63 グレゴリーの暴走 2
その後、俺は部屋の窓から医者を呼ぶための馬車が猛スピードで屋敷から出ていくのを眺めていた。
「よろしいのですか?」
「問題ないでしょ。潰したのは親指だけだし」
「だけど、これではラドクリフ様が……」
「ティリーは僕の専属、なんでしょ?」
「え……。そ、そうですけど……」
「手を出したグレゴリーが悪い。それ以外に答えはなにもないよ」
「……ありがとうございました」
「ん? いや。むしろ兄が迷惑をかけて申し訳無かった」
それはそうだ。
身内の犯罪だ。俺は謝る方で、お礼を言われる立場ではない。
……。
その後、すぐに医者が連れてこられる。まあ、多分落下時には岩の質量は半分以下に落ちていたはずだ。潰れたと言っても爪が割れてとかそんなんじゃないかな? 知らんけど。
ティリーは平静でいようとしているが、どう考えてもうろたえている。そんな姿を見ながら俺はふと気になっていたことを思い出した。
――なぜハティが冒険者になった問題。
もしかしたら、これが答えだったかもしれない。グレゴリーに乱暴され、逃げるようにプロスパー家から家族で出ていき。ハティが仕事のために冒険者登録をする。一つの疑問が溶けたような気がした。
それにしても。あの時本当に気がついてよかった……。
俺がいつも食事をするテーブルの椅子に小さくなって座っているティリーをみて、俺は心底ホッとしていた。
……。
……。
それからしばらくして治療も終わったのだろう。医者が馬車で送られていく。
「ティリー」
「は、はい」
「今日はもう家に帰って休みなよ」
「しかし……」
「大丈夫。グレゴリーが首都へ戻るまで、家にいること」
「そんな長く休めません」
「休みじゃないよ。朝と昼はご飯を食べに行くから、なにか作って」
「え?」
「食材は届けるようにしておくから」
「……」
「いいね?」
「ありがとうございます」
俺はグレゴリーにエンカウントしないように気をつけながら階段を降り、ティリーを厩舎まで送る。途中で調理場に顔を出して、簡単に説明してしばらく食材を届けるように伝えた。
使用人たちはもうだいぶ俺に馴染んでいるため、問題なく話は通る。むしろグレゴリーは長男ということで大事にはされていたが、好かれても居ない。ティリーを心配する使用人たちはちゃんと食材を届けることを約束してくれた。
聞くところによるとグレゴリーも問題なく治療は終えたらしい。
「ただ、一ヶ月は走ったりしないようにとのことです」
そう言われたらしい。たしかあの医者は俺が失魔症になった時に半年魔法を使うなと言った医者だ。俺のと比べると全然ゆるいな。なんて思いながら話を聞いた。
……。
……。
ティリーも休んでる。食事を取りたいなら家族の晩餐に参加しないといけない。
しかし、なんとなく昨日までの及び腰な気持ちは消えていた。むしろ引き下がること無く堂々と顔を出してやるという気になっていた。
父親も俺と兄の諍いについては聞いているのだろう、だが特に何も振れることなく、兄不在のまま食事は始まる。
「なんでこんなチビに専属メイドなんで居るんだ!」
食事をとっていると、遅れてきたグレゴリーは俺を睨みつけながら父親に訴える。
治癒魔法で足は良くなったのだろう。痛みを忘れると過ちも忘れる。学習をしない人間なのだろうか。いや。感情を理性で抑えられないタイプなのか。
まあ、それはそうだ。十五歳の兄は持っていないのに、七歳の俺が専属のメイドを持つ。俺だって最近「専属」の意味を知った後にドン引きしたくらいだ。
「兄さんの好きなキノコ料理だよ。美味しいから食べなよ」
「キノコなんて好きじゃねえ! ふざけるなっ!」
我ながら随分と変わったものだ。俺はだいぶ余裕な気分のままにこやかにグレゴリーに微笑む。それがさらにグレゴリーの怒りを増すようだ。
