈黙が落ちるのも当然のことだったと言えよう。
気まずい沈黙の中そっと歩み寄ってボールを手渡してくれた彼に返した「ありがとう」の言葉は、思い返してみても非常にか細く情けないものだったと思う。
だって仕方ないではないか。翌日のデート。何かが変わるかもしれないという期待が、その時の私の中には少なからずあったのだから。
同じく気恥ずかしさからか、ついと顔を背けた彼は、
「また明日」
といささかぶっきらぼうにすら聞こえるくらいの声音で短く告げ、そのまま足早に校門へと向かっていった。
――また明日。
翌日は土曜日。学校は休み。ただのクラスメイトならきっと“明日”という言葉は使わない。でも私たちには”明日”会うという約束がある。だからこその「また明日」。
この時の私は、まだデートが始まってすらいないのにドキドキが止まらなくて、明日になったら死んでしまうのではないかとさえ思っていた。
それでもいつまでも立ち尽くしているわけにもいかず、一つ深呼吸をして、ソフトテニス部が活動しているコートへ向けて踵を返した。思いがけず彼と遭遇したことによってふわふわとした足取りで。
次の瞬間、背後の方から大きなブレーキ音と、ドンという何かがぶつかる音が響いた。背後――ついさっき彼が向かっていった、校門の方角。校門のすぐ外には、片側一車線のそこそこ道幅の拾い道路がある。交通量は決して少ないとは言えないが、きちんと押しボタン式の横断歩道もある。
まさか。いや、そんな。
たまたまさっき彼がそちらの方向に向かっていったというだけで、彼が何かに巻き込まれたとは限らない。
それでも嫌な予感に背筋が冷えた。
サビついた機械仕掛けの人形のように緩慢に背後を振り返った。その間にも校庭にいた部活動中の生徒たちや教員が校門の方に走っていき、どこか遠くから「早く救急車を!」と叫ぶ声が聞こえてきて――事故が起こり誰かが巻き込まれたことは明白だった。
鉛のように重くなった足を必死に動かして、私も校門へ向かった。
何事もなければいい。ただの野次馬に終わってくれればそれでいい。
さっきはドキドキと高鳴っていた心臓が、今度は嫌な緊張にどくどくと音を立てていた。
一足遅れて辿り着いた人だかりの中央には、真っ赤な血溜まりがあって。音を聞いてすぐに駆け付けた男性教員が助け起こそうとしている、学ランを身にまとった男子生徒。少しだけ小柄な体は、まだ未発達な低学年の生徒であることを示しているようで。
喉がひゅっと鳴った気がした。心臓が、更にうるさくどくどくと脈を打った気がした。
なんで。どうして。
そんな言葉が喉を突き破ろうとして……それでもやっぱり声は出なくて。
そこに倒れていたのは、ついさっき顔を合わせた、明日一緒に出掛けようと約束を交わした、私が恋をしている彼だった。
そこからのことは、鮮明なのにひどく曖昧だった。
数分後にやってきた救急車に運ばれていった彼は、その後病院で死亡が確認されたらしい。
担任によると、青信号で横断歩道を渡っていた彼にわき見運転のトラックが突っ込んできたということだった。運転手は直前で彼に気づき急ブレーキを踏んだが間に合わず、彼の小柄な体は大きく跳ね飛ばされ、全身を強打し、帰らぬ人となってしまった。
金曜日の夕方の事故だったことから、告別式は日曜日に行われた。臨時で教室に集まったクラスメイト達の前で担任は沈痛な面持ちで事故の経緯を報告し、全員で揃って告別式の会場に向かった。そこここですすり泣く声が聞こえたが、私はまるで心が凍ってしまったように、涙の一粒も流れなかった。まるで現実味なんてなくて、悪い夢でも見ているのではないかと何度も思った。
それでも告別式会場に着けば、泣きじゃくる彼の母親らしき女性の姿が目に入り、否応なくこれは現実なのだと突きつけられた。
告別式では、クラス委員が眠る彼にお別れの言葉を贈った。彼とも仲の良かったクラス委員は「もし生まれ変わったら、また友達になろう」と涙ながらに語り、参列者やクラスメイトの涙を誘った。
私はといえば、
――「生まれ変わったら」なんてそんなありえない来世の話ではなく、今すぐ生き返っていつもみたいに笑いかけてよ。
――お母さん、泣いてるじゃん。ダメじゃん、泣かせちゃ。そういうタイプじゃないでしょ?
