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そこには『山岡ちひろ』と書いてある。
「このタブレットで映像を確認してね。一つ終わるたび、休憩をはさんでテストするから。テストができなかった場合はもう一度この映像を確認して再テスト…… 基準点に達したら次の科目って、いうこと。合計三つ科目あるから」
「はい」
「……」
どうしていいかわからず、しばらくそのままじっとしていた。
「山岡さん……」
IDには書いてあるが、それを勝手に呼んだらいけないような気がして、言葉を続けるのに躊躇してしまった。しかし、山岡さんは気にしていないようだった。
「……休憩なんですけど、休憩時間にコンビニ行っていいですか?」
「ダメ。コンビニなんて行って帰って40分はかかるわよ」
「じゃあ、昼食は……」
「仕出し弁当を頼んでいるわよ。橋口さんの分もね。給料天引きだから、現金いらないわよ」
「いくらですか?」
山岡さんは即答した。
「三百八十円。コンビニで同じボリュームを食べようとしたら、六百円オーバーしちゃう。しかも、あったかいし」
「……」
俺はとりあえずそれで納得した。その値段なら一度食べてみてもよさそうだった。
「じゃあ、映像を見ます」
「はい、そこらへんの事務机、どこに座ってもいいわよ」
俺は適当に山岡さんと距離をとって、席に座った。
動画を再生すると、音が大きかった。
「山岡さん、音、小さくしたいんですけど」
「……」
タブレットを見るために、少し前かがみになったせいか、山岡さんの胸が強調された。
「これでいい? もっと小さくても良ければ、ここを押して。大きくする場合はとなり」
「はい」
こっちが山岡さんの胸ばかり見てたのを気取られなかったか、心配になった。
声を出せずにうなずくと、山岡さんは自席に戻った。
タブレットで動画が再生されるが、横目で山岡さんの方ばかりを見てしまう。
とりあえず、一通り動画を見終わったので、山岡さんに言う。
山岡さんは「休憩してて」と言って、何か鍵のかかったキャビネットを開いて探し物をしている。
「手伝いましょうか」
「これはお願い出来ないの。今、試験用紙を探しているから」
俺はさっきの椅子に座って、スマフォを見るふりをして山岡さんの体をチラチラと見ていた。
「あ、あったあった」
キャビネットを閉じて、鍵をかけ直す。時計を見て、俺の方にやってくる。
「じゃあ、まずはこれね。今からちょうど五十分間で回答してね」
紙と鉛筆、消しゴムを渡される。
「えっ、すぐ始めるんですか」
「そうよ。試験開始」
俺は問題を解いて回答用紙に書いていく。しかし、山岡さんが気になってしまう。
必死に回答を埋めた時には、制限時間いっぱいになっていた。
「終わり。一度、回答を渡してもらえるかな」
俺は回答用紙を山岡さんのところに持っていく。座っている山岡さんを見下ろす形になるために、ちょっとしたイイものが見えてしまう。
「正解のところだけ丸つけるから、丸がついてないところをもう一度解いてね」
そういうと、何かを見ながら素早く赤ペンで丸が入っていく。
見ると、半分近くには何も書かれていない。つまり、五十点だ。
「なんか全然だめね。集中しないと。どんだけ長くなっても、安全講習は規定時間分しか給料でないのよ」
俺は回答用紙から丸のついていない箇所を探しては、問題用紙にチェックした。
チェックした問題を一通り読んでから、タブレットにある映像を見る。
「……」
山岡さんは休憩に入ったようで事務所からいなくなっていた。
そのせいか、集中して映像を確認することができた。
しばらくすると、山岡さんが戻って来た。
「どお? 出来たら時間にならなくても持ってきていいわよ」
