62 グレゴリーの暴走
ティリーは帰りにだいぶ恐縮したようにしていたが、間違いなく迷惑をかけているのが自分の兄だと考えると、むしろ恐縮したいのはこっちなんだ。
ディリーの帰宅後、俺もすぐに寝ることにする。
睡眠時間が体の成長には何よりも大事だしな。
……。
……。
翌朝、俺はルーティンになっている太極拳での魔力操作をしているといつもと少し違う感覚に気がつく。
……あれ、魔力増えてる?
若干だが間違いない。毎日毎日俺は自分のあるだけの量の魔力を体内循環させているんだ。確実にその量が増えてるのを感じた。
俺があれだけ吐くほど魔力を消費して、それを何回もやってちょっとづつ上がったのが感じられる具合だったが、今回は一度でも増えたのを感じられる量だ。
じゃあ、何度も何度もこれをやったエリックの魔力量ってやっぱやべえんだな。そう思うしか無かった。そう考えるともう一度あのダンジョンもどきの前で同じ様に魔力を吸わせたいと思ってしまうが……。
多分ハティは許してくれないだろうな。
俺は少し嬉しくなって、体内循環に興じていると、ティリーが朝食を運んでくる。
「おはようございます。昨日はありがとうございました」
「おはよう。あ、ハティは大丈夫だった? 心配してた?」
「そうですね。でも元気だったと言っておきましたよ」
「うん。ありがとう」
昨日の別れ際もなんか怒ってたしな、心配させたのかもしれない。きっとティリーがフォローしてくれたんだろうと少し安心する。
……。
俺はその後、昼過ぎくらいまで昨日持ってきた本を読み込んでいた。ただこの本に書いてあるダンジョンについての知識は面白いのだが、ダンジョンもどきについての記載は特にない。
「うーん。他にもなんかあったかな……」
そう思い、再び書庫へ行く。
昨日借りた本を返し、棚を見つめる……。うーん。ダンジョン関連の本は他にもあったが、やはり同じ様に国内各地のダンジョンの説明だったり、内部構造についてのものだ。
そんな中一冊の本に気がつく。
『魔素の発生源』
あの時もダンジョンもどきも、穴からどんどんと魔素が溢れていた。もしかしたら? そう思い本を手に取る。
……あ。なんか近そう。
パラパラとめくると、目次に「魔素溜まり」という項目がある。まさにイメージとぴったりあう。俺はその場でそのページを開いて読み出した。
……。
(~~~~~!)
……ん?
本を読んでいると何か小さく叫び声のようなものが聞こえた。なんだ? と思い耳をすますがよくわからない。
気になった俺は、本を棚に戻し、書庫の扉から廊下に顔を出す。
うーん……。
更に魔力で聴力を補強する。
!
その瞬間。俺は廊下に飛び出し走り出していた。
――どこだっ!
くっそ、ちゃんとあいつの部屋をチェックしておくべきだった。音はこの上か? 俺は階段を駆け上がり、音の方へ走る。
「おやめください!」
再び声が聞こえる。広いと言っても一軒の館の中だ、すぐに音の発生源を掴む。
そして、その部屋の扉を力任せに開けた。
「なにをやってる!」
ドアを開けると予想通りの光景が目の前にあった。グレゴリーが、嫌がるティリーの上に馬乗りになり、その服に手をかけようとするところだった。
俺の声に、グレゴリーが驚いたようにこちらを振り向く。そして俺の姿を確認するとその表情を醜く歪ませる。
「チビが……。勝手に入ってくるんじゃねえよ!」
「何をしてると言ってる!」
「ああ? てめえ誰に口を利いてるんだ?」
「誰にだって? この状況でそんな事もわからないのか?」
「チッ。ラドよ……。俺が居ない間に、色々なことを忘れちまってるようだな……」
下半身に溜まっていた血が、一気に頭に集まったのだろう。さぞイラついているのは容易に理解できる。そのグレゴリーは体を起こし俺の方を向く。
「ラドクリフ様! いけません!」
ようやく体を開放されたティリーが叫ぶ。だがそんな事は聞くわけもない。
おそらくグレゴリーも年齢的にそこまで身長は高い方では無いのだろう、しかし七歳の俺にとっては大きい大人だ。威圧するように指をポキポキと鳴らしながら俺に向かって歩いてくる。
俺はそれをじっと睨みつける。
「その目だよ……。ちびのくせに。何様のつもりだ?」
そう言うとグレゴリーが俺の襟を掴むとぐっと持ち上げる。多少はクビが締まるが俺も頭にきてる。グレゴリーと同じ高さまで持ち上げられたまま俺の目はグレゴリーから視線を外さず睨みつける。
「何様? 聞いていないのか? ティリーは俺の専属だ……」
「は? 何を馬鹿な――」
「巌のマナよ……」
「なっ!」
俺は持ち上げられたまま両手を前に出す。グレゴリーの鼻面に丸くボールを持つように両手を向ける。その刹那、その狭間に岩の塊が出現する。グレゴリーは俺が魔法を使えるなんてことを、これっぽっちも考えていなかったに違いない。
突然のことに声も出せない。
魔法で精製した岩は、俺が魔力を流す限りこの場に存在し続ける。
と、その岩とのつながりを切る。つながりが切れた岩は魔素へと溶けてくものだが、少し濃いめに作った岩はすぐには消えない。サラサラと体積を減らしながら重力に引かれ落下する。
落ちる岩の下にはグレゴリーのつま先。ゴンっとグレゴリーの親指にそれなりの質量の岩が落ちる。
「ぐぎゃあああああ」
痛いんだ。つま先は。親指の骨は粉砕だろう。
あまりの激痛に俺を離し、グレゴリーが地面でのたうち回る。
「指がっ! 指がっ!」
でも大丈夫。この世界には回復魔法があるから……。
地面に降り立った俺は、そのまましばし、グレゴリーを見下ろしていた。こんなんでコイツのねじ曲がった根性を修正できるとは思えないが、少しだけ溜飲を下げる。
「兄さんは、魔法を使えないんだ……」
「ヒィッ!」
痛みで心が折れているようだ。俺はため息混じりに視線をティリーに向ける。
「ティリー。行くぞ」
「し、しかし……」
「良い。行くぞ」
「はい……」
うずくまるグレゴリーを見て躊躇するティリーの腕を引き、俺は部屋から出る。ドアは開いていたためグレゴリーの叫びは屋敷に響き渡ったようだ。慌てたように走ってきた他のメイドが俺に聞く。
「どうなさいましたっ?」
「医者を呼んであげて」
「医者を? ……はっ! グレゴリー様!」
扉の中を覗いたメイドが慌ててグレゴリーに駆け寄る。
俺はそのままティリーの手を引いて自分の部屋まで戻った。




