18、王たちと神々が一つの円卓を囲む時
※リューの本名は柳儀で、字は紫菀です。彼の祖先にあたる大司命たちは「阿儀」と呼びます。
「やはり、米を口にすると落ち着きますね……」
粥をひと碗食べ終わったリューは、しみじみとそう呟いた。
シェーンが大鍋からよそってくれた粥は、とろとろに煮込んだ米に干した帆立貝の貝柱の旨味が溶け込んだ優しい味わいで、何故か、母が作ってくれた粥の味とよく似ていた。
ディエンが嬉しそうにくすくすと笑った。
「紫菀も私と同じだな。饅頭や焼餅も良いものだが、どうしても米には及ばないと思ってしまうからね」
人間形態に戻ったアーセンが、シェーンから二杯目の粥をよそった器を受け取りながら言った。
「どういうわけか、華夏南部の人間は華夏北部の人間よりも、皇国の人間の方に似ている時があるよね。そのせいかな、リューがコガ嬢と相性が良いのは」
リューは耳の先まで熱くなるのを感じた。
「アル、そういう不意打ちは止めてください」
アーセンはくつくつと笑ったが、ディエンは真面目な面持ちでこう呟いた。
「そういえば、紫菀の婚約者だというコガ嬢に、早いうちに紫菀の伯父として挨拶をしておかねばならないな……」
食後に、ディエンが四人分の蓋碗に八宝茶を淹れた。甥であるリューの好きな飲み物が八宝茶だと知って以来、彼は度々、手ずから八宝茶を淹れてくれるのだ。
茶を飲みながら、シェーンが言った。
「ところでリュー。この度の討伐では、貴方の使い魔の火焔狐もお手柄でしたね」
リューが魔法障壁から飛び出した時に手にしていた、橙朱の剣。その正体こそ、リューの使い魔の火焔狐だった。
リューは邪竜アヴァルスに肉薄しながら橙朱の剣を投げる際、華夏語でこう指示していた。
支障がなければ、帯となって邪竜の右の頭に背後から巻き付け。もし邪竜の左右の首のいずれかに咥えられてしまった場合も、やはり帯となって長く垂れ下がれ。どちらにせよ必ず二つの首を根元から固く縛り上げるのだ、と。
リューが邪竜の二つの竜珠を逆鱗ごと同時に断つことが出来たのは、火焔狐の働きあらばこそ。
リューは火焔狐を撫でようと自分の右隣に手を下ろし、違和感を覚えた。可愛らしい相棒は、いつもならば彼のその仕草だけで、すぐに影から頭を出すのに。
「……火焔狐?」
リューが思わず声を出して呼ぶと、複雑な面持ちを浮かべたディエンが教えてくれた。
「火焔狐ならば、おそらくホールにいると思う。少し前に少司命娘々が、尊き方々の話し合いの場にお連れになったのだよ」
* *
茶館のホールには、錚々たる顔ぶれが集まり、円卓を囲んでいた。
海の王マナナン・マクリル、妖精王オーベロン、猫型妖精の王オシアン、嵐の王アーサー。そして、大司命と、魂のみの状態の少司命。
神でも王でもない身で同席していたのは、オシアンの異父弟カイと、聖騎士団長ハワード卿だけだった。
「さてと、邪竜の奴は片付いたが、まだ少しばかり揉め事の種が残っているからな。今のうちに話し合っておこうじゃないか」
オーベロンの視線の先には大司命がいた。
「私は、妻を連れて天に帰りたいだけだ」
大司命は憮然とした顔でそう返事をしたが、その紫の瞳には、向かいに座る、半ば透き通った女性の姿しか映っていなかった。華奢で、やや幼く見える顔立ちの彼女こそが大司命の伴侶。これまで邪竜アヴァルスの腹中に囚われていた少司命だ。
膝に乗せた火焔狐を静かに撫でる彼女に向かい、大司命は訴えた。
「妻よ、何故、共に天界に帰ってはくれぬのだ」
少司命は悲しげに目を伏せた。
「……我が背の君。貴方様もご存知のはず。妾は一度、人としての生を送らねば、天に戻ることは叶いませぬ」
「……しかし、何も華夏から離れて、このような遠い国に転生しなくとも」
食い下がる大司命に、少司命はようやく顔を上げた。
