第29話 揺らぐ均衡
中央補助金の遅延は、三日で済まなかった。
五日。
七日。
倉庫の備蓄はまだある。
だが、問題は資金だ。
「労役報酬の貨幣支給分、今月は半減ですね」
リーゼロッテが静かに言う。
「はい」
アレクシスは即答した。
「食料は維持。貨幣のみ調整します」
マルティナが腕を組む。
「不満は出る」
「出ます」
否定しない。
広場では、小さなざわめきが広がっていた。
「王都が止めたらしい」
「やはり中央に逆らったからだ」
事実ではない。
だが、空気は揺らぐ。
夜。
労役監督の一人が辞意を申し出た。
「私は、王都の方針に従います」
責めることはできない。
彼は家族を持つ平民だ。
中央に逆らう印象を持たれたくない。
部屋に沈黙が落ちる。
これは、制度の問題ではない。
心理の問題だ。
「引き留めません」
アレクシスは静かに言う。
「ですが、後悔はさせません」
男は去った。
マルティナが低く言う。
「怒らないのか」
「怒っても、流れは戻りません」
窓の外を見る。
町の灯りはまだ多い。
だが、少しだけ暗い。
翌日。
王都では、別の報告が上がっていた。
「辺境で報酬半減?」
ヴィクトルが眉をひそめる。
「補助金遅延が原因です」
「事務処理の都合ではないな」
誰が止めているか、分からないはずがない。
その報告は、王太子にも届く。
「……侯爵か」
呟きは、ほとんど確信だった。
「証拠はありません」
「だが、偶然でもない」
沈黙。
カイルは、机を指で叩いた。
「私は、王都を守るために決断した」
軍需再整理。
透明化。
「その結果、辺境が揺らぐ」
それを許容できるか。
しばらくして、セシリアが静かに言った。
「兄上」
「何だ」
「彼は、助けを求めていません」
事実だ。
辺境からは抗議も要請もない。
「だからこそ」
カイルは、ゆっくり立ち上がる。
「放置すれば、私は統治者失格だ」
その夜。
辺境の役場に、王都からの急使が到着する。
封書は、王太子直筆。
『補助金遅延は不備。即時是正する』
短い文。
言い訳はない。
アレクシスは、それを読み終え、静かに目を閉じた。
「動きましたね」
リーゼロッテが言う。
「ええ」
マルティナは、笑った。
「中央も、覚悟を決め始めたか」
だが、問題はそこではない。
翌日、正式な第二通が届く。
『中央顧問としての復帰を打診したい』
会議室が静まり返る。
ついに来た。
アレクシスは、ゆっくりと封書を閉じる。
「……早い」
だが、想定外ではない。
「戻るのか?」
マルティナが問う。
「いいえ」
即答。
「まだです」
リーゼロッテが、静かに続ける。
「条件ですね」
「ええ」
王都は揺らいだ。
王太子は動いた。
だが、それだけでは足りない。
制度を守る保証が必要だ。
辺境の灯りは、まだ消えていない。
だが均衡は揺らいだ。
そして今――
王都は初めて、頭を下げようとしている。




