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不老不死と11番目の弟子  作者: 雨宮さいか
プロローグ 戦神の軌跡
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第20話 少女の心 - (3)





「ありがとうございました」



 夜半のとある民間道場。

 滝のように汗をかいた二人の男が対面に座して、礼を言い合った。



「シゲよ、お前、(アヤメ)ちゃんと上手くいってないんだって?」



 白髪交じりの短い頭髪をガシガシと掻き、火照りを沈めるように息を整えてから口火を切ったのは、中肉中背の狼人族(ワーウルフ)の男だった。


 アヤメの通う刀術道場の師範である彼の名はディラン。

 シゲトラとは単純に年の近い近隣住民同士として、また共に武芸を修める者として、幼少期からの付き合いがあった。



「どこでそんな事を聞いたんだ、お前は」



 ぶっきら棒に応えたのはアヤメの父、シゲトラだ。

 大柄な鬼人族(オーガ)で、闘気を発さずともその風貌からは力溢れる印象を受ける。



「最近、ウチの道場にも顔を出さん。学校にもほとんど行っとらんそうじゃないか」


「そこは心配いらん。この間()けて行ったらな……」


「オイオイ、年頃の娘を尾行って……お前、そういう所が鬱陶しがられてるんじゃないか?」


「ウッ……いや、それはともかくアイツ、千歳様の(ねぐら)に通ってたんだよ」



 アヤメが一般的な少女であれば、という注釈がつくものの、極めて的確な指摘を受けたシゲトラは、それでもめげずに言葉を続ける。

 それだけ突拍子もない事を、娘が仕出かしていたからだ。



「戦神様の! そりゃあお前、ある意味この世で一番安全な場所だがよ。なんでそんな恐れ多い所に…………って、オイまさか!?」


「うむ……そのまさかだ。不躾にも戦いを挑んでおった」



 二人の中年親父は、揃って深い溜め息を吐いた。



「もちろんその日の夜には、千歳様に謝罪とご挨拶に伺ったよ。あの方は、それはもう穏やかに笑っておられた。“新しい武器の相手ができて丁度いいから気にするな”、とな」


「“新しい武器”、か……」



 千歳の言葉をなぞるように、ディランは呟いた。



「刀が世に出て10余年……刀術の歴史はまだまだ浅い。あの娘には、いずれこの道場を継いでほしいんだがなぁ」



 四神歴紀元前から続く、オーガの伝統的な古流剣術や、多種族との共生の内に派生した亜流の直剣術に比べ、刀術はまだまだ発展の途上にある。


 ディランの脳裏に、現段階では流派としてハッキリと劣るはずの刀術で、次々と他流の猛者を圧倒していく天賦の才を持つ少女の姿が浮かぶ。


 何が師範か。

 何が先生か。

 ディランは自嘲的に笑う。

 少女の突き進む道は、いつだって刀術の歴史の最先端だった。


 そして、そんな少女が倒れ伏す数々の武人達に向ける落胆の視線。


 ディランはただ悔しかった。

 許せないと、怒りすら感じていた。


 それは一回り以上も年の離れた少女にも及ばない、自分自身の実力に対するものではない。

 ましてや少女の実力に対する嫉妬でも無い。


 隔絶した才能故に歪んでしまった少女を正しく導くことができない、指導者としての自分への怒りだ。



「まぁ、確かに才能は……あるかもしれんな」


「……何だお前、実の娘に僻みか。負けず嫌いは治っとらんみたいだな。ブハハハッ! あんな無様に負けておったクセに!」



 意地を張るような親友の言葉に、ディランは思わず大声を上げて笑った。

 我こそはと鍛錬に励む武人と、自らの培った技術を伝えようと励む指導者では、こうも我の強さが違うのかと、ディランは改めて認識する。



「俺の剣術は、千歳様にお教えいただいた直剣術だッ! 刀は初めてだったんだ。仕方なかろう!?」



 慌てるようなシゲトラの言葉は、確かに紛れも無い事実だ。

 刀と刀で行われたアヤメとシゲトラの立会いは、初めて刀を手にしたシゲトラが圧倒的に不利であった。

 刀対直剣の戦いであれば、結果は違うものになっていたはずたという言い分は、ディランにもよく理解できたし、事実である。


 ただし、シゲトラが千歳に教わったという主張には大きな誇張があった。

 彼が千歳から剣術の手解きを受けたのは、たったの七日間の話だ。

 それもマンツーマンではなく、列島調査隊発足段階に国からの依頼で指南役を引き受けた千歳が、調査隊先発候補者50余名相手に施したものだった。


 大きな(なり)をして、子供のように熱くなるシゲトラに、ディランは再び笑った。



(まったく……離れて暮らしていたというのに、親子とはこうも似るものか)



 だからこそ、”いずれ”だ。

 確かにアヤメは、現段階で既に刀術の腕は自分以上だろう。

 それでも今はまだ、あの少女は思うままに進めば良いとディランは思う。


 技に関して、己が伝えられるものは既に全て伝え終えている。

 今はそれを誰かに伝えることを考えるのではなく、ただひたすらに創造し、編み出し、積み上げ、さらなる刀術の発展に尽くすことだけに邁進すれば良いと思う。

 そうして己の技術の成熟と共に、心も成長してゆければ、いずれ道場の全てを任せる時が自然と訪れるだろう。




「シゲよ、弟子は良いぞ。技とは、流派とは、次代に伝えてこそだ。そうして受け継ぎ、更なる高みを目指してゆく道もある」


「……フン、爺くさい事言いおって。俺はまだまだ現役だ」



 時代の武人達が追いかける、あの戦神の背中に追いつく為に。



「俺じゃなくてもいいんだ」



 人の命は永遠ではないのだから。

 ただ未来(さき)へ、絶やさずに繋げていくことができれば──────




◆◆◆




「……なーんだ」



 笑い声の響く道場の門先で、少女が自嘲的に笑う。



(こんな簡単な勘違いだったんだ。そんな事で長い間……馬鹿みたいだな、あたし)



 無意識に腰に差した刀の柄を握ると、動揺が静かに治まっていく。

 刀術を始めた頃に、武術など一度も携わった事のない母が無理をして買ってくれた愛刀だ。



(受け継ぎ、伝え、更なる高みを……、か)



 受け継いだ技を洗練させ、次代に伝えていく。

 そうしていつか遠い未来で、自分でない誰かがあの人に追いつけるのであれば───それは、少女の親友が出した答えによく似ているように思えた。


 そもそも100年にも満たない人の一生など、果てしない創意と工夫の道を歩き切るには短すぎるのだ。

 ましてや、あの更に100年以上も先を歩く戦神(千歳)を追い越そうなどと言うのだから──────



 少女は踏み出す。

 考え、思い悩む必要はもう無かった。

 ただ今すぐ動き出さなければという思いだけが少女を満たしていた。


 まずは、目の前の迷いを乗り越える為に扉を叩く。



「父さん、あたしと立ち会って下さい」

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