「火焔狐より聞きました。妾が居らぬ間、三尸虫や竈神、月下老人めらが、よりにもよって章(リューの父)を度し難き悪人になるよう、導いたそうにございまするな。さて、章に道を踏み外させた者めらは、如何相成りましたか?」
大司命の顔に、神らしい威厳が戻った。
「無論、あの者どもは権能を剥奪し、人の身に貶した。今後百年は、混迷を続ける華夏の地で辛酸を舐め続けることになる」
少司命は、重ねて問うた。
「章にも堪忍なりませぬ。我らの末裔でありながら、華夏の財物を異国に流出せしめ、異国より仕入れた毒を華夏に流して財を成したことも。許氏に側女となることを強いた挙句、生まれた阿儀が丈夫ではなかったからと母子を虐げたことも。あの者への仕置きは、お済みにございましょうな?」
大司命はこれにも、威厳ある表情で答えた。
「章は、火焔狐の忠誠を得た阿儀によって死なぬ程度に炙られ、下仕えの手を借りねば話すことも身動きすることもままならぬ身となった。これより十二年とふた月の後に命数が尽きるまで、柳家の持つ財と名声を狙う者どもに飼い殺される日々を送る運命だ」
少司命は、更に問うた。
「……然らば、背の君。配下も我らが子孫も顧みず、此度の事態をお招きになった御自身への仕置きは如何に?」
「……天に帰らないのは、私への罰だというのか?」
大司命は青ざめた顔で少司命を見つめた。大司命ばかりではない。その場にいた全員が、固唾を呑んで少司命の次の言葉を待った。
少司命が眉をひそめた。今にも泣き出しそうになるのを、堪えているような顔で。
「……背の君。妾とて、この千年、貴方様の元に帰ることを願うておりました。なれど、貴方様が目をお離しになった隙に、妾と貴方様の血を引く者が華夏に害悪を広め、罪なき許氏を踏み躙ったのは紛れもなきこと。天に我らを罰する者がない以上、我ら自身が我が身を罰するよりほかありますまい。これより妾は三世に渡りて人の子として生き、三度目の生涯を終えるまでは、貴方様の元に戻ることも、見えることもございませぬ」
マナナン・マクリルが、少司命と大司命のやり取りに口を挟んだ。
「東方の女神よ。この千年来のご夫君の心労も思いやり、少し罰を軽くしてやっては頂けまいか。そもそも、御身が彼の邪竜の腹中に囚われておいでとも気付かず、邪竜ごと封印してしまった我々にも責はある」
余計なことを、とオーベロンが声に出さずに呟いた。もし万が一、ここにいる神々と王たち全員が大司命と同じ罰を受けることになっては死活問題だ、とでも思ったのかもしれない。
アーサーは固く唇を引き結んでいた。生真面目な彼は、罰を受けよと言われれば従容と罰を受ける気なのだろう。
オシアンはしばらく黙っていたが、やがて、至極穏やかな口調で少司命に話しかけた。
「気高き東方の運命の女神よ。三世もの間、最愛の伴侶に一切会うことが叶わなくなれば 、流石に大司命の精神が持たぬ。大司命の精神が崩壊し、混迷を続ける華夏の最低限の秩序を守る者が不在となることは、貴女も望むまい」
彼は、少司命に次のように提案した。
大司命には、少司命が人間として一生を終えるまで、一切の接触を禁ずる。王たちの千年前の過失については、華夏のために贖いをすることで罰に代えてはどうか、と。
「それよりも月下老人が許氏と柳家の前当主の間に結びつけたという赤縄。彼の忌まわしき繋がりを、貴女の権能で早急に断っては頂けまいか?」
赤縄によって結ばれた二人は、来世も離れることが出来ない。そのため、もしこのまま柳家の当主が死後に地獄に落ちれば、許氏までもが道連れとなってしまうのだから。
〈人物紹介〉
柳章:リューの実父。大司命と少司命の末裔たる名門柳家の当主でありながら、華夏の租界の犯罪王に堕ちた。不正な手段でリューの母である許氏を妾とし、生まれたリューが虚弱体質だったことを理由に母子を虐げた。
許氏:リューの母で、ディエンの実の妹。国色天香と謳われた美貌の持ち主。




