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30.増えるお菓子



「そこ、もうちょっと最後声抑えて」


 専門棟の一室。

 その日、アイヴィーとライアンはいつものように……いや、いつもとは違い、ライアンは魔導具を触ることなく、しっかりとアイヴィーと向き合っていた。目の前に設置された魔導具に向かって、アイヴィーが歌い、それを横で聴いているライアンが、指導している。


「というか、なんで私はボイトレを受けてんの?」

「ンだよお前が言ったんだろ、上手くなりたいって」


 それは、アイヴィーの復帰祝いと称し、再びこの教室でカラオケを行った先日の事である。ノリノリで歌い切った後「どうだった?」と陽気に振り返ったアイヴィーに、ライアンが言い放ったのだ。


「オタクの歌って感じ」


 オタクだよ!オタクが歌ってるから、オタクの歌に変わりないだろ!と思ったのだが、つまり下手って言いたいんでしょ?!と喧嘩腰になったアイヴィー。少々言い合いをした末、なぜか、ライアンがアイヴィーにボイストレーニングをするという話になったのだ。


「まぁいいや、ほら聴いてみ」


 ライアンが録音していたアイヴィーの歌が入った曲を流す。


「……!」

「な、結構違うだろ」


 渡されたヘッドフォンのような魔導具を耳に当て、驚く。

 アイヴィーは前世、何度もカラオケに行ったことがあり、歌うことは好きだった。歌うのはもっぱらアニメソングやボカロばっかりだったけれど……。でも、それは、歌詞を見ながら本当にただ、自分が楽しく歌うだけだった。

 しかし今回、アイヴィーはライアンから、ブレス、歌詞やメロディに合わせて声の抑揚のつけ方、最後の一文字の音を息を抜きながら意識して震わせたり……等、ただ楽しく歌うだけではない、聴き手を意識した歌い方の技術を教えてもらった。


「すごい……全然違う」

「だろ?こうすることで、聴いたやつは思わず心惹かれる」


 得意げに鼻を高くして言うライアン。しかし、アイヴィーは、彼から指導を受けた後の自分の歌に、自分自身で感動していたため、そんなライアンの様子も目に入らない。


「もしかして、前世は有名な音楽家さんでしたか?」

「いんや、普通のボカロP」

「あそ」


 感動のあまり敬語になって聞いてみたが、安定の返しで一気に元に戻る。


「ちなみに職業は医者だった」

「えぇ……、それって作曲する時間あったの?」

「ねーよ、だから徹夜して、多分そのまま……」

「あ…………」


 沈黙が続き、ちょっとしんみりとした空気になった。数秒後、ライアンはふっと笑って言った。


「だから、この世界では好きなことをして生きる事にしてんだ」


 その笑顔はとても眩しかった。


「……いいじゃん」


 実は、退院してから、初めてこの部屋を訪れる時は、ほんの少し緊張していた。ライアンに、まだ病院の時ような、落ち込んだ様子があったらどうしよう、と。しかし、アイヴィーのそんな心配はどこへやら、扉を開けた瞬間、待ってましたと言わんばかりに室内の明かりは消され、流れてくる聞き覚えのある音楽と、照らし出されたディスプレイには、あの時歌った曲の歌詞が表示されていた。


「お、遅かったな」


 どこからか、アイヴィーが退院と同時に学園に登校しているという話を聞いていたらしいライアンは、「ほい」とあのマイクのような魔導具を渡してきたのだ。


「一ヶ月、退屈だったろ」

「…………」


 そっとマイクから顔を上げたアイヴィーに、ライアンはコクリと頷いた。アイヴィーは、マイクを持つ手をスッと口元へもっていき…………


 シャウトした。



──……



「それでその錬金術師から技は盗めたのか?」

「ううん、その時は話をしただけ。」


 そもそも、ハオシェンの技は結構規模の大きいものが多いし……、公爵邸うちか学園の専門棟の教室ように、耐久性がある所でじゃないと見せてもらうのは難しいかもしれないなぁ。

 ふむ、と考え込むアイヴィー。その横で、ライアンはまた別の魔導具をいじり始めた。ボイトレ用の魔導具は隅に置かれ、今日のボイトレはもう終わりらしい。


「あ!そうだ」


 ぱっと顔を上げたアイヴィーは、ライアンに向き合ってキラキラとした瞳を向けた。しかし、その顔を見たライアンはスッと目を細めた。本能的に感じる、嫌な予感。


「先生に聞きたいことがあったんだ!」

「……なんだよ」







 王宮の一室。

 本日はアイヴィーの入院のため、丸っと一ヶ月は開いてしまっていた、定期的なレオナルドとのお茶会の日。

 アイヴィーはティーカップを口につけながら、ふと視線を落とした。テーブルの上には、大量のケーキやクッキー。

 ……なんか、回数を重ねるごとに、用意されているお菓子の量と種類が増えてきている気がする。

 これまでのように、いくつかの情報共有を行った後、お菓子と同様に増えてきたレオナルドとの雑談の中で、アイヴィーはさりげなく、推しであるグレイソンに無理をさせているんじゃないか、と探りを入れてみた。すると、レオナルドはフッと片眉を下げ、瞳を閉じ少し呆れたように言った。