とにかく、さっき書いた答えは間違っているのだ、と思って違う答えを書いていく。もちろん、映像から本当の答えがわかったものもあった。
間違っていた問題の回答を書き込むと、再び山岡さんのところに持っていく。もちろん、何か見えないかを期待しながら。
「おっ、今度はいいんじゃない?」
二回目であっさり満点となった。
午前中は、そんなことをしているうちに過ぎていった。
途中で、事務所に仕出し弁当が到着して、炊き立てご飯のいい匂いが事務所にあふれた。
「……はい。この科目もOKね。ごくろうさまでした」
山岡さんがそう言ったところで、昼の合図が事務所に響いた。
と、ほどなく事務所に作業員が戻って来た。
作業員は事務所に入ってくると、仕出し弁当を取って、山岡さんに名前を告げていく。
そして事務所の奥に入っていく。
「あっちに何かあるんですか?」
「行けば分かるわよ」
俺も仕出し弁当を受け取り、名前を言ってから事務所の奥に向かった。
お茶のサーバーに列ができていて、お茶を汲むと、窓際にある長机と長椅子に順番に座っていく。
お茶のサーバーは冷水もでるので、俺は冷水を紙コップにとって椅子に座った。
「佐藤さん」
後ろから佐藤さんがやってきて、俺の隣に座った。
「どうだったかぁ。講習終わったなぁ?」
「本当にさっき終わりました」
「よかったぁ。じゃあ、いただきます」
「いただきます」
佐藤さんはテンポよくオカズとごはんを口に運んでいく。
都心で働いていた時には見かけないオカズもあり、一つ一つを確認しながら、ゆっくりと食べていた。
さっさと食べ終わってしまった佐藤さんは、暇らしく、俺に言ってきた
「もっずこーと」
「あっ、朝のことですか」
「『都知事と同じおおしまです』のもっずこーとは知ってるよ。あれどうかしたの?」
俺は慌ててごはん粒をのどに引っ掛けそうになりながら、ようやく話し出した。
「昨日の話なんですけど。コンビニ行ったんですが、もう店は閉まってて。で、帰り際、そこの作りかけの『防潮堤』を抜けて海に出れる道があるじゃないですか」
「あるな。足場の下に通路がある」
「そこから海にでて、海を見ていたんです。すると、海からモッズコートの男が浜に流れてきて」
「死体かぁ」
「えっ? 死体?」
俺は思ってもいない言葉で話を折られてしまい、佐藤さんの説明を待った。
「イルカとか、鯨とか。おんなじくらい人の遺体も流れ着くなぁ」
「マジですか」
「まじだぁ。何しろ津波でたくさんの人がなくなったからなぁ。流れ流れて、戻ってくるようなんだなぁ。だから、俺もみたことあるよ。橋口さん、それ警察に届けたかぁ?」
「いえ」
「あー、だめだぁ。怖がって海に戻しちゃだめだぁ。気味悪いかもしれないけど、身内の方にはたいせつな亡骸なんだからぁ。今度はそんなことしちゃだめだよ…… 思い出した。そういやこの浜には大切な人が帰ってくるのを待っている娘がいるなぁ。ありゃ変わりもんだけどなぁ。まぁ、とにかく、死体は届けねぇと」
「あっ、ちがうんです。俺が見たのは死体じゃないんで」
「ん? けど、もっずこーとの男が流れ着いたって言って」
両手で黒板を拭くように左右に動かすと、否定した。
「違うんです違うんです。死体じゃないと思うんです。だって、流れ着いた後に、起き上がって……」
「死体がかぁ?」
「だから、だから違うと思うんです。死体だったら動くわけないし」
佐藤さんは仕出し弁当の容器を片付ける手を止めた。
「……」
「な、なんですか?」
「いや…… 続けて、ください」
言葉に違和感があった。
「モッズコートの男が、ゆらゆらと立ち上がると、歩き出したんです。そんで、俺怖くて声かけられなくて。その男の跡を追ったんです。すると男は寮までやってきて、寮のどこかの部屋に、スッてはいるところまで見たんです」




