第21話 出立
※2017/6/24 誤字脱字修正。
守り神に見捨てられたと嘆く者。
戦神の帰還を信じ、祈りを捧げる者。
時代の転換期を察知し、いち早く動き始める者。
千歳の出立を知ったオトギの民は、様々な反応を見せた。
それでも少しでも千歳と面識のある者は、彼の出立に対して概ね好意的な感想を抱いた。
自らが作り上げた平穏に縛られて死期を逸しながらも、尚戦場を求める彼の複雑な心境を、朧気ながらも彼らは理解していたからだ。
“集落の長”から“護国の勇者”──────そして“守り神”へと、時代と共に移り変わる名声のまま皆が皆、千歳を求めてきた。
問題は“守り神に見捨てられた”と打ちひしがれる大半の国民達だった。
今後、その解決に当たるのは為政者達の責務となるだろう。
しかしそれこそが、千歳に対する最大の餞別となる事を各種族の王達は知っている。
彼の守りたいもの、そして守り続けたもの。
平穏の中で剣を手に取る事が千歳の弱さならば、激動の時代の最中に剣を掴んだ事こそ、彼の強さに他ならないのだから。
◆◆◆
「待って!!」
出立の前夜、河原から家路につく千歳にアヤメが声を掛ける。
「……諦めたんじゃなかったのか?」
この半年、アヤメが特に旅に役立つ知識を身に着けていたようには見えなかった。
いつものように剣を交え、むしろ以前よりもその研鑽に時を費やしていたように見えた。
千歳はアヤメが同行を諦めたものだと思っていたのだ。
「もうすぐ弟が生まれる」
「あ……? そりゃ……めでたいな、おめでとう」
無理矢理同行を求められると思っていた千歳は、拍子抜けしたようにお座なりな祝辞を述べた。
もうすぐ生まれるという事は、長期任務を終えたシゲトラが新たに仕込んだ子供だろう。
まだまだアイツも若いな、などと苦笑していると、顔を赤くしたアヤメが大声を出した。
「あっ……あたしは結婚しない!」
いよいよ話の流れが見えなくなってくると、千歳は珍しく困惑したように頭を掻いた。
「いや、それは……どうなんだ?」
「……っ! しないったらしない! あたしは、一生を剣に生きる!! 」
意を決したように息を吸って、アヤメは宣言する。
「千歳が好きだからだ!」
千歳はここにきてようやく、スティラキフルアが急ぐように父を連れてこの場を離れた理由を察した。
その日暮らしの日々、神と崇められた日々、いつの時代にも感じたことのない空気に、こそばゆい感覚を覚える。
「わりーな。俺は一応これでも既婚者なんだよ」
「へ?」
「まぁ200年も前の話だが」
兎妖精族の里の長となった時点で、千歳は嫁をもらっていた。
半ば長としての義務ではあったが、子はできなかった。結果的に千歳が不老であった為に問題は起こらなかったが、理由はわからなかった。今となってはこの特異な身体が原因なのではないかと思う所ではあるが───既に遥か過去の出来事だ。
当時の兎妖精族は、当然誰一人として生き残ってはいない。
「……ぁ?」
子を成せずとも千歳の伴侶として一生涯を歩みきったその女性の顔を思い出そうとして、千歳は異変に気づく。
思い出せないのだ。
千歳の一生の中でも決して短くない時間を、共に歩んだその女性。
その顔も、名前でさえも。
「とっ……とにかく! 次に会った時は絶対に千歳を倒す!! 絶対だっ!!」
「あっ、ああ……?」
アヤメの声が、遠い過去を探るように深く沈んだ意識を掬い上げる。
まったくもって話のつながりが見えないが、無意識に闘気を撒き散らしながらまくし立てるように叫ぶその姿は、千歳の動揺を吹き飛ばす力強さを持っていた。
「この先何年かかっても! 次が……無理でも! 次の次、あたしの弟が! それが無理でも弟の子が!!ぜっ……絶対に……千歳を超えるから…………」
“宮本の名を、忘れないで欲しい”─────
その願いは、千歳の胸に確かに届いた。
「……ああ、楽しみにしてるよ」
言葉は思いを形作り、伝える為の体を成し、そして世界を変えていく。
それはいつか、マーリンが説いてみせた魔法に似ていると、千歳は思った。
遂に剣を手にせぬまま、千歳は心からの笑みを浮かべた。
◆◆◆
こうして彼らは、古の国『オトギ』を後にした。
この道の先───広大な樹海の向こう側に広がる『星神』の世界で、『戦神』と『魔神』は何を見、何を成したのか。
後世の歴史家達は、古の国『オトギ』に残る『ダリアの手記』を読み解き、神話の登場人物達の半生を明らかにしていったという。
これは神話初期の、ほんの一部の序章。
現代までに彼が過ごした1000年の、最初の一欠片。
その後、戦神は長い時の中で、あらゆる時、あらゆる場所で剣を振るうこととなる。
ただ、多くは語るまい。
それは彼の人生の晩節に出会う、11番目の弟子との旅の物語において、紐解かれるのだから。
お待たせしました。気づいたら半年でした。
ようやくプロローグの終わりです。
書きなぐったままの掲載なので、その内手直しすると思います。
次回から第一章の始まりです。




