84 ダホン 2
原作の話だ。
ダホンはかつては腕利きの殺し屋だったが、もともとその性格に問題があった。
自分の強さを過信もしていたし、サディスティックな性格から、暗殺対象に恐怖を味合わせるというのを好んでいた。
そのためか、自分の気配を殺して、といった暗殺業務があまり好きではないという。殺し屋に向いているのか向いていないのかわからない性格をしていた。
それが災いとなり、大怪我を負ったダホンが現役を退き、その残虐性を満たすかのように標的を子共に向けたのが今の状況であった。
小さく幼い子どもたちをスパルタ的に育て上げ、仕事をさせる。
そして、成長とともに自分にとって手に負えなくなる前に始末をする。掛け値なしのクズ野郎だった。
……。
ダホンはもうルナが失敗したことを、そして殺す対象に取り込まれたことを感じていた。
子共が初仕事をミスする事なんて今までいくらでもあった。しかし、ルナの才能は今まで何人もの子供を見た中でも、見過ごすことができないほど優秀であった。そしてその容姿は、まだ子どもとはいえ既に将来はとんでもない美人になると確信していた。
つまり、今後いくらでも金を生み出せる存在であった。
「畜生め。貴族の子供の暗殺なんて簡単だと?」
そう呟くと馬にムチを入れる。
遠くで、三人の子共が馬に乗り山へと向かっているのが見えている。その馬の後ろに乗った子供がチラチラとこっちを見ているのが分かる。
きっと俺の存在に気づいている。
なのに……。
なぜルナはこっちへ来ない……。
自身でも気づかぬうちにダホンはルナに執着していた。子どもたちを完全にモノとして扱い続けたダホンがだ。
そして、ダホンの殺意は膨れ上がっていく。
◇◇◇
道は街道からそれていつもの山の方面へと向う。ここからは少し道も悪くなる。
「ルナ。しっかり掴まってて」
「どこに行くの?」
「山の中に、俺とハティの基地があるんだ」
「基地?」
「そう。そこであいつを迎え撃つ」
「……」
いつもの場所まで来ると馬から降り、今度は山道を登っていく。最近は毎日のように通っていた道だ。俺達は慣れた道を登っていく。
「ハティ。気配が変わったら教えてくれ」
「気配?」
「殺気だ」
「……分かった」
原作の通りだと、ダホンは弓を使う。馬に乗っている時は俺のすぐ前にルナがいるため、矢が突き抜けてルナにまで刺さる可能性がある。
ルナに執着しているダホンは弓を撃ってくることはないと感じていた。
しかし、馬から降りて徒歩となればそうは行かない。
そして、かつての怪我で少し足が悪いダホンは、きっと苛立って弓を使ってくる。
足早に、常に後ろを意識しながら登る。
……。
「変わった!」
「鉄のマナよ……」
ハティの呟きと同時に俺は振り向きながら詠唱をする。
ガン!
ドンピシャだ。出現した鉄の板がダホンの矢を弾く。サラサラと消えていく鉄壁の向こうで弓を手に苦々しくこちらを睨みつけるダホンが見えた。
俺はそれにニヤリと笑いかける。
「鉄のマナよ……」
さぞかしダホンの精神を逆撫でしたのだろう。間髪入れずに再び矢を放ってくる。俺はそれを余裕を持って受ける。
さらにもう一矢放つが、来るとわかれば何の問題もない。
山の斜面はそれなりにある。足を引きずるダホンには弓を持っての登山は厳しいだろう。「チッ」と舌打ちをして、手にしていた弓矢を投げ捨てた。
「よし、このままダンジョンまで行こう」
「うん!」
ハティも状況を見ていたのだろう。後ろからの弓矢の危険が無くなったと判断すると少し意識を前に向けグイグイと登っていく。
「ルナ! 今なら許してやる。降りてこい!」
と、後ろからダホンの怒声が聞こえた。前を歩くルナの肩がビクッと反応するのを見て、俺は優しく声を掛ける。
「聞くな。ズルい大人の言いそうなことだ」
「大丈夫……」
大丈夫だと答えるルナの顔は、青白く、とてもそうは見えなかった。
――こんな子供を……。
オレの心の中の怒りも強くなる。
……。
……。
やがて、ダンジョンの入口が見える。もう我が家と言えるくらい通いまくったダンジョンだ。俺も少しホッとする。
入口で後ろを振り向いたハティがルナに手を伸ばす。一瞬躊躇するがルナもその手を取り、ハティに誘われるかのようにダンジョンの中に入る。
――あれ?
