65 ゴブリン狩り
その日の夜、姉の言葉が忘れられずに俺は一人ベッドの上で悩んでいた。
原作では、エリックに対してプロスパーは暗殺者まで送る。その事がエリックとプロスパーの関係を戻せないところまでおかしくしてしまうのだが。
先日のグレゴリーの話を思い出せば、それを実行するのはグレゴリーのように思えた。もちろん息子の前でそういった話までしないだけというのはあるかもしれないが、それは父親の一言によって却下されている。
姉の言葉の通り今回の事で、俺を心底恨んだとしたら……。エリックに送るはずだった暗殺者を俺に向けて送ることになるんじゃないかという結論になる。
始めは、兄弟にそんな事をやらないだろうと言う気持ちでは居たのだが、あのグレゴリーはちょっと異常だ。だんだんと奴なら何をしてもおかしくないという方向に考えが変わってきている。
しかも、グレゴリーがプロスパー商会の跡取りが俺になるのだと考えたのならば、父親は俺がいるからこそ、グレゴリーに跡を継がせないという対応をした。という考えに至るのは当然の流れかもしれない。
そう考えれば、俺に本気で暗殺者を送ってもおかしくはない。
……けっこうやばくね?
究極超人のエリックは寝ていても暗殺者の気配を察知し、とっさに対応できた。それをやれと言われてもとても俺には自信がない。
きっと王都につくにはまだ一週間以上ある。すぐにその暗殺者に依頼を出したら、暗殺者はどのくらいで着くのだろう。一週間はかからないとしてもすぐではないだろう。
考え出すと居ても立っても居られない。
俺はベッドから飛び降り王国の地図を広げ、ここから王都までの概算の時間などを計算し始めた。
……。
……。
だいぶ夜ふかししてしまったようだ。俺はティリーに起こされて目を覚ます。
「ごめん……。もうちょっとだけ寝かせて」
「また遅くまで本を読んでいたんですか?」
「そんな感じなの……」
目は覚ましたが、起きた訳では無い。俺はその場でもうちょっとだけ、布団を頭まで被り二度寝をしようとする。
「ですが、アドリック様からお手紙ですよ?」
「え?」
ぬう。それは起きないと……。
俺は慌てて布団から顔を出し、ティリーから手紙を受け取る。
……お。
手紙は狩りに行くから明日出てこいという手紙だった。どうやら少し離れたところにゴブリンの集落が見つかったらしい。エクスガードがその集落を潰しに行くのだが、それに参加させてもらえるという事だった。
先日の林での狩りに飽きた俺達が、もう少し良い狩り場が無いかとファラド将軍に掛け合っていたのを思い出す。きっとそれでこの話が持ち上がったのだと感じた。
特にゴブリンは亜人系の魔物としては一番弱いと言ってもいい。
昨夜は暗殺者の対応に悩んでなかなか眠れぬ夜を過ごしたのだが、これはこれで楽しみだ。少なくともグレゴリーが王都に着くまでまだ一週間ちょっとは余裕がある。
慌てず、レベルが上がればそれもありだし……。
俺はこの申し出に少しいい気分転換になると感じていた。
「ティリー」
「はい」
「明日朝から、パーティーで狩りに行こうという誘いなんだ。ハティに早朝に迎えに行くからって伝えておいてもらって良い?」
「わかりました。伝えておきますね」
うん。焦っても仕方ないしな。
それにしてもスコットはまだかな。とっとと帰ってきてほしいんだが。
……。
翌朝。俺はいつものようにハティの後ろに乗り集合場所へ向かう。
今回のはギルドの依頼とかも関係ないため、集合場所は市壁の外になる。
ファルデュラス領の領都の周りをグルッと囲む市壁にエクスハントの詰め所が組み込まれている。
これは、エクスハントの仕事が領土内に現れた魔物に対応するための軍である為で、詰め所から門を通らずに直接外に軍隊を出せる様にそうなっている。
市壁はレンガ作りの頑丈な壁で、その壁の一部がレンガ作りの建物に成っている感じだ。
「よう。来たな。相変わらずハティの後ろか」