――デートの約束だって果たせてないじゃん。このままなかったことにするの?
――……まだ、好きって伝えてないのに……
なんて、彼への不満とも取れるような言葉が渦巻いていて。
確かに悲しいのに、泣けなくて、夢なら醒めてと叫べなくて、悲しくて、悲しくて……それでも私と彼の密やかな約束は他の誰にも知られていなかったから、私はただのクラスメイトとして告別式に参列し、彼と永遠のお別れを迎えざるを得なかったのだ。
こうして、私のごく一般的な初恋は、あまり一般的ではない形で強制的に終わりを迎えさせられた。
しかし想う相手がこの世を去ったからといって、すっきりさっぱり終わりを迎えられないのが恋というものだと思う。まさしく私はその通り恋に囚われたまま、その後の学校生活を送ることとなった。
いつも教室や校庭のどこかに彼の姿を探し続けた中学時代。
そろそろ新しい恋を見つけるべきだと頭ではわかっていても、どんな男の子が相手でも全く心が動かなかった高校時代。
大学に入っても新しい恋に踏み出せない私に、高校からの友人は「初恋を美化しているだけだ」と言った。そうかもしれない。彼と共有した時間は、人生の中で見ればほんのわずかだ。初恋というのは特に美化されて記憶に残るものでもあるだろう。それでも私の心には彼の存在と彼への想いがずっと残っていて、もういっそこのまま他の誰にも心を奪われることなく生涯を終えるのも悪くないのではないかとすら思ったほどだ。
そんな風に一種の悟りの境地に達した私だったが、ほどなくして、初恋を大切に守り続ける生涯を達成することになってしまった。
大学一年生の初冬。夕方からのコンビニでのアルバイトを終え、午後十時過ぎの帰路でのことだった。
アルバイト先は自宅から徒歩で通える距離だったが、その途中には交通量の多い国道があった。国道故に街灯も多く明るい道ではあったが、夜間は日中よりもスピードを出している車が多い為、いつもこの道路を通過する時はひときわ注意をするようにしていた。
この日もいつもと同様に歩行者信号がしっかり青になったことを確認してから横断歩道を渡り始めたのだが、無事に渡り終えることは叶わなかった。
横断歩道の中頃に差し掛かったところで、明らかにスピード違反をしている車が横合いから信号を無視して横断歩道に突っ込んできたのだ。
車に詳しくない私には車種は良くわからなかったが、目が眩むようなヘッドライトの明かりと、その背後に黒っぽい塊が迫ってきたのを覚えている。
それはほんの一瞬の出来事で、どうすることも出来なかった私は、猛スピードで突っ込んできた車に思い切りよく撥ね飛ばされた……のだと思う。
何が起きたのか分からなかったけれど、体に二度強い衝撃を感じた後、私の視界に映ったのは、赤い液体が広がっていくアスファルトだった。
自分がアスファルトに横たわっているのを理解すると同時に、ああ私は撥ねられたのかと妙に冷静に考えていた。多分、体はとても痛かったのだと思う。でも痛いという感覚はあまりなくて、ただ、体全体が熱いような寒いような不思議な感覚だけが私を襲った。
ぼやけていく視界と、遠のいていく周囲の音。このまま死ぬのかな、なんて他人事のようにぼんやりと考えて、同時に、中学一年生の時に永遠のお別れをした彼のことを強く思い出していた。
トラックに撥ねられ、この世を去った彼。十三歳のあの時、彼の体は今の私よりも小さかった。小柄な体でトラックに撥ね飛ばされた彼も、同じ痛みに苛まれたのだろうか。否応なく流れ出ていく命を感じたのだろうか。死にたくないと、思ったのだろうか。
ふと、告別式で泣きじゃくっていた彼の母親の姿が思い出された。子を亡くした母親の悲痛な泣き声。私は両親にはたくさん愛されて生きてきたと自認している。私が事故で命を落としてしまったら、きっと両親は泣くだろう。私もまた、両親を泣かせてしまうのか。お父さんお母さん、ごめんなさい。もうきっと伝えることはできないけれど。