二人に続いてダンジョンの中に入った俺は、すぐに違和感を感じた。
明らかに昨日までのダンジョンと比べ魔素の濃度が低い。それはハティも感じてるようだ。
「あれ?」
「やっぱ魔素が、少し薄いよな」
「うん。どうしたんだろう……」
「ハティ、キノコはいる?」
「……うん。奥に居るには居る」
……どういう事だ? 魔脈からの魔素が途絶え始めてるのか?
流石に俺も少し慌てる。確かに外に比べればまだまだ魔素は濃いのだが、先日までの魔法撃ち放題が出来るほどの濃度では無くなっている。
この濃度で、機関銃の魔法はいけるのか?
ここまで全身に魔力を流しながら登ってきてる。少し減った魔力を吸って回復する。
ああ……。
俺が吸った分、ダンジョンの空間の魔素濃度が僅かに低くなるのを感じる。
まずい。やはり魔素の流入が終わっている。くっそ。今日は杖も剣も無い。
「ルナ、そのナイフを貸してもらって良い?」
「ナイフを?」
俺はルナからナイフを受け取る。ナイフは何の変哲もないただのナイフだ。木を削ったような鞘から抜いて刃を確認する。問題なく鋭利に研がれている。
「そんなんで戦うの?」
ハティが訝しげに俺に問う。
「防御用にあれば良いかなってくらいかな? 基本は魔法だからね」
「杖もないじゃん」
「宝珠入りのネックレスがある」
俺はサーベロから得た指輪をネックレスにしている。それを見せつける。実はこの宝珠は魔力回復のスピードを早める効果しか無いのだが、心配させないようにあえてそれは言わない。
「ハティ、奥にルナを連れてってもらって良い?」
「え? あたしも戦うよ」
「分かってる。それは期待してるから。それより奥のキノコを処分して欲しい。後方の不安因子は少しでも消したいんだ」
「キノコがあそこから出てくること無いじゃん」
「多分キノコのいる奥のほうが魔素は濃いと思う。あいつを奥へと誘導したい」
多少無理を言っているのは分かっている。それでもやはり俺だけで済むのなら済ませたいという気持ちもある。
「……わかった。すぐ戻るよ」
「いや、そのまま奥に居て」
「なんで?」
「言っただろ? あいつを奥まで誘導するって。油断させるから岩に身を隠して待ち構えていて」
「うーん……。分かったよ」
……あの顔は納得していないな。
それでもハティは大人しくルナに声をかけてダンジョンの奥へと降りていく。
うん。このまま入口で全てが終われば良いんだが。
……さてと。
俺も呼吸で魔力を完全に回復する。
まいったな。機関銃の魔法で一気に終わらそうと思っていたのだけど。……いや、むしろ丁度いいのか?
戦いの感覚。
箱入りの貴族令息の立場じゃなかなか体験できるものじゃない。それもこれも、「死ななければ」という条件はつくが……。
行けるか……。
いや、行けないとまずいだろう。
そして程なくして入口にダホンが顔をのぞかせる。
「なんだ? 子どもの秘密基地にしては魔素が濃いな」
まさか自分がやられるなんて、まるで考えていないのだろう。ダホンが興味無さそうにダンジョンの中を見回す。
「ルナはどうした?」
「さあね」
「……まあ良い。お前を殺して奥へ行くだけだ」




