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24.気が重いよ



「グレイソン。お前、茶会以外でスペンサー嬢にまだ接触をしていたのか?」


 レオナルドは、茶会できいた真相を確かめるため、いつも通り表情筋を動かさず黙々と仕事をしているグレイソンを呼び出していた。そしてグレイソンは、そんなレオナルドの問いに、平然とした態度で肯定した。


「…………」

「?」


 レオナルドが何故だ?という表情でグレイソンを見れば、グレイソンも同じように無表情ながらも不思議そうにレオナルドを見返す。


「アイツに聞いた方が手っ取り早い」

「…………」


 グレイソンの言葉に、レオナルドの表情は徐々に曇り始めた。

 情報収集という面でおいて、これまでのやり取りを踏まえて、アイヴィーほど役に立つものはないと考えているグレイソン。

 お茶会で交わされているレオナルドとの情報交換とは別に、グレイソンが独自で調べる事に関しては、あの日以降も手間を省くためにアイヴィーを利用していたという。

 元はと言えばレオナルドの一言ではあったのだが、自分が少し迫れば面白いくらい情報を吐くアイヴィーの性質を理解しているから、それを利用しているだけだ……と。

 最初は、もう少し強引な男が好みなのかとも思ったが、グレイソンが特に意識せずに普通に接近してみても、ポロリと簡単に情報を吐くため、最終的には特に何を演じるでもなく、素のままで迫り、情報を抜き取るスタイルに落ち着いているそうだ。


「……そ、うか」


 グレイソンの説明を聞いたレオナルドは、すぐそばのソファーで書類整理をしているヴァネッサに、この話を聞かれているため、歯切れの悪い返事をしていた。

 確かに、グレイソンにはこれまでと同様、アイヴィーとのお茶会で交わされる案件とは、全く別件の仕事を多数任せている。その中でも情報収集などの諜報活動は、特に時間がとられる。レオナルド自身、彼女とのお茶会ではどうしてそこまでの事を知り得るのかと疑問を抱かずにはいられないほど、こちらの予想を遥かに超えた情報を持ったアイヴィーと有益なやり取りができている。


 しかし、もともとは自分が命じていた事であるのだが、この目の前の男は、自分に好意を寄せている女を、さも何も気にならないといった様子で、さらに利用し続けていると言うのだ。


「…………」

「?」


 かける言葉を見つけることが出来ず、背後から感じるピリッとした空気に、居心地の悪さを感じているレオナルドを、グレイソンは無表情ながらも少し困惑した様子で見ていた。





「あちっ」


 その日、スペンサー公爵には告げず、ベルを連れてお忍びで街に来ていたアイヴィー。お目当てのものは見つけることができなかったのだが、いくつかの場所を回った後、途中で平民を装った服に着替えたことをいい事に、アイヴィーは屋台で買った揚げ肉をつまみ食いしながら街を歩いていた。


「はい」

「ありがと」


 ベルが持っていた、同じく屋台で買った真っ青なジュースを受け取ったアイヴィーは、それを口に含む。

 あぁ、そうだ。そういえば、


──この後、例の扉でもみてこようか。


 そう考えていたアイヴィーがベルの方を振り向いた瞬間、その視界の先で、渋い色のフードをかぶった人間を、がっしりと鍛えられた肉体をした男性が抱えるように持ち、路地裏に消えていくのを目撃した。


──あれは……。


 フードの人間、意識がないように見えたけど……。


「ベルは反対側から見てきてくれる?」

「うん」


 アイヴィーはベルに回り込むようにお願いをして、自分は先ほどの男たちが入っていった路地へと向かう。気付かれぬよう慎重に足を進めていたアイヴィーだったが、男がさらに別の男と合流した時、地面に落ちていた小枝を踏んでしまい、パキッと音を立てた。


──あっ


「誰だ!」


 しまった、と思った瞬間、背後から伸びてきた手に口を覆われた。


「!?……ンンッ」

「静かにしろ」


 この声は──。

 アイヴィーは口を塞がれたまま、少しだけ首を動かして視線を後ろへ向ける。そこには、いつもとは違う黒の衣服を身にまとったグレイソンがいた。

 なんで、推しがこんなところに!