「このやろう! ただ石を召喚出来るくらいで!」
あ、なるほど……。グレゴリーはあれをそう解釈したのか。確かに強気に出れるかもしれない。俺はため息を付きながら立ち上がろうとした時だった。
「ラドクリフ……。座ってなさい」
俺の動きを見てか、父親が俺に告げる。機先を制された俺は言われるがままにまた腰を下ろす。それを横目で確認した父親は、今度はグレゴリーに視線を向ける。
「な、なんだよ……」
「ミルヴィナの雫は知ってるな?」
「あ、ああ……。シュトルツの砂糖に対抗する為にプロスパーが作り出したんだろ?」
「あれを発見し、採取、精製方法を考え、商品化までしたのがラドクリフだ」
「……は? な、何を言ってるんだ? オヤジ……」
「言葉の通りだ。シュトルツの砂糖もシュトルツ子爵の息子……当時六歳の少年が考え出したという」
「それは聞いてるが……。そんな馬鹿な? チビメガネだぞ!」
「そのメガネをかけた小さなラドクリフが、六歳でミルヴィナの雫を開発した」
ああ……。まさかな。父親が俺を擁護しようとは、想像すらしていなかった。突然の父親の言葉に、横で聞いている俺までうろたえていた。
「し、信じねえぞ。そんな……。シュトルツの天才児に対抗するために用意した話だろ? そんな。ありえねえ……」
お……。
当然だ、俺だって普通なら信じることなど出来ないだろう。ただ、その話をエリックの逸話に対抗するためにプロスパーが用意した話だと考えたグレゴリーに、案外馬鹿じゃないのかもしれないなと、他人事のように考えていた。
「お前が信じようと信じまいとそれは事実だ。褒美としてラドクリフがティリーを欲し、私が許可した。それが事実だ」
「くっ。認めねえ! 俺はそんなの絶対認めねえ!」
「だから言ってるだろ、お前が信じない事も認めないことも、私にはまるで関係ない話だ。そんなことより、なぜお前を王都から呼び寄せたのかを考えるべきじゃないのか?」
「俺を呼んだ……理由?」
父親の言葉にグレゴリーがハッとする。
「届いた成績だが……。お前は何を考えている?」
「い、いや……」
「プロスパーの跡を、三等卒業生に継がせれると思ってるのか?」
「だ、だけど俺は長男だ!」
「私は無能には跡を継がせるつもりはない」
きっぱりと。父親は告げる。それを聞いたグレゴリーの心情はどうだったのだろう。顔面蒼白のまま、口をパクパクとしてる姿を見れば、察しられるというものだ。
「あと一年ある。せめて二等くらいには成ってほしいものだな」
「わ、わかってるよ」
「それくらい出来れば、店舗の一つでも任せてやる」
「……は?」
「一等卒業生として、卒業できるのなら後継として考えてもいいが……。それは無理だろ?」
「ちょ、ちょっとまってくれ! じゃあ誰がっ……。このチビか? ふざけるなっ!」
横で聞いている俺もきっと、顔面蒼白だったに違いない。
俺は、このまま家を継ぐこと無く、そっと。ひっそりと。異世界ライフを自由に楽しむつもりなんだ。こんなデカい商会を継いだら、間違いなく人生が仕事だけで終わる。
「ふざけているのはお前だ。王都まで行ってお前は何を学んだのだ? 怪しげな裏世界の人間と知り合ったことが、お前のやり遂げた唯一のことなのか?」
「くっそ! くっそ! くっっそ!」
もうグレゴリーには父親の話を聞く余裕なんて存在していなかった。
遊んで学院を卒業し、そのまま国でも最大規模の商会を継いで、ゆうゆうな人生を送るつもりだったのだろう。その全てがグレゴリーの脳内で瓦解していく。
目に涙を浮かべ、鬼の形相のままグレゴリーは食堂から飛び出す。
そして、それを追うものは一人も居なかった。
ごめんなさい、またアップ忘れてたW




