第二話 プロローグはバッドエンドの後で
とりあえず、引き返しました。
どうするべきかわからなかった、というのが正直なところです。
村に戻り、ファフの鞍に"バラバの近くにある鉱山の奥で、銀色の金属製と思われる、高さが二十メートルもある立像を発見したから、調査隊を派遣してほしい"という旨の文を括りつけ、急いで首都まで戻るよう命じました。
ぼくは村に残り、再びロボットの様子を見に行き、周りをうろうろと歩いたりもしましたが、結局わかったことといえば、最終日に予定していた観光がキャンセルになるであろうことだけでした。
五日後、首都からファフを含めた三頭の翼竜が計六人を背に乗せ、村に降り立ちました。
その中には、レファリアの姿もありました。
ぼくはレファリアを首都の王政執務室かそこへと続く廊下でしか見かけたことがありませんでしたから、これには大いに驚かされました。
〈官庁魔法使い〉を統括する立場にして宰相であるレファリアが直々に動いたということは、事態はそれほど急を要する、ということです。
他の五人は初めて見る顔でした。
〈官庁魔法使い〉と、地質学者と、考古学者と、残りの二人は衛兵でした。
ヴェリオルト・シャンディと名乗った、いかにも壮年の紳士といった雰囲気のダンディの面貌に、碇の形に整えられた顎髭が特徴的な〈官庁魔法使い〉は、ぼくを見て「久しぶり」と言っていたので──それがジョークではない限り──初対面ではなかったのでしょうが、いかんせんぼくは人の顔を憶えるのが苦手なもので。
ぼくを含めて六十人いる〈官庁魔法使い〉の中で、ぼくがはっきりと憶えているのはラフィとミェルの二人だけです。
前者はとても美人で、後者はとても嫌な感じの雰囲気をしていたので記憶に残りました。
「例のモノはどこ、フローリー?」
レファリアが労いの一言もなしに、ぼくに訊きました。
いつものことです。
ぼくは六人を鉱山に案内しました。
ワールとラバットはレファリアから村に残るよう命じられました。
鉱山に到着すると、レファリアが衛兵の二人に、ロボットへと続く穴の入口の警備を命じました。
本件には箝口令が敷かれ、ロボットを直接見ることが許されたのは、衛兵の二人を除く調査隊の四人とぼくの、計五名だけでした。
ワールとラバットには簡単な聞き取り調査が行われ、ロボットについては、レファリアから「先住民が作った宗教的な意味合いを持つ石像」との説明がなされました。
真っ赤な嘘です。
余談ですが、ロボットという固有名詞が定められたのも、このときでした。
第一発見者であるラバットの名前に由来するそうですが、衛兵が名前を訊いたときに、妙な訛りのせいで勘違いされてしまい、訂正されることなく決定に至ったのだとか。
村の人々の言葉が聞き取り辛いという点には同意します。
ロボットを前にして、全員が言葉を失いました。
改めて見ると、この世のものとは思えない外観をしていますので、無理もありません。
頭部は二重構造で、外側は中央をスリット状に細い横線が三本走り、内側はスリットの隙間からしか見えませんが、模様や凹凸もなく、つるりとしています。
他は耳の代わりか両サイドに円形の突起があるだけで、口や角の類はありません。
首から下は随所が角張り、関節の可動域に合わせて装甲となる板を貼り付けたような、いくつもの部品に分かれていると思わしきシルエットをしています。
それら全ての部品は縁をガラスのような半透明な素材で薄く模られています。
「どう思う、アーウィン?」
沈黙を破ったのはレファリアでした。
意見を求められた、考古学者だという青年は、病的なまでにげっそりとこけた顎に手を当て、首を傾げました。
「どう、といわれてもねえ……。確かにこれは、今までに出土したモノと同じ色をしているし、地面に埋まっていた点でも共通している。──だけど、規模が違う。もしかすると、彼らは僕らよりずっと背が高かったのかも。とりあえず今思ったことは、それだけかな。これは調べ甲斐がありそうだ」
丸々とした魚のような眼を、それこそ魚のように泳がせたアーウィンに、ぼくはたちまち疑問を投げかけます。
「──今までに出土したモノ? 彼ら?」
するとレファリアが振り返り、凍えるような視線でぼくを射て、告げました。
「この際、あなただから教えるわ。実はね、このロボットの他にも、世界各地でわたしたちにはそれがなにかもわからないようなモノが、いくつか出土しているの」
ぼくは突飛な話に返す言葉を見つけられず、ただ黙って続きを促しました。
「それらはほとんどがこのロボットと同様に銀色で、金属製で、地下深くに埋まっていた。そして、わたしたちはそれらを収集する過程で、一つの仮説に辿り着いたの。その昔、人類は今よりも遥かに高度な文明を有していて、けれどもなんらかの理由で一度滅んだんじゃないかってね」
「────なんだって?」
ぼくは愕然と目を剥いて、助けを求めるように他の面々を見ました。
シャンディもアーウィンも地質学者の女性も、なんともいえない反応──少なくともジョークを聞いたギャラリーのものではない反応──をしていたので、ぼくは、
「──本当に、今ぼくらが目にしているのは、その……旧文明? の遺産だと考えているのですか?」
と確認しました。
「その可能性がある、というだけよ」
「それでは、彼ら、というのは、旧文明が実在した場合に、その時代に生きていた人々のことですか」
「ええ」
「……ええと、この件について、ぼくはどの程度知っているべきなのでしょうか? この際なのでぼくも告白しますが、業務報告書の類は、ほとんど読んだフリをしているだけなんです。どうせ大したことは──滅んだ人類についてなどは、書かれていないものだと思っていましたので」
「なにも知らなくて当然よ。これは極秘で進められていた計画だもの。知っているのはこの場にいる五人を除いて十二人だけ。七人が〈官庁魔法使い〉で、残りの五人はわたしが必要だと判断し、計画に勧誘した専門学者よ」
「陛下はご存じないのですか?」
「ええ。知る必要もないわ。本件の最高責任者はわたしよ」
なんということでしょう。
「……お言葉ですが、報告義務に違反するのではないでしょうか?」
「解釈の問題ね。承認を得ずに僻地に穴を掘るぐらいの権利は有しているわ」
ぼくは賢い大人でしたので、誰かが物事においてあまり一般的ではない解釈を主張したとき、警戒するべきだということを重々理解していました。
ですので、次のように訊いたのです。
「──これは冗談半分の質問なのですが、国家転覆を企てていたりしますか?」
「いいえ。でも、もしもその昔に文明が存在していて、今がひっくり返っている状態なのだとしたら、それを元に戻してみたいとは思うわ」
今にして思えば、このとき降りるべきでした。
なにもかもを忘れて、立ち去るべきでした。
そうしていれば、結末は違ったかもしれません。
ですが──、
「それから今日以降、業務報告書には毎日目を通すように。きっと滅んだ人類についての記述が主になるでしょうからね」
ぼくは軽率にも好奇心に駆られ、頷いてしまったのです。
「ようこそ、失われた文明を呼び起こす、〈転生計画〉へ」
これが悪夢の始まりでした。