 そう思ったアイヴィーは、まったく同じようなことを思っているであろうグレイソンに軽く睨まれる。


「おい、誰かいるんだろ。出てこい」


 先ほど声を上げた男がそう言いながら、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。自分一人であれば、あんな破落戸数人、どうとでもできる気でいたアイヴィーだったが、推しに捕まっている現状ではどうすることもできない。

 しばらく無言でいたグレイソンだったが、男が二人のすぐ傍まで迫った所で、空いていたもう片方の手をアイヴィーの腰へ当てた。


──!?


 そして、その手をスッと上下へ動かす。


「ンン……ッ!?」


 グレイソンに手で覆われているアイヴィーの口からは、くぐもった変な声が漏れる。


 ちょっちょっちょ、ちょっとまってちょっとまって。

 ヒィ……ッ側面はだめ!側面は──!あああああぁッ


 アイヴィーは反射的に体をくねらせ逃れようとするが、背後からガッシリと捕まれているグレイソンの手によって、それはかなわない。近づいてきていた男は、壁の端からチラッと見えたアイヴィーの揺れた髪と、聞こえてきた声に足を止め、チッと舌打ちをして戻っていった。


「行ったな」


 男が去っていったのを確認したグレイソンは、手の力を緩める。ようやく解放されたアイヴィーは、力なくへたり込んでおり、はぁ、はぁと虫の息だ。


「…………くっ」


 ……ひどい拷問だった。

 荒い呼吸を整えつつ、アイヴィーはグレイソンにジっと抗議の目を向ける。


「なんだ」

「……」


 どうやら、あの男たちをつけていたらしいグレイソン。おそらくこの後、アジトに向かうであろう男たちの前に、急にアイヴィーが現れたため、できればやり過ごしたかったそうだ。


「全員倒されたら困るからな」


 ……確かに、せっかくあと少しで対象者の本拠地を知ることができそうな所に、ひょっこり邪魔する人間が現れたら、嫌だよね。だけど……!


──いきなり脇腹くすぐるなんて……!!


 アイヴィーは大体、側面全般が弱かった。

 前世でも何度かやられたアレを、まさかこの世界でやられるとは思わなかった。しかも、全く逃れることができない拘束された状態で……!

 体力をごっそりと持っていかれたアイヴィーは、先ほどよりも力のない目で推しを見上げる。そんなアイヴィーに、いつもと変わらない顔を向けていたグレイソンだったが、しばらくして、へたり込んでいるアイヴィーの元へ近づいてきた。


「……こっちの方がよかったか?」


 アイヴィーの前にしゃがみこんだグレイソンは、好青年のような優しい顔をする。そして、アイヴィーの頭のすぐ上に腕を伸ばし、壁に手をついていた彼は、どこか艶めかしく誘うような表情を向けている。それはまるで、初めてアイヴィーにハニトラを仕掛けてきた彼の姿で……。


──か、


「かわいい……ッ」

「…………は?」


 グレイソンの顔がスッと怪訝そうな表情に変わり、ハッとしたアイヴィーは咄嗟に顔を背ける。


 今まで、瞳や髪を綺麗だと言われた事とはあっても、面と向かってかわいいとは言われたことはなかったグレイソン。しかし今、自分を見て確かにかわいいと言ったアイヴィーを、グレイソンはジッと探るような目で見る。


 グレイソンの刺さるような視線を感じ、アイヴィーはパッと立ち上がり、口早に謝罪をしてそそくさとその場を離れる。


──だっ、


 だめだ……ッ!


──最近、完璧令嬢のアイヴィー(もうひとりのぼく)で居られる時間が少なくなってきた気がする……ッ!


 いや、それもこれも全部推しの……ッ!グレイソンのせい!そして、私自身の……理性の脆さのせいッ!

 アイヴィーは頭を両手で抱えながら、先日の夜の事を思い返す。


──夜、目が覚めたら部屋にいたのは、さすがに本気で吃驚したなぁ……。


 それは数日前、皆が寝静まった深夜。アイヴィーの寝室で起こった。ギシリと軋む音とシーツの擦れる音に、うっすらと目を開けたアイヴィーの目の前には、月明かりに照らされた人の輪郭がぼんやりと見えた。


「……?」


 徐々にはっきりしてくる意識と共に、その輪郭の正体が、推しのシルエットだと理解した時は、息をのんでたっぷり10秒はフリーズしていたと思う。

 その間、グレイソンは口を動かしていて、何かを話しているようだった。目を見開いたまま固まっているアイヴィーに、顔が見えなくなるほど近づいたグレイソンは、耳元で「教えてくれないのか?急いでるんだが」と囁いた。

 その言葉を、耳というよりも肌で感じた瞬間。ドッドッドッド、と今までは動いてなかったのか?というほど、急に激しく存在を主張しはじめた心臓に、アイヴィーは自分自身で驚いていたのだが、知らないうちに、自分の口から彼が欲しい情報が出ていたらしい。グレイソンは満足そうに口角を上げてニヤリとほくそ笑むと、いい夢を、と告げて窓から去っていった。


──……???


