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防潮堤  作者: ゆずさくら


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4/21

(4)

 寮のプレファブに向かっているのか、と思い俺は頭を上げて、男の様子を見た。

 足場にいくつかつけられているライトで照らされた男は、グリーンのモッズコートを着ていた。テレビドラマで『都知事とおんなじ大島です』とかいうセリフで有名なキャラクターが、いつも着ている汚いコートと同じだ。

 こっちの呼吸、足音、聞こえてしまったのか、打ち上げられた男は、通路側から海を振り返る。

 俺は、急いで身をひそめる。

 静かになったか、と思ってゆっくりと顔を出す。男の姿は、寮のあるエリアへと向かっていた。

「……」

 工事現場に働きに来ているような、労働者をさらう必要があるのか。こんどはすこし距離をとって、その男を追いかける。

 すると、男は寮と思われるプレファブの扉をあけると、いきなり中に入った。

「えっ?」

 遠目で確実ではなかったが、男が俺の部屋に入っていったのだ。

 急に出てき来るときのことを考え、プレファブの並びの、一つ向こう側を走って、そこから俺の部屋を見る。部屋の明かりは消えている。

 そっと近づき、扉のノブを回す。

 鍵が掛かっている。

「?」

 鍵を取り出して、音を立てないようにゆっくりと鍵を回していく。

 カチャリ、と大きな音がしてしまう。

 俺は扉を素早く開けて、部屋の灯りのスイッチを入れる。

「誰だ!」

 俺は部屋の中に向かって言うが、おじさんにもらった毛布が広げてあって、カバンから出した荷物が少し床に散らばっているだけで、誰かがいる様子はなかった。

「……」

 扉に鍵をして、ユニットバス側の扉をゆっくり開ける。

「いるなら出てこい」

 よく考えたら、こっちは丸腰だった。何も持たずに声を上げて扉を開けるのはまずかった。しかし、扉の中からは何も声が返ってこない。

 浴槽、トイレを見るが誰もない。天井を開けて逃げた様子もない。

「ふぅ……」

 俺は何もなかったことをに安堵した。

 安心すると同時に、別の疑問が湧き上がってくる。

 さっきのモッズコートの男は、どこの部屋に入ったのか、ということだ。もう一度、外に出て、どこに入ったのか、それとも入っていなかったのか確かめるべきだろうか。

 と、ガタン、と音がした。壁を伝わって隣の部屋から聞こえてきたようだった。ここは五番の部屋だから、となりは六番だということだ。

「……」

 騒がしいから、こっちの壁を叩いてきたのだろうか。コンビニと言い、もしかするとこの地方は夜は早いのかもしれない。

 もうやめよう、俺はそう思った。今日のところは、モッズコートの男の行方は諦め、明日に備えて寝ることにした。

 バッグから野宿の為に用意していた寝袋を出して、おじさんからもらった毛布の上に敷く。そして着ているものを脱いで、寝袋に入った。

「考えすぎ、考えすぎなんだ……」




 朝、事務所に行くと、もうかなりの人が事務所で働いていた。

 二階で着替えなければならないのだろうが、俺はまだカードも作業着ももらっていない。俺は一階で立っていた。

 一人、また一人と事務所に入って来ては、二階の更衣室へ向かう。

 人が来るたびに会釈をしたり「おはようございます」を返したりしていた。

 そこへ昨日のおじさんがやって来た。

「おぉ、おはよう。昨日は眠れたかぁ?」

 笑顔で会釈して、コンビニの話をした。

「いただいた毛布で寝れました。ありがとうございます。だけど、コンビニが、十時前に終わっちゃってたみたいで」

「うーーん、それは残念だったなぁ。ここらのコンビニは、店長(オーナー)の都合で早く閉めちゃうこともあるかもなぁ」

「あーー、やっぱりそうですか」

「たぶんそうだなぁ。ああ、そっか、まだ作業着とカードがないっけ。事務の()ももうすぐ来るから、ここで待ってななぁ」