「君は本当にグレイソンがお気に入りのようだな」

「目の下の隈が酷かったんです」

「隈……?」


 そう言いながら、少し眉をひそめたレオナルド。アイヴィーはあの日、街で爆発事件があった際に、偶然グレイソンと会った事をレオナルドに告げた。それを聞いたレオナルドは、一度ぱちりと瞬きをした後、ふむ、と何か考えるような仕草をとった。


「あの時は……確かに任せていることはあったが、隈はそのせいではないな」

「え?」

「その日の前日、リシュータに捕まっていたからな。おそらく朝方まで付き合わせれたのだろう。」


 リシュータ?誰だ……?

 おそらく、グレイソンの仲間かレオナルドの部下なんだろうが、そんな情報を気軽に口にするなんて……。そういえば最近、この皇子、前よりも随分フランクな態度になったな。

 ……でも、そうか。だからあの時のグレイソンは、いつもよりちょっと威圧的だったんだ。空気がピリッとしてたんだよね。寝不足の時のイラつきはすごいし。

 そんな事を考えているアイヴィーの顔を、頬杖をつきながらジッと見ていたレオナルドは、真顔のまま口を開く。


「なぁ、皇太子妃にならないか?」

「なぜこの流れで?お断りします。」

「グレイソンを愛人にしてもいいと言ってもか?」


 ブッ


 勢いよく吹き出したアイヴィーに、レオナルドはふっと意地の悪い笑みを浮かべていた。

 こいつ……。


「そんなに焦らなくても、そのうちきっと、あなたの心を動かす人は現れますよ。」


 口元をハンカチで拭ったアイヴィーは、恥ずかしさを隠すようにそう言ったあと、レオナルドを見てニコッと、柔らかく微笑んだ。


──そしてそれは、残念ながら報われないのだけれど


 アイヴィーの言葉を聞いたレオナルドは、スッと表情を元に戻して言った。


「君は、以前もそんな事を言っていたが」


 ゆっくりと足を組み替え、深く座り直すレオナルドの前で、アイヴィーは紅茶をすする。


「私が誰に心を奪われると思っているんだ」


──それはもちろんヒロイ……


 ……あれ?

 心の中で、何を当然な事を、思ったアイヴィーはハッとする。

 先日の学園爆破未遂事件。あれは、本来であれば、主人公たちを陥れようとするアイヴィーのせいであり、アイヴィーのおかげで、発覚・解決した事件。原作で学園に潜入していた主人公たちは、犯人を追い詰める先で、レオナルドたちと合流していた。そして、この時期にはもう、原作通りであれば、レオナルドはヒロインと会って、その恋心を自覚し始めているはず……。

 アイヴィーはすっと顔を上げ、レオナルドに視線を向ける。


「?」


 しかし、先ほどからのこのレオナルドの態度。何かひっかかりがあるのであれば、多少なりとも、表情やしぐさに出ているはず。視線を手元のティーカップに移したアイヴィーは、一つの可能性を思いつく。


──まさか


 スペンサー公爵家が没落しかからなかったこの世界で、アイヴィー(わたし)が主人公を貶めようとしないせいで、主人公たちは学園に現れなかった。

 その影響は、今回の事件だけではないのだとしたら……。


──もしかして、レオナルド……ヒロインに会ってない!?


「…………」


 アイヴィーは、ティーカップを受け皿に置き、そっと視線をレオナルドに合わせる。


──かわいそう……。


 彼はこのまま、彼女への愛を知らずに、誰か適当な人と結婚してこの国を治めていくのだろうか……。いや、しかし、もしヒロインに出会っていたとしても、どのみち結ばれないのであれば、この世界のレオナルドの方が、ある意味幸せな道を歩むのだろうか……。

 アイヴィーから悲壮感に満ちた謎の視線を送られたレオナルドは、よく分からないがいい気分はせず、はぁ、とため息をついた。


「そういえば、あの東の国の錬金術師は……なぜあんなにも君にご執心なんだ?」

「へ?」


 レオナルドの話によると、どうやら皇宮内であの日の爆発事件の話になった時に、ハオシェンがアイヴィーについて、やたらテンション高く、熱く語っていたそうだ。


「スペンサー公にはすでに手紙で伝えられていると思うが、近々君の家を訪問したいと言っていたぞ」


 なんだって。

 でも聞きたい術式もあったし、丁度いいや。

 レオナルドは、さほど驚いた様子もないアイヴィーに、少し目を細めて続ける。


「あの調子だと、求婚でもされるんじゃないか?」

「えぇ……」


 ふぅ、と呆れたように言ったレオナルドの言葉に、アイヴィーは思わず「それはないですよ」と、思っていた事をそのまま口に出してしまっていた。




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