 グレイソンが去っていった、カーテンがゆらゆらとゆらめく窓際を見つめながら、アイヴィーは自分の頬をつねり、「夢じゃない……」と呟いていた。





「え……なにそれ」


 アイヴィーから最近のグレイソンとの出来事を聞いたテオドールは、夜に部屋に侵入されてるのは流石にまずいでしょ。と、傍にいるベルの方へ顔を向ける。


「……ベルは気づいてたよね」

「うん」

「……止めに行かなかったの?」

「アイヴィーの楽しみを邪魔してはいけない」


 瞳を閉じ、のほほんとした雰囲気でそう答えたベルを、テオドールは目を細めて無言で見つめる。もはや恒例となった、テオドールの部屋でのグレイソン報告会。今回はベルも参加させられている。しかし、自分の感覚がおかしいのか?と思う程、グレイソンとアイヴィーの接触を受け入れている様子のベルに、テオドールの目は光を失っている。


「その、ハニトラ……?はもう終わったんじゃなかったの?」

「そう、そこよ!」


 顔をしかめながら振り向いて言ったテオドールの質問に、声を張り上げたアイヴィーは、数日前のお茶会でレオナルドとのやり取りを思い返す。


『グレイソンは、今も君に接触をしているのか?』

『……殿下の命令ではないのですか?』


 アイヴィーの発言に、驚いた表情を見せたレオナルド。あれは演技ではなく、本気で意表を突かれたような様子だった。


──ということは、あれは推しの独断ってこと……?


「…………」


 シン……と静まり返った部屋で、沈黙する二人。

 アイヴィーは考える。

 では何故、推しはあんなことを……?

 …………初めは、好青年風な紳士な男を演じたハニトラ。その次は、お金での情報入手。そしてあの、推しの謎の独断行動。


──はっ!


 『ハニートラップ』とは本来、色仕掛けで対象を()()()情報を抜き取る以外にも、対象を懐柔・・して思うように扱う事もある。


──つまり、あれは“餌”。


 グレイソンは私を懐柔して情報を持っていくついでに、餌を与えてくれているんだ!

 そもそも、グレイソンが推しであるアイヴィーは、彼にとって既に懐柔された完全攻略済のような存在であるため、餌を与える必要はないのだが……。


 きっと、推しはこれまでの私との対話で、気付いてしまったのだろう。私が、推しに顔を近づけられ、露骨に攻められれば、うっかりと情報を漏らしてしまうことに!……さすが推し!冷静に残酷に無慈悲に目的のために利用できるものは、なんでも利用するタイプだ!


「…………」


 グレイソンの第2段階フェーズへ移行したハニトラについての説明を聞いたテオドールは、先ほどよりも遠い目でアイヴィーを見ていた。


 アイヴィーはグレイソンに耳元で囁かれたことを思い出し、こそばゆく感じ始めた耳に触れる。

 この公爵邸、結構セキュリティにも力を入れていたはずなのに、推しにあっさりと窓からの侵入を許してしまっていることにも疑問を抱くのだが……。

 最近は、最後にあぁいったファンサもしてくれる事もある。いや、推しのことだ。サービスというよりは……気まぐれに近いだろう。完全に女としては扱われていないが、ちょっとつつけば情報をしゃべる変な生物くらいに思われているかもしれない。ン~~~~ッ、


──はぁ……ッそんな推しがかわいい!


 両手で顔を覆い嬉しさを押し殺しているアイヴィー。


「多分あの夜は、しばらくは学園で会う機会もないから、わざわざ公爵邸ここまで来たのよね。急いでるって言ってたし。」


 現在、アイヴィー達学園の生徒は、学年末のために長期の休みに入っている。そのため、もう数週間は学園へ足を運んでいない。故に、あの日の夜と今日の推しの接触は久しぶりなうえに、レベルが高すぎて刺激が強かったのだ。


「そういえばテオも、もうすぐ入学ね」

「……今から気が重いよ」


 家の外でも、姉さんの言動に気を張らないといけないなんて、と言ったテオドールは、ひときわ大きなため息をついた。



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