87
ファルデュラス領、ファルクレストの街では盛大な祭りが行われていた。
いわゆる戦勝パレードだ。
もしかしたら原作では、侯爵夫人とリュミエラの弔い合戦的な物となり、こんなお祭り騒ぎにはならなかったかもしれないが。
今は俺の隣でリュミエラも楽しそうに街の喧騒を眺めている。
「すごいな。こんな人が集まるなんて」
「こんな大きなお祭り、私も初めてです」
本来ならリュミエラは、侯爵たちと一緒にいるべきなのかもしれない。現に街に設けられた高台では、アドリックが父親の隣で胸を張っている。
ただ以前も書いたように、この国では女の子の社交界デビューは男のデビューよりだいぶ時期を遅く行われる。それまでは基本的にこういった公務のような事もすることは無い。
せっかくのお祭りなのに、城にいなくてはいけないリュミエラを見て、アドリックに街に連れてってあげてくれと頼まれたのだ。
もちろんちゃんと護衛の騎士も周りにはいる。リュミエラの反対側にはセヴァだってちゃんと護衛の顔でいる。
……なんか串に刺さった肉を食っているが。
街にはたくさんの露店も並び、日本では見たこともないような変わった食べ物もある。そんな中、セヴァの気持ちもわからなくもない。
「リュミエラ。なんか食べようよ」
セヴァがリュミエラを誘うと、リュミエラは楽しそうに笑う。
「セヴァはお肉が好きなんですね」
「それはな。肉を食わないと筋肉は育たないからな」
またセヴァが余計なことを言う。そんなことを言えば当然反応する奴がいる。
「一本ください」
俺は串にささった肉を一本買い、それをハティにわたす。
「おお、いいの? よく私がお肉を食べたいって分かったね」
「むしろ何故分からないと思ったのか知りたいな」
「へへへ」
まったく。「へへへ」じゃないよ。とはいえ、ハティが外出した時は食費等は俺が全て負担している。これは今に始まったわけじゃないから気にもしてない。
ハティは俺から串を受け取ると、嬉しそうに食べ始める。まるで餌付けだ。
ん。
視線を感じて横を見れば、リュミエラがじっとこちらを見つめている。
「あ……リュミエラもお肉食べる?」
「え? ……よろしいのですか?」
「うん、全然いいよ。でも、肉じゃ無くても何か果物でも?」
「お肉で良いです」
そう、さっき露店で干しナツメが売られてたかな……。そんなことを思い出すがリュミエラは肉で良いという。俺は再び露店のオヤジに金を渡し串焼きの肉をもう一本買う。
「はい」
「ありがとうございます」
流石にお嬢様だからな。こんな人通りのある道で肉に噛みつくのは恥ずかしいんじゃないのか? 顔を真っ赤にして串を受け取る。
「食べれる?」
「大丈夫です」
三人が食ってるんだ。俺も食わないのもおかしいか……。
そんなこんなで、結局四人で並んで肉を喰いながら歩くことになる。
街の広場に戻ると、そろそろ戦勝の式典が始まるところだった。
俺がサーベロを倒したことで何か有利になったりしたのか、などは分からないが問題なくバッソ一味を領地から追い出したという事だった。
――やっぱりバッソは生きたままか。
これで落ち延びたバッソ達が山賊の集団のようにエリックのいるシュトルツ領へと流れるはずだ。
あとは、エリックが無事に事を終わらすのだとは思うが……。
バッソ戦で暗躍するルナは、今エリックの元にはいない。
――大丈夫かな?
少しだけ原作を崩してしまっている事に不安を覚える。
ルナを助っ人に送る事も考えたが、今、そのルナはここにはいない。
おそらくだが、現在エリックの周りには、幼馴染のエマとロッタが居る。エマは剣士、ロッタは弓師だ。そして魔法使い枠のミュルムもそろそろ加わってるかな……。
――まあ、あのエリックだしな。
きっと何とかなるだろう。
式典の喧騒の中、俺はまだあったことのない原作主人公の事を考えていた。
すると、スッと隣にリュミエラが近づいてくる。
「今日は、その……。ルナさんは居ないんですか?」
「え? ……なんでそれを」
横を見れば、リュミエラが真剣なまなざしで俺を見つめている。
ルナの事はまだ話して無いし……。なぜそれを知っている?
「ハティから聞きました……」
「あ、ハティね。そうね、ああ、今日は居ないかな」
「とても綺麗な子だって聞きました」
「そ、そう? まあ、どうなんだろうねっ」
ハティのやつ……。まるで俺がハーレムを形成しようとしているかのように話しているんじゃないか? 不安が少し芽生える。これじゃ評判が下がってしまう。
俺が、ハティに抗議の目を向けると、ハティはいたずらっぽく笑い舌をだす。
む……。確信犯か。
……。
「……負けませんわ」
その時、横でリュミエラが小さく何かをつぶやく。
その声は喧騒に紛れ、俺の耳には届かなかった。
……。
そのルナは、現在王都に居た。
もちろん、俺の指示で動いてもらってる。
原作でもルナの特性は隠密行動だ。光の英雄たるエリックがルナを暗殺者として使うことはなかったが、ポイントポイントで忍びのように便利に利用していたように思う。
流れ的にも、対バッソ戦の前にルナが登場し、その後バッソ陣営の動きなどを子細に調べるという、かなり都合のいいタイミングだった。
それゆえに、今回ルナが俺の元に来たことで、原作の流れが変わることを危惧していたのだが……。
ともかく。
俺としても、ルナに人殺しを頼むつもりは毛頭ない。
ただ、エリックと同じ様に、何か隠密的な動きに関してはお願いするのもありだと思っている。
という訳でルナを王都へと向かわせた。
生ぬるいかもしれないが、グレゴリーは一応ラドクリフ少年の血を分けた兄弟だ。一度だけは許そうと思う。ただ、これ以上何かをしないように釘は刺しておくべきだと考えた。
某、名付け親の映画のように、馬の生首をベッドに……。なんて事は出来ないが、ちょっとだけそのアイデアを借りることにする。
……。
……。
ある日グレゴリーが学園から寮へと帰ると、どうも部屋が生臭いことに気が付く。
「くっそ、なんだ? この匂い……」
慌てて部屋の明かりを付け調べると、ベッドの上にマグロ程の巨大な魚の頭部が置かれていた。
「なっ。何なんだこれは…・…」
一瞬躊躇をするが、グレゴリーはそっと魚に近づく。魚はえらの下から真っ直ぐに頭を落とされ、それが上を向いておかれていた。ベッドには魚の血液と思われる染みがにじんでいる。
「くっそ。誰だ一体……」
グレゴリーの頭には、自分に反抗的な同級生などの顔が思い浮かぶ。
その魚の口の中には、一通の紙が突っ込まれてるのに気が付き、顔をしかめながらそれを取り出す。
グレゴリーへ
一度だけ許してあげる。
大事なのでもう一度書いておく。
一度だけ許してあげる。
次は、ベッドの上には魚じゃない首が。
ラドクリフ
……。
……。
ありがとうございます。
これで章を終了となります。
なろうは難しいですね。全然読者が増えなかったから途中放置気味なってしまいましたw
おかげさまで当作品はカクヨムコンのプロ作家部門を受賞することが出来ました。
現在は続き、及び書籍化作業などをしております。
その時はこちらを残すか消すかまた悩むことになるのかもしれませんが。
機会があればまたよろしくお願いいたします。




