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81 ルナ

 いよいよ満月の夜がやってくる。


 俺はベッドにティリー作のラドクリフ人形を設置するとそっと布団をかける。ベタな手ではあるが、色々考えた上で結局これが一番だと判断した。


 そして、俺は間男のようにクローゼットに身を隠す。

 クローゼットの扉はあえて開けたまま。満月の月明かりの中、影に入るため閉めなくてもおそらく見えない。むしろクローゼットの扉を閉じるとこちらからルナの確認もしにくく俺の魔法を撃つ前に扉を開けるロスもでる。


 この世界でも灯りの魔道具はあるが、基本的には人々は日が沈んで暗く成れば寝て、そして空が白み始めると動き出す。使用人達ももう仕事を納め、眠りにつく時間だ。


 ただひたすらにクローゼットの中で俺は何かを待っている。

 こんな時は、みんな何を考えているのだろう。


 暗殺者の襲来に関しては完全に俺の予想だけの話だ。もしかしたらグレゴリーだってそこまで馬鹿な事はしないかもしれない。

 いつ来るかも、本当に来るかもわからないまま、ただじっとクローゼットの中で身を潜めているだけだ。静かな夜。心臓の鼓動がやけにうるさい。


 ドッドッ……。


 時が経つごとに、俺がなんかとんでもない恥ずかしい事をしているんじゃないかという気分にもなってくる。


 緊張もあるが、期待もあるんだ。

 それはルナというキャラクターに会えるかもという期待。ダウナー系ヒロインは、なんとも言えない魅力を持っている。ヒットするアニメにはそういうキャラは必ず一人は居るもんだ。


 俺は今日三枚目の使い捨て魔道具の木札を折り、ベッドの下に向かって投げ入れる。


 これはオルベアの店で売っていた木札の一つだ。

 作ったのはだいぶ前で、あまり売れなかった物だと言うことで少し安くしてもらった魔道具だ。木札を折ればすぐに魔道具が発動される。


 効果は、魔力視の阻害だ。


 ルナが今の時点で魔力視をどこまで使えているのか分からないが、ラドクリフ人形は人形であるため魔力を発していない。偽物だとわかりにくくするために使う。

 それと、俺がこうしてクローゼットの中に隠れているのも誤魔化すためだ。


 仕組みについてはよくわからないが、若干屋内の魔力濃度も上がる。俺の魔力視も阻害されるため、俺は肉眼と耳でしっかりと備えなくてはならない。


 ギシッ……。


 その時、俺の耳に小さいが紛れもなく自然ではない音が聞こえる。それと同時に窓から差し込む月明かりが一瞬途切れる。


 ――来たか。


 俺はもう一つの木札を顔の近くへと近づけじっと耳を澄ます。スーと音もせず窓が開かれる。それにしても大したものだ。ここまで任意で音を制御できるのか。

 それでも、窓が開けば外の風の音や、葉擦れの音が入るのは防げない。確実に侵入者の存在は残る。


 俺はぐっと生唾を飲み込むのを我慢しながら、侵入者の動きを見つめる。


 影が腰からナイフを抜き放つ。そしてベッドのラドクリフ人形に小さく呟いた。


「……ごめんね」


 間違いない。ルナだ。


 原作と同じだ。この初めての暗殺の仕事にルナの心は壊れる寸前だった。しかも相手は自分と同じ年齢の子供なんだ。

 そして、このルナの謝罪の言葉が、エリックがルナを救おうとしたきっかけとなる。


 俺はルナを確認すると、口元で木札を折る。途端に俺の顔の付近に音を遮断する壁が出現する。


「縛鎖のマナよ、咎人を絡み取り……」


 詠唱を始める俺の前では、ルナがベッドの脇で手に持ったナイフを振り下ろそうとする。だがその直前に、その動きを止める。

 流石に、ラドクリフ人形に違和感を感じたのか。慌てたように布団に手をかけ、剥ぎ取る。


「これっ……」


 人形に気がついたルナが慌ててそこから逃げようとする、だが、すでに俺の魔法は完成していた。


「その力を封じろ!」


 俺の手から放たれた鎖がルナへと向かう。

 ここ何日か、ハティを相手に練習しまくった捕縛魔法だ。あの素早いハティですら何回かに一度捕まえられる様に成っている。不意を突かれたルナが避けられるはずもない。


 鎖がルナの足に絡みつく。逃げようとしたルナはおそらく急激に自分の力が抜けていくのを感じているのだろう。体をふらつかせながら俺の方を向く。

 そして、自分の体から伸びた鎖を確認する。


 ……よしここまでは完璧だ。


 俺はクローゼットの中からゆっくりと体を出す。口元で発動していた魔道具をその場に投げ捨てれば、途端に魔道具の効果範囲から抜ける。


 クローゼットから現れた俺を見て、ルナがわずかに表情を変える。俺はそんなルナを感慨深く眺めていた。


 銀髪の髪が月の光を受けキラキラと輝いていた。まだ七歳のはずだが、少女はなんとも言えない儚い美しさを持っていた。俺はその表情に思わずドキリとする。


 そのルナは無表情のまま自分を捕縛した鎖を見つめる。そして少しホッとしたように呟く。


「失敗した」

「そういうこと」


 このセリフは知っている、そして、次の言葉に俺は備える。

 ここから必要なのはスピードだ。無詠唱が使えない俺は魔力操作で体の筋肉を補強する。


「私は終わり」

 

 俺はすでにルナに向かって走りだしている。

 俺の縛鎖の魔法はルナの力も著しく低下させている。少しもたつきながらルナが、ナイフの持ち手をくるりと回し逆手に持つ。そしてそのまま自分の首筋めがけ押し込む。


 ガッ!


 それでもギリギリだ。なんとか俺はルナのナイフを弾き飛ばすことに成功する。ルナは驚いたように俺を見る。


「なんで……。邪魔するの?」


 ――ここからが勝負だ。


「君が、ここで死を選ぶことは、本当に自分の意思なのか?」

「え?」


 そう。不器用な俺には、エリックのセリフをトレースするしか出来なかった。

 エリックとは違い原作を知る俺は、彼女のトラウマを見通したように見つめる。そして再度ルナに問う。


「本当にそれで良いの?」

「……アナタに関係ない」

「確かに関係ないかもしれない。けど、どうしてもこれが君の自由な意思とは思えない」

「……」

「殺す相手に、ごめんね、だなんて……。初めてなんだろ?」


 俺の言葉に初めてルナの目が動揺を見せる。


「違う、たくさん殺した」

「嘘だ」

「嘘じゃない」


 強がるルナに俺は笑顔を見せる。彼女がいかに否定しようとも関係ない。


「君をそこから救い出してあげる」

「……何を、言って――」

「ダホンは、僕が倒す」

「え?」

「僕はラドクリフ・プロスパー。君を救う人間の名前だ」


 ……。


 ……。


 黒い歴史が、また一ページ。


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