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58 兄グレゴリー

 夕方、俺は急いでシャワーを浴びる。やはりハティとの稽古で体中泥が付いている。こんな状態で食卓へ行くことはティリーが許してくれない。


 さっぱりするとティリーが用意してくれた服を着て食堂へ向かう。

 食堂では姉がすでに来ており、母親と何やら王都の流行りについて盛り上がっていた。そんな雰囲気に俺が声を掛けるタイミングを悩んでいると、俺に気がついた姉がこちらを見る。


「お久しぶりですお姉さま」

「あら、ラドね。少し太ったかしら?」

「え? そ、そうですか?」


 姉のクラリッサは俺の顔を見るなり太った? などと聞く。正直俺は全く太ってない。むしろ転生したてのユルユルの体がだいぶ締まったはずだ。その分腕とかは若干太くなったとは思うが……。いやいや。心外だ。


 俺は少しムッとしながらも、久しぶりに帰ってきたという姉に笑顔を向ける。


「お、お姉さまもお元気そうで……」

「へえ、そういうの言えるようになったのね」

「ははは……」


 うん。ちょっと苦手かもしれない。


「相変わらずナヨナヨしやがって……」


 その時ちょうど食堂に入ってきたグレゴリーがブツブツと文句を言いながら俺の横を通っていく。


「おい、ヒョロメガネ……」

「え? ぼ、僕?」

「おめえ以外に誰が居るんだよ」

「えっと……」


 なんだコイツ。グレゴリーは学院に入学して以来帰省をしていない。つまり俺と合うのだって三年ぶりだ。三年前といえばまだラドクリフは四歳。

 どう考えても自分とは馴染がない他人のような存在にしか思えない。


 ただ、日本に居た頃から俺はこういった不良のような、ヤンキーには免疫がない。俺は思わず気持ちが萎縮するのを感じていた。


 そんな俺の弱さも感じ取るのだろう。グレゴリーは俺を睨みつけながら言う。


「お兄様が昨夜帰ってきたというのに、なんでいままで挨拶もねえんだよ」

「えっと、昨日はその時間にもう寝てて……」

「あ? なこと聞いてるんじゃねえよ」

「え?」

「今日の日中だっていくらでも挨拶出来ただろうよ。三年ぶりにお兄様が帰ってきたんだ。普通は挨拶に来るってもんだろ?」

「あ、ああ。ごめん……」

「ごめんなさいだろ!」


 んぐ……。やべえ。なんだコイツ。

 正直ラドクリフ少年の記憶だと、かなりグレゴリーの記憶は薄いのだが、嫌な兄という記憶だけは残っている。そして俺にとっては初対面だ。


 もうこの瞬間にはコイツは嫌いなやつに認定されていた。

 俺が答えに窮していると、今度は父親が部屋に入ってくる。グレゴリーの声は外にまで聞こえたのだろう。父親はため息混じりにグレゴリーに注意をする。


「三年ぶりに会ったんだ、もう少し和やかな会話は出来ないのか?」

「ああ、兄弟のちょっとしたじゃれあいだよ。なあ? ラド」


 流石のグレゴリーも父親には少し及び腰になるようだ。俺の頭をぐしゃぐしゃと掴みながらまるで仲の良い兄弟のように振る舞う。

 当然俺としてはたまったものじゃない。


 ――ホント、早く帰ってくれよ。


 そう願うだけだった。



 ……。


 兄弟が帰ってきて、最初の晩餐というのもあるのだろう。食卓にはいつも以上に手の込んだ料理が並んでいる気がする。

 ともに食卓につく相手は嫌だが、旨いものは旨い。俺は食事をしながら少し気分を上げていた。


「それにしても、珍しいじゃん。俺に帰ってこいとかさ」

「ん? まだ帰ってきて疲れているだろう。今日はそんなことよりゆっくりしろ」

「ああ、お。山賊鉄焼きか、これ好きだったんだよな。流石にこれは王都でも見ないからな……」


 山賊鉄焼きとは、この地方の伝統料理の一つだ。大ぶりの肉片に大量の香辛料やニンニクなどをすり込んで、山菜や栗などと一緒にダッチオーブンのような分厚い鉄鍋に入れて炭火の上で焼くだけというものだ。山に暮らす山賊はちゃんとした調理もしないで、適当に肉を焼いて食う。というイメージと合わせたネーミングの料理のようだが、俺もこの野趣溢れる豪快な料理が好きだった。


