第1章 氷の騎士
とある王家の王位継承問題と共に、四人の王女と王子達の恋の話です。楽しんでもらえたら嬉しいです。
投稿99目の作品です。
近衛騎士マーシャル=コルトンは、金髪碧眼の美丈夫な青年だった。年齢は二十歳。
さぞかしモテるかと思いきや、むしろ周りから疎まれていた。
職務一筋、規律重視、融通の一切効かない堅物だからだ。
相手が王族や高位貴族、高い地位の人間だろうが、「規律」「騎士道」「神の教え」という天下の宝刀を振りかざして、一刀両断する。
それゆえに、氷の騎士という二つ名で呼ばれる。
「しかし清い水には魚は住めない。なぜこんなやつを近衛騎士にしたのだ!」
王族は皆辟易していたが、座学も実技もぶっちぎりにトップだった。しかも品行方正だったので、近衛騎士にせざるを得なかった。
何せそれが長年の慣例になっていからだ。
正義の人であるマーシャル=コルトン本人が近衛を希望していたかどうかは定かではないが。
うざい、どこか他所の部署へ行かせたい。
しかし、瑕疵がないので異動させられない。というより、近衛最強の騎士を簡単に手放すことなんてできない。
というのも彼はただの人間相手だけでなく、魔物退治のスペシャリストでもあったのだ。しかも、飛行タイプに強いのだ。
魔物の多くは辺境地に出没するので、魔物討伐隊は辺境地の騎士団の中に置かれている。
ところが飛行タイプの魔物は、王都だろうが所構わずに出現する。
それゆえに、都会、特に王城においては人間相手だけでなく、飛行タイプの魔物にも対応できる騎士は貴重な人材なのだ。
マーシャル=コルトンを追い払いたいけれどそれができない、いやしたくない。
それではどうする?
あのバカ真面目な性格をほんの僅かでもいいからもっと丸くできたら、こちらも何とか我慢できるのだが……何か彼を変える方法がないものか……
この二年、王侯貴族達はみんなで頭を悩ましてきた。
そんなある日のこと。晩餐の席で、二人の王子がマーシャルのことを愚痴った。
すると長いテーブルの一番端に座って、最後のデザートであるリンゴのコンポートを食べ終えた第二王女リシェルが、ナプキンで口元を拭いてからこんなことを言い出した。
「彼に恋をさせればいいのではないかしら?
人は恋をすれば変わると思いますよ。 恋は盲目といいますし。
ねぇ、お兄様方?」
末の妹の含みを持つ言葉に、第一と第二王子が嫌な顔をした。
なぜなら二年前、彼らはその盲目の恋というやつで散々酷い目に遭ったからだ。
第一王子チャールドは婚約者持ちにも関わらず子爵令嬢に夢中になった。
そして周りの忠告にも耳を傾けず、婚約者である公爵令嬢を蔑ろにし続けたせいで婚約は解消されてしまった。
その結果大きな後ろ盾をなくし、彼は王太子候補から外れてしまった。
飛び抜けて優秀ではないにしろ、その子爵令嬢と出会うまではそれほど大きな瑕疵もなく、無難に国を治められるだろうと思われていたのに。
自分が王太子になると信じて疑っていなかった彼が、一生弟の補助をし続けなければならなくなったのだ。
その時味わった絶望感は二年経っても未だに癒えていなかった。
姉である第一王女のキャスリィーは、既に政略結婚で他国の王家へ嫁ぎ、現在立派に王太子妃として務めている。
(真実の愛だとか私的なことのために、王族の義務を放棄するなんて、何を考えているのよ。
平民に堕ちれば良かったのに)
と、第二王女は思っていた。
そしてその兄の不始末のせいで第二王子ハロルドは、望んでもいなかった王太子としての教育を受けざるを得なくなった。
そのせいで、今地獄の苦しみを味わっているのだ。
愛する婚約者も自分と同様に苦労を強いられているので、彼はそれを申し訳なく思っていた。
伯爵令嬢は元々王太子妃や王妃になりたいなどという、そんな望みを持っていたわけではなかったからだ。
もうこんな王太子妃教育は嫌だと、婚約解消を求められてしまったらどうしようかと、彼は不安で仕方がなかった。
ただのお妃教育と将来王妃になるための教育は雲泥の差があったからだ。
しかし、この二番目の兄に対してもリシェル王女はこう思っていた。
(ハロルドお兄様も大概だわ。世の中何が起こるかわからない。
「もしも」を想定していざという時のために、幼いころから真剣に後継者教育を受けておけば、今ごろ苦労しなくてすんだのよ。
それなのにお気楽な婚約者と遊んでいたからこうなったのよ。
私だってスペアのスペアだというのに、チャールド兄様が受けてきた教育を、ハロルドお兄様と一緒に幼いころから受けさせられてきたのに)
リシェルはこっそりと二人の兄達と同じく帝王学を学ばされていた。そして兄達よりも優秀な成績を納めていた。
ただし、その事実を当人達は知らなかった。
王族に慈愛は必要だが恋愛は不要だ。
まあ、一年とちょっと前にそれを思い知らされたおかげで、もうくだらない恋に落ちることもないだろう。
(「若い時の苦労は買ってでもせよ」というけれど、本当よねぇ〜)
まだ十五だというのに、老成した台詞を一人心の中で呟きながら、リシェル王女は食堂を出ると、自室に向かった。
そして部屋の中に入った途端、第二王女付きの侍女であるマデリンがこう言った。
「それにしてもコルトン卿は不器用な方ですよね。もっと上手に女性をあしらえばよろしいのに」
「あしらうって、彼は女性にもてないでしょう? そもそも女性が彼に興味がないんじゃないの?」
「まさか! 違いますよ。
完璧過ぎるので女性の方が自分では不釣り合いだと引いてしまっているだけで、みんな憧れてはいるんですよ。
あの方の方からお声を掛ければ、断る女性なんていませんよ」
「えーっ?