「は、はい」

 と、また事務所の扉が開いて、人が入ってきた。

 俺は、その人ではない、外に視線がいった。

「モッズコート」

「ん、どうしたなぁ?」

 俺は指差し「ほら、あれですよ」

「どれなぁ」

 おじさんを見て、おじさんから真っすぐになるように指を動かした…… が。

「どれ?」

「……」

「ん?」

「いなくなっちゃいました」

「もっずこーとってなんな」

「えっと」と言って、俺はスマフォで、テレビの刑事ドラマのキャラクターを検索して表示して見せた。

「ああ、しっているよ、たしか」

「じゃなくて、このコートです」

「えっ、コートがどうかした」

 俺は昨日の出来事をおじさんに話した。

 話し終えたところで、事務所内にチャイムがなった。

「おっと、予鈴がなったからその話はあとでなぁ」

「あっ……」

 おじさんは駆け足で二階に上がっていった。

 仕方なく立っていると、トントン、と肩を叩かれた。

 振り向くと、頬に何かを当てられた。

「!」

「それカード」

 女性の声だった。俺は頬に当てられ、張り付いたプラスチック製の小さな板を手に取った。

「それICチップ入っているので、お尻ポッケとかに入れないでね」

 俺はようやく女性の姿を認識した。髪は後ろでアップにしていて、白いシャツに紺のカーディガンを羽織って、グレーのチェックのスカートをはいている。ザ・事務員とでも言うような恰好だった。

「寮は佐藤さんから教えてもらってるわよね?」

「あ、事務所に一人だけ残っていたおじさん、佐藤さんて言うんですか?」

「そうよ。橋口さんは、更衣室は分かる?」

 事務の女性(ひと)はそう言いながら指を上に向ける。

「昨日、その佐藤さんから教えてもらいました」

「そ。じゃ、ここにサインして」

 ボードに紙が止めて合って、名前を書く欄がある。作業着とロッカーの借用書のようだった。俺は渡されたボールペンで名前を書いて、返す。

「もうすぐ、そこの広場に集合だから、急いで着替えてきて」

 事務の女性(ひと)腕を曲げて、走るようなポーズをして見せた。

「はい」

 俺は降りてくる作業着の人たちとすれ違いながら、二階の更衣室に入り、自分のロッカーを見つけ、中に入っていた作業着に手早く着替えた。

 誰もいなくなった更衣室で、着替えが終わると、急いで事務所の外にでた。

「お、君が橋口君?」

 線が三本入ったヘルメットを被ったおじさんが、俺の肩を叩いた。

「そうです。よろしくお願いします」

「みんなに紹介するからこっちきて」

 俺はそのおじさんと一緒に、集合した作業員の前に立った。

「今日から一緒に働く仲間を紹介する。橋口くんだ。挨拶して」

「橋口です。よろしくお願いします」

 俺は会釈すると、拍手が起こった。三本線のヘルメットのおじさんが言った。

「午前中は安全講習だから、作業に入るのは午後からだが、その時は指導をよろしく頼む。所属は佐藤の班だ」

 佐藤というのは、昨日のおじさんだろうか。と思いながら、作業員の方を見る。

「はい」

 と返事をしたのは、あの(・・)佐藤さんだった。俺はほっとした。

「じゃ、橋口くんもそっち側に行って。今日の連絡を伝えます……」

 よくわからない連絡事項の伝達が始まった。

 とにかく、現場では安全第一らしく、作業での危険だったこと、危険と思われることを避けるようなことを何点か伝えていた。

 作業の段取り自体は、それぞれの班でやっているようで、最後の班長だけ集めて何かを離していた。

 佐藤班長が戻ると、俺に言った。

「事務所に行って『安全講習を受けに来ました』と言えば、動画見せてくれるから、午前中はそれやって」

 俺はまだ七時なのに、と思ったが、言われた通りに事務所に向かった。

「橋口さん、安全講習よね」

「は、はい」

 俺は事務の女性がIDをつけているのに気が付いた。

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