「おはよう、アドリック。もう半分諦めてるよ。一人のときは馬車でいいし」
「ははは。一度乗れちゃえばもう簡単だぞ?」
いつものようにハティの後ろにいる俺を見てアドリックが笑いながら話しかけてくる。
「ところで、今日はゴブリン狩りに行くんだって?」
「おう。ファラドが声をかけてくれたんだ」
「大丈夫なの?」
「まあ、ゴブリン一体の強さは大したことはないって言うからな。ただ、集団というのが怖いだけだと聞いてる」
「とりあえず、僕達はパーティーでお互いフォローし合わないとね」
「ああ、頼むぜ」
アドリックもようやく林での狩りから次へ移行することにかなり嬉しそうにしている。セヴァもウキウキ顔でリュミエラと話をしていた。
「リュミエラも大丈夫なの?」
「大丈夫、とは?」
「だって、今日は泊まりでしょ? 野営とか……」
「問題ありませんわ。ハティさんもいるのでしょ?」
「そっか。あ、まあでもハティだよ?」
「何言ってるんですか。ハティさんは頼れますよ」
「うぐっ」
「どうなさりました?」
「あ、いや、なんでも」
リュミエラから見えない方のハティの肘が俺の腹にめり込む。一瞬息が止まるが俺は笑ってリュミエラに対応する。
でもまあ、確かにこういうときはハティを誘ってほんとに良かったと思う。エクスハントのメンバーにも女性がいないからな。色々と一人だと大変だったかもしれないな。
その後、ファラドに挨拶をしたりと、出発の準備と行程の説明などを聞いていよいよ出発する。場所はファルデュラス領のかなり隅の方にある小さな村らしい。
小さな村では、冒険者ギルドの支部も無いことが多く、そういった村では村長が領主へ嘆願書を出し、それを受けた領主の命で、軍が動くというのが通常の流れのようだ。
俺としてもゴブリンというのは異世界転生後、最初期に出てくる魔物のイメージだ。そこまで大した狩りではないのだろうと気は楽だ。それにエクスハントのメンバーとの行動のため、夜番をすることもなくゆっくりと夜は寝れるというのも良い。
「なあなあ、ラド。ちょっと見てみろよ」
「ん? 何を?」
「ほら、なんかよ、前より太く成ってね?」
そう言ってくるのはセヴァだ。馬を俺の横につけ、力こぶを見せつけてくる。まあ、前の太さが分からないから、なんとも言えないが、あのプロテインの作り方を教えてから度々こうして自分の筋肉が太くなったと見せてくる。
喜んでくれるのは良いんだけどな、こういう話をするとすぐに対抗するのがハティだ。
「筋肉はね、太さより質よ?」
「おうおう、言ってくれるね。俺の筋肉は質だって一級品だぜ?」
「へえ。それ、本当かしら?」
「ん? おうおう。どういうことだ?」
「本物の力ってやつを後で見せてあげるわね」
「本物の力、だって? ほう、良いぜ、また泣きっ面を見てやるぜ」
「何言ってるの? また、って何よ。絶対負けないんだから!」
もうこの二人は好き勝手やらせているとどこまでも張り合う。と言っても険悪な雰囲気になるわけではないが、適当なところで俺が入って二人を抑える。
こうして、ハティもだいぶパーティに馴染んできたのがわかる。
道中は整備された街道を行く。魔物もそこまで出ることもなく安全な旅になる。
俺達はその日の夕方には、ポルカの村へと到着した。
……。
……。
村に着くと、何やら村長がファラド将軍に自分の館に泊まるようにと言っていたが、将軍は丁重にその申し出を断り、他の部下たちと共に村の市壁の内側を野営地にする。
当然俺達も同じ様に、エクスハントのメンバーが設営してくれたテントで眠ることになる。
俺としてもキャンプ的にこっちのほうが楽しい。子供五人でキャンプファイヤーを囲んで、食事をする。俺達は明日ゴブリンと戦うんだという気持ちで、興奮気味だったが、案外みなあっさりと眠りについた。
一日馬に乗っての行軍をしていれば当然疲れているしな。