てっきり疎まれているのかと思っていたわ。パーティーでもいつも一人だったし」
予想外の事実を教えられて、リシェル王女は驚きの声をあげた。
「たしかに同性からは疎まれているでしょう。コルトン卿には何一つ敵わないのですから。弱みが一つでもあれば、まだ親しみも持てるでしょうが」
「まあ、そうだったの。お気の毒ね。思う人には思われず、思わぬ人からは好かれてしまうなんて」
リシェル王女は頬に片手を付けて、コテッと傾けた。少し眉間にしわを寄せているのを見て、本気でそう言っているのだとマデリンにもわかった。
しかし、このところコルトン卿に対して王女が冷めた目を向けていることを知っていたので不思議に思った。
「なぜお気の毒だと思われるのですか?」
「コルトン卿は以前に年上の令嬢に襲われて、それ以来女性がお嫌いになって、同性の方がお好きになったのでしょ?」
マデリンの目が点になった。そしてしばらく間を置いてから、普段より低い声で訊ねた。
「そのお話をどなたからお聞きになったのですか? 想像はつきますけれど」
「チャールドお兄様からよ」
「やっぱり……」
滅多に表情を変えない超優秀な侍女が苦々しい顔をした。まあ一瞬だったが。そして徐にこう言った。
「リシェル殿下。残念です。
ようやく冷静沈着、俯瞰的に物事を見極められるようになってきたと思っておりましたが、まだまだでございましたね」
マデリンの言葉にリシェルは思わず口を尖らせた。仕方ないじゃない、私はまだ十五歳なのだから、とばかりに。
しかし、この侍女がかつて仕えていた主であった姉は、この年にはすでに完璧な王女だったので、そんな言い訳はできなかった。
まあ、彼女は優秀な侍女なので、二人を比較したことなどはなかったが。
「王族たるもの、私情を交えて物事を判断してはいけないことは、よくご理解していると存じます。
そしてそれは身内に対しても……です。王族の判断一つで白は黒に、黒も白になるのですから。
そのことを思い出し、チャールド殿下の発言を冷静に考えてみてくださいませ。
殿下の普段の発言を鑑みれば一目瞭然だと思うのですが」
そう冷静に言われて王女はハッとした。
「チャールドお兄様はコルトン卿に勝るものが何一つ無いわ。
彼は子供のころからお兄様の護衛を兼ねていて、いつも一緒にいたみたいだけど、どちらが王子か分からないと周りから言われていたわよね。
そうか。お兄様はコルトン卿にプライドを傷付けられて、妬んで嫌っていたのね。
だから彼を貶めようとして、そんな嘘を私に言ったのだわ。それを疑うことなく信じてしまうなんて、なんて私は馬鹿なのかしら」
「リシェル殿下。たしかにチャールド殿下は嫉妬されていたし、王子としてのプライドも傷付いていたことでしょう。
しかし、それは貴女のお考えになっている嫉妬とは違うと私は存じます。
殿下はチャールド殿下のお好きな女性のタイプをご存知でしょうか?」
侍女の突拍子のない質問にリシェルは目を見開いた。そして、質問について少し考えてからこう答えた。
「婚約者だったカンター公爵令嬢は、キャスリィーお姉様と双璧を成す才色兼備な方だったわ。
でも、お兄様は彼女に全く関心がなかった。本当に失礼な話。
そして恋人にしたのが件の子爵令嬢。ピンクブロンドに鮮やかな緑色の瞳をした、まるでお人形のように可愛らしい令嬢だったわ。
つまり、美人より可愛らしい女性がお好みということかしら?」
すると、マデリンは軽く頷いた。
「そのとおりでございます。
チャールド殿下は昔から愛らしくて可愛い女性がお好きなのです。
そしていつかはリシェル殿下もお気付きになるだろうと思って、私はこれまで黙っておりましたが、さすがに待てなくなりました。
コルトン卿に対する謂れなき戯言を、リシェル殿下が信じていたと知ってはなおさら、あの方があまりもお可哀想で」
読んで下さってありがとうございました。




