78 ダンジョンもどき 3
俺達は洞窟の入口でお弁当を食べていた。
ちょうど洞窟の中に入ってすぐのところに具合の良い石が何個かあったので、各々そこに座る。今日もティリーが作ってくれたお弁当を広げる。
「なんか、雨が強くなってきてない?」
「うん。早めに帰ればよかったね」
山の麓に繋いだ馬も心配だ。山の麓に古い空き家があり、一応そこの厩舎の屋根の下に繋いでいるので直接雨には当たらないとは思うが。あまり放置しているのも可愛そうだ。
お弁当を食べながら俺もどうしたものかと外を眺める。ここはいい感じで雨宿りが出来る場所ではあるのだが、ダンジョンかもしれないと思うと、そんな気楽にしていて良いものでは無い気がする。
「ラドはいいな」
「なんで?」
「そのローブのフードがあるじゃん。あたしは鎧だけだからびしょびしょになっちゃうよ」
たしかにそうだ。しかもレザーの鎧は雨に濡れると良くないからな。
「タオルあたまから被っていく?」
「最悪そうするけど……」
「ま、タオルは俺が被るよ。行くならこのフード貸すからさ。馬を御すのにタオル抑えながらなんて出来ないだろ?」
「うーん。いいの?」
「乗せてきてもらってるし。それに、もう少し待てば雨も落ち着かないかな。ほら向こうの方は明るいぜ」
遠くの方では日がさしてるいる場所もあるようで、明るくなってるのが見える。俺達はなんとなくもう少しこのまま雨宿りをすることにする。
……それにしてもここは魔素が濃いよな。
手持ち無沙汰な感じで辺りを見回しながら、そんなことを考えていると、ふと思いつく。
魔法の練習に最適じゃないか? と。
昨日もらってきた鉄の塊はその形状に干渉しようとすると想像以上に魔力を吸う。昨日は工房の人の前で気合だけで動かしては見たものの、あれだけでかなりガッツリと魔力が吸われた。ここなら魔素を吸いながら練習すれば効率も良いかもしれない。
だけど今日はあの金属塊は持ってきていないからな。どうするか……。
そう考えながら俺はダンジョンの奥へ向かって手を向ける。
「我が魔力よ 鉛の雨となり……」
俺が突然詠唱を始めたことに、ハティが驚く。
「え? なに?」
「飛び散れ!」
散弾銃はあんまり知らない。ただ映画とかで見るような銃身を短く切り詰めたソードオフ・ショットガンは、片手で撃つイメージもつけれてこの魔法に最適だと感じていた。それに銃身を切り詰めたほうが散弾の飛ぶ範囲も広く出来るイメージを乗せられるような気もしている。
俺の合図とともに、ドンという重低音が洞窟の中に響く。そして、向かいの壁にボボっといくつもの弾丸が着弾し、欠けた岩が跳ねる。
「それって新しい魔法?」
「ちょっと前にね。ただ、飛ぶ範囲が広いから何人かで居ると、仲間に当たりそうでね」
「うん。前衛としては、ちょっと怖いね……」
「まあ、試しでね。あと何発か撃たして、音するけどごめんね」
「良いけど。なにするの?」
「ちょっとね。実験を」
うん、やっぱり散弾系は消費魔力が大きい。とりあえず実験的に魔力を吸う呼吸をやめて、そのまま数発散弾銃の魔法を打ち込む。魔力が減れば、少し気持ち悪さがあたまをもたげる。
――この状態で……。
俺は止めていた魔力を吸う呼吸法を再び行い、ダンジョンに充満している空気とともに吸いはじめる。
スー。ハー。
おおお……。やっぱすげえ。あっという間に魔力が補給できる。これはまさに魔力ポーションいらずだな。
俺は更に、散弾を撃ち続ける。今度はいつもの呼吸法を続けたままだ。
ドン。ドン。ドン。ドン……。
やっべ。全然減らない。これはすげえ。
ドン。ドン。ドン。ドン……。
「ラ、ラド? 大丈夫なの?」
「ん? 何が?」
「何がって、そんな魔力……。また倒れちゃうよ」
「ふふっ。ところがどっこい」
「え?」
「全然減らないのだよ」
「な、なんで?」
俺の言葉にハティはキョトンとしている。魔力を吸う呼吸はハティにも教えていないから当然だろう。まあ、ハティは魔法を使わないからそこまで大量に魔力を使うことは無いんだろうけど。
「このダンジョン内に充満している魔素、分かる?」
「なんとなく濃いのは分かるよ」
「この魔力を利用して魔法を撃ってるんだよ」
「ちょっと何言ってるかわからないんだけど」
「うん。俺の秘密の呼吸法だからね、内緒だよ?」
「言わないけどさ……。どうやるの?」
お、さすがのハティも気になるね。
「そうだなあ……。例えば、ここまで魔素が濃いと呼吸をすると肺にも入るでしょ?」
「それは、そうだよね。え? その魔素を?」
「うんうん。体内の魔力をコントロールするのは前に教えただろ?」
「聞いたけど……。ラドが言ってるみたいには出来ないよ」
「うーん。ハティは太極拳もあんまり好きじゃないもんね」
「だってつまんないし」
まあ、ハティは太極拳を知らなくても、めちゃくちゃ強くなるから良いんだけどね。
「人は得意不得意あるから、それは良いんだけどね。あの太極拳の魔力操作の感覚で肺に入った魔力をそのまま自分の魔力と一緒に体内に回しちゃえば良いんだよ」
「……おっと?」
「いやだから、体の魔力コントロールと同じ様に肺に入った空気に含まれる魔素をそのまま体の中に循環させちゃえば、その魔素は自分の魔力として使えるわけじゃん?」
「わけじゃんって……。無理に決まってるじゃん」
「え、だって出来てるよ?」
「うーん?」
ハティはとりあえず俺の言う通りに必死に呼吸をする。俺はそれを魔力視で見るが……。ああ、全然出来てない。なんとなく全身への魔力の操作は前よりずっとうまく出来てるんだけど。
呼気に含まれた魔素は、ほぼほぼそのまま吐き出してしまってる。
「うーん。何が違うんだろう」
「出来ないよこんなの!」
ハティも必死にやってはいるが、まるで出来ないことにだんだんとイライラしはじめる。
「ハティは魔法職じゃないからいいんじゃない?」
「うう……。なんか悔しい!」
「ははは」
最近少しだけ成長した様に思ったが、出会った頃のハティの様に地団駄を踏んでいるのを俺は笑って見つめる。
まあ、かといってハティが地道に魔力操作を練習するかと言えばそうでもない。もともと天才肌のハティだ。苦手なことはやらないで、得意なことを楽しんで伸ばしていくスタイルで良いんだと思う。
と、ハティが洞窟の奥を見つめる。
「どうしたの?」
「また、出たかも?」
「出た? もしかしてキノコ?」
「わかんないけど、感じはおなじかな?」
「よし、また炭をゲットしてくるかな」
「駄目! 今度はあたしがやるの」
「ええ? でも変な胞子出すかもよ?」
「いい! 呼吸をしないから」
そう言うと、ハティは奥に向かって走り出した。




