86 ダホン 4
パン。
乾いた音が洞窟の中に響き渡る。
その瞬間、ダホンの動きが止まる。
「なっ……」
時が錆びついたかのように、ゆっくりとダホンが自分の腹部を見る。
「我が魔力よ……」
ダホンの腹にたかだか穴が開いただけだ。回転する弾丸が肉を巻き込みながら潰れ、体内に残る。貫通しなかっただけ余計に痛みは強いのだろう。
「三連の鉛弾となり……」
真っ青な顔のままダホンは俺を見る。
二発目の魔法は三点バーストだ。もうこれでトドメを刺すつもりだ。
「ま、待て――」
「ブチかませ」
覚悟だ。
この世界でやっていく覚悟。
転生して一年が経ち、俺の感覚もだいぶこの世界に馴染んできている。なんの躊躇もなく人の命を狩れた自分に驚きつつも。少しはエリックに張れるかなと、自己評価をしていた。
三発の鉛玉は、全てダホンの体へと吸い込まれていく。
ふらふらと、後ろによろめきながら、崩れ落ちていくダホンを俺は無感動に見つめていた。
……。
「ダホン……」
ルナのつぶやきに俺は振り返る。
……大丈夫かな。
こういう時の人間の心境はどういうものなのだろうか。ルナにとってダホンは恐怖の対象だけであったのだろうか。少なからず情が入っているのだろうか。
ネグレクトを受ける子供は、それでも自分の親をかばおうとするとも聞く……。
「ルナ?」
「……ありがとう」
「あ、ああ。うん。な、大丈夫だっただろ?」
「でも、怪我をしてる」
ルナに言われて気づく、俺の腕は無数の傷がついていた。ああ……。今はアドレナリンが出まくっているからな。あまり気にはなって居なかったが。
こういうのは気がつくと、急激に痛みがリアルになる。
「ははは。ちょっと痛いかも」
「馬鹿……」
俺が誤魔化して笑ってると、ハティは怒ったように言う。
ハティは俺の戦いを最後まで待ってくれたしな。その顔を見れば心配をしてくれていたんだと分かる。俺はハティにも大丈夫だと笑いかける。
ゴッ……。
ゴゴゴ……。
「ん?」
その時、ダンジョンの奥の方で地鳴りのような音が響いた。
「なんだ?」
「地震?」
ゴゴゴ……。
じゃない……。
「二人ともここから出るぞ!」
「え?」
「崩れるっ!」
魔脈からの魔素の提供が無くなったダンジョンもどきは……。崩れて消滅する。
そう本には書かれていた。
俺を育ててくれたダンジョンに、名残を惜しむ間もない。俺達三人は慌ててダンジョンから抜け出す。崩落に巻き込まれたら、目も当てられない。
ゴゴーン!
俺達がダンジョンの入口から出てすぐだった。奥の方から洞窟が崩れ、崩壊していく。間一髪で崩落を避けた俺は、ぼーっとダンジョンのあった場所を眺めていた。
「あーあ……」
「もっと、魔石欲しかったのに……」
「ハティはそうか。結局一つしか落ちなかったな」
「えっと……」
「ん?」
口ごもるハティに、なんだ? と振り向くと。ハティは手にした魔石を俺に見せる。
魔石は黒にも見える濃い緑色をしていた。
「え? さっきの?」
「へへへ……」
「おお、おめでとう?」
「二つ売れば、剣が買えるかな?」
「うーん……相場いくらくらいなんだろう」
「ひひひ」
ま、それでも足りなければもう少し足してあげてもいいんだけど。ただ、俺の使ってる剣もそうだけど、俺達はまだ体が大きくなるんだよな。
成長中にそんな贅沢な武器はどうなんだろう。などと考える自分のケチっぷりを心の中で笑う。
俺は再度ダンジョンを振り向く。
ダホンを飲み込み、崩れたダンジョンはわずかに濃い魔素に覆われていたが、やがて風とともに薄れていく。
少しの間だったけど。濃厚な魔法の練習はできた。
高速詠唱とまでは言えないが、詠唱スピードだって相当上がってる。多分魔力も僅かだが増えた。
これで文句を言ったら怒られる。
「あ……。私のナイフ」
「あっ……」
つい放り投げてしまった……。他人の物だったのに。
そしてそのままダンジョンの崩落の中に巻き込まれてしまった。焦る俺に対してルナは珍しく笑顔を向ける。
「ふふふ。冗談よ」
「でも、ルナのナイフ……。ちゃんと弁償するから」
「いいよ。あれは渡されただけだから」
「と言ってもなあ……」
ルナも、まじまじと崩れたダンジョンを見つめる。
その横で俺は、今度は気をつけようと、自分を見つめ直していた。
……。
……。
ダンジョン崩壊による地面の揺れが収まると俺達は館へと向かう。
の前に……。
「我が魔力よ、癒しのマナとなり、傷を治せ」
リュミエラのマネをしてみる。リュミエラの治癒魔法の三行目は少し厨二っぽかったので俺アレンジにはしてあるのだが。
少し濁った光を俺の手の傷に当てる。
「え? 治癒魔法?」
「ふふふ」
ハティにも見せるのは初めてだ。俺の魔法にさすがのルナも驚いた顔をする。
多分、治癒力としてはあまり強くはないのだが応急処置としては良いだろう。山の麓まで降りる頃には、痛みなどはほとんど気にならなくなる。
……。
「そうか、馬どうしようか」
麓には俺達が乗ってきた馬の横に、ダホンの馬が並んでいた。この世界では馬というのは高級品だ。持ち主が居ないのならもらってしまって良いのだろう。
「ラド、乗っていく?」
「うっ……。えっと」
ルナとしては何気なく聞いただけなのだろう。だが、いまだに馬に乗れる気配のない俺には非常に苦しい質問だ。
「ラドはね、馬に乗れないんだよ」
「え? 何でも出来るのに?」
「いやあ、なんでもじゃないけど……」
うん、やっぱり恥ずかしいな。早く乗れるようにならないと。
結局馬はルナが乗って行くことにする。ダホンが乗っていた大人の鞍なのだがルナも平気で乗りこなせるのな。羨ましい。
「本当にあそこで住んでいいの?」
「良いよ」
「……わかった。仕事はする」
「仕事?」
「ラドのお願いだったら誰でも殺せる」
「ぶっ。……駄目。絶対駄目」
なんて危険な発言を……。俺は影のフィクサーになんてなるつもりは無いっちゅうの。
まあ……。
一瞬頭の中にグレゴリーが浮かんだのは確かだ。
でもあの野郎が居なければ、ルナとも知り合う機会なんて無かったしな。ある意味ナイスパスだったんだが。これであいつが止まるかと思うと、そんな保証はない。
ルナの話によると、今回の件はグレゴリーからの直接の依頼のようだ。飲み仲間というか悪い遊び仲間のグループで二人は知り合ったようだ。
どうやら暗殺者ギルドとのつながりというより、ダホンとの個人的なつながりだけのようだ。
ダホンが殺られ、ギルドが動く、なんて面倒なことが無いのは助かる。まあ、これは原作でもそうだったからそこまで不安視はしていなかったのだが。
……。
まあでも、脅すくらいはしておくか。
むかつくしな。
そんなことを考えながら俺達は館に戻った。