「そう言えばよ、バッチャルで生意気なガキが居るらしいじゃねえか」

「……なぜそれを?」

「ふっ。王都に居れば色んな情報が集まるんだぜ。なんでも砂糖を作ったそうだな」

「ああ……。そうだな」

「しかもそのラドと同じ年だっていうじゃねえか……」


 お? エリックの事じゃないか。その話もう王都では有名になっているのか? 俺は少しグレゴリーの話に興味を持つ。


 それに対して、父親はあまり乗っていかない。そんな父親の対応に少しグレゴリーがいらだちを感じたのか、煽るように言葉を続ける。


「聞いたぜ。オヤジも良いようにあしらわれたってよ」

「……なに?」


 流石に子供にこれを言われれば少しカチンと来るようだ。父親は食事の手を止め、グレゴリーを睨みつける。


「へへっ。お、怒るなよ。いい話があるんだ」

「いい話?」

「ああ、そんな生意気なガキ、少し痛い目を見るべきじゃねえかってよ」

「……何の話をしてる?」

「へっ。俺もよ。王都でただ遊んでいるだけじゃねえんだ。ちょっとしたコネがあってよ。もし何ならそのガキを黙らせてやれるぜ?」


 ……は? エリックを黙らせる?


 一体何の話だろうか。俺は少し興味を持ち二人の会話に耳を傾ける。

 だが、父親の方はもうそこまでエリックに構う気はないようだ。すでに恨みつらみより、商人としての計算なのだろう。変に手を出して赤字を膨らますより、シロップで大きく稼ぐ方を選んでいる。


 おそらく原作内では、リュミエラを失った侯爵が手を止めることを認めなかったため泥沼へと足を踏み入れたのだろうが。


 俺は自分の頑張りがいい方向に動いていることに満足していた。


「もうシュトルツからは手を引いている……」

「は? なんでだよ。プロスパーがそんなんでいいのか?」

「うちはうちで、ミルヴィナの雫で勝負をしている。やり方を変えただけだ」

「だけどさ……」

「グレゴリー」

「な、なんだよ……」

「あまり裏の人間に近づくなよ。必要なときは利用するのもいいが、頼りすぎるのは商人としては下策だ」

「わ、わかってるよ」

「それにシュトルツには第二王子がついてる。もし失敗してみろ……」

「はっ。冗談だよ。冗談。そういう話があったってだけだ。な? ラド」


 父親の圧に負けたグレゴリーは笑って誤魔化している。誤魔化すのは良いが俺を巻き込むなと声を大にして言いたいところだ。

 俺はヘラヘラとグレゴリーの無茶ぶりを受けるが、内心ではグレゴリーがエリックに何をしようとしていたか気になっていた。

 なんか、大事なイベントが消えたりしていないかと。


 ……。


 そこへ、追加の料理が運ばれてくる。


 ティリーは俺の専属ということに父親が認定してくれていたが、普段は普通に家のメイドとして働いている。そのティリーが両手にスープ皿を持ち、俺達の前においていく。


 自分の前にスープを置いているティリーを見て、グレゴリーが目を見開く。


「お。新しいメイド? おい、お前の名前は?」

「え? あ、ティリーと申します」

「へえ、ティリーか。いつからいるんだ?」


 グレゴリーの質問に答えたのはクラリッサだ。


「私が学院で上京する少し前に入った子だよね」

「はい。クラリッサ様とはまだ見習いの頃に」

「へえ……。なんだ。オヤジ。良い子入れたじゃないか」


 当然ティリーは美人だ。そしておそらくグレゴリーと年齢的には同じくらい。普通の男子なら目を引いてしまうのは当然だろう。


 グレゴリーは途端に上機嫌にティリーに話しかける。


 まるで居酒屋の女の子にダル絡みをする、酔っぱらいのオヤジのようだ。俺も聞いていて嫌な気分になるが、不満げにティリーを見れば、ティリーは「何も言うな」とばかりに小さく首をふる。


 早く王都へ帰ってくれないかな……。


 今日何回目かの俺の思いが再び浮かんでくる。

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