体の感覚がなくなっていく。眠りに落ちていく寸前のように、意識が重く深く沈んでいく。
できるなら、もう一度彼に会いたい。もう一度、彼に笑顔を向けて欲しい。好きだと伝えたい。
会いたい。
彼も最後の瞬間に、わずかでも私のことを思い出してくれただろうか。思い出してくれていたらいいな……。
こうして、十三歳で芽生えた初恋を六年間抱えたまま、十九歳で私は“私”を終えた。
そうして、“私”は“わたし”になった。
何のことだと思われるかもしれない。安心して欲しい。誰よりもわたし自身が「どういうこと?」と思ったのだから。
一言で言うと、わたしは「転生」というものを果たしたのだ。
輪廻転生。死んだ魂は生まれ変わるという、あれである。
かつての生において参列した初恋の彼の告別式で、クラス委員が告げた「生まれ変わったら、また友達になろう」というお別れの言葉に対して、私は「ありえない」とやさぐれた感情を抱いた。だってそうだろう。生まれ変わりなんて、過去世の科学世界ではただのオカルトだったのだから。
けれど何の因果か、わたしは生まれ変わった。
最初から転生したと認識していたわけではない。いつからかは不明瞭だが、おそらく四歳か五歳くらいの段階で、わたしには前世の記憶があり、転生を果たしたのだと認識した。
それまでのわたしは、断片的な記憶はあるものの、連続した記憶と意識が明確に存在していたとは言い難い。
多くの人は幼少期の記憶――それこそ一歳とか二歳とか――を全て明確に覚えてはいないだろう。おそらくそれと同じで、脳が発達し、自我というものが形成された辺りになって、やっとわたしはわたしの中にある“私”の記憶を認識することが出来たのだと思う。
家族によるとそれ以前の私は頻繁に熱を出して寝込んでいたらしいから、もしかしたら前世の“私”の記憶によってわたしの小さな脳はオーバーヒートしていたのかもしれない。
果たして「転生した」という認識をしたわたしは、実のところ「はいそうですか」とすぐにその認識を受け入れたわけではなかった。
まず自分の中の記憶を疑ったのだ。つまり、わたしの持つ“私”の記憶はただの妄想で、わたしは一種の精神病か何かなのではないか、ということである。
それはそうだろう。たった四、五歳とはいえ、わたしの中には十九歳まで生きた“私”の記憶も残っている。その常識的な記憶と照らし合わせるなら、そもそも前世の記憶というものは非科学的であり、精神病を疑うに充分な症状だったのだ。
けれど困ったことに、何度“私”の記憶を探っても、それは非常に精巧にできていた。
わたしとは違う“私”。こことは違う世界。
わたしの小さな脳が作り出した妄想にしては細部までが緻密に作りこまれており、やはりこれは実際にわたしの魂が経験した過去の出来事としか言えないのではないか、と納得せざるを得なかった。いや、もちろん重度の精神病であれば脳内に全く別の世界を作り上げることも可能かもしれないけれど。今現在、それを正確に判断する術をわたしは持ち合わせてはいない。だからわたしは、やはり異世界転生をしたのだと認識するしかないのだ。
異世界。そう、異世界だ。
過去の“私”が生きていたのは、地球という惑星にある日本という国だった。
だけど今わたしがいるのは、地球でも日本でもない。空には月が二つあるし、世界中どこを探しても日本なんていう国は存在しない。魔法も勇者も魔王も伝説の竜も存在しないけれど、ここは間違いなく異世界だった。
そして。
ストロベリーブロンドの髪にアンバーの瞳。セラフィナ・ベイリーという名の、サングレイス王国のベイリー子爵家の娘。それが今のわたしなのである。




