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不老不死と11番目の弟子  作者: 雨宮さいか
プロローグ 戦神の軌跡
17/21

第17話 友として

※2016/6/11 スティラキフルアの愛称を変更。



「『魔術』がすげーのはわかったが、何でそこまでしてついてきたがるんだ?」



 胡座をかいて、ダリアに木綿製の包帯を巻かれながら千歳が聞く。

 ダリアは今でこそマーリンの研究助手の真似事をしているが、元医者だ。

 生傷に怯むことなく、てきぱきと処置を施していく。



「愚問だな」



 マーリンは川辺の大岩にもたれかけながら、即答する。

 その左足には、添え木と共に包帯が巻かれていた。



魔導書(コレ)は私の人生をかけた答えの一つだ。だが、これではまだ完成ではない。『魔術』は民生化させて初めて、人類にとって意義があるものとなる。しかし、そこに至るまでの障害は数多い」



 身を守る強力な力は、裏返せば誰かを傷つける術となる。

 それは今日、千歳との戦いの中でマーリンが強く認識した事だ。


 言葉を切って刹那の思考に陥る姿を見ながら、千歳はマーリンの変化を感じ取っていた。

 それがどんな変化なのかは、いまいち判然としなかった。それでも、それはきっと良い事なのだろうと素直に思う事ができた。



「君の知識を当てにするのなら、この日本列島の外にも遙か広大な大地が存在するはずだ。そこには見知らぬ人々が、我々の遥か先を行く文明を築いているのかもしれない。人類は生存競争に破れ、巨大な魔獣や魔蟲が跋扈しているのかもしれない。はたまた到底生物が生き永らえることなどできない、不毛の大地が広がっているのかもしれない」



 マーリンは、まるで夢物語を語る少年のように目を輝かせる。



「私は私の目的の為に、自らの意思で未知へと踏み込んでいく。同じ大地の上を少し歩くぐらい、何だと言うのだ?」



 現実はそう甘くない。

 千歳の生まれた時代とは打って変わり、富士の樹海はその範囲を大きく広げている。


 海にしても、障害は多い。

 まともな造船技術も無ければ、航海術もない。

 ましてや魔素が水に馴染みやすいせいか、この時代の海洋生物は巨大で凶悪だ。


 それでもマーリンは、どこまでも行くだろう。

 きっと千歳と同じように──────それが楽しくて、それが全てだからだ。



「私は何でも知りたい」



 初めて出会ったあの日の台詞を聞いて、千歳は小さく吹き出した。

 この男は結婚しても、子供ができても、きっと白髪の爺になっても根っこの所は変わらないのだろう。

 それが可笑しくて笑ったのだ。


 千歳は何とか笑みを噛み殺して、顔を引き締め直す。



「で、残された家族はどうなる」


「え?」



 千歳の問いに、きょとんとして声を発したのはダリアだった。

 包帯を巻く手を止めたダリアに千歳が目を向けると、当然のように“行きますけど”と言い放った。

 視界の端ではスティラキフルアが無言で頷いている。



「首を降ってたのはそういう意味かよ……」


「問題ない」



 苦笑いする千歳にマーリンが即答すると、彼は不敵な笑みを浮かべながら続けて言った。



「私達は皆、魔術師だからな」




◆◆◆




「よう、邪魔するぞ」



 とある昼下がり、オトギの最も西にある街。

 千歳は何の変哲もない、木造式の住居の門を叩いた。



「はいはい、どうぞ……。あら、千歳さん?」



 了承の意を得て扉を開くと、玄関先にはダリアが立っていた。



「千歳さんが街にお()でになるのは珍しいですね。というか、よく場所がわかりましたね」


「いやいや、結婚の後に一度、祝いにって肉を持ってきたろ」



 “そういえばそうでしたね”と、ダリアは微笑む。

 千歳にとってスティラキフルアが生まれるより前───15年以上前───なんて昨日の事のように感じるが、他の者にとっては違うようだ。



「まぁとにかく上がってくださいな」



 そう言って通された客間───数々の研究器具に占拠されて半ば倉庫となっている───の、薄汚れたソファーに千歳が腰掛けて一息つくと、少し遅れてお茶を持ってきたダリアが対面のソファーに腰を下ろして口を開く。



「それで……今日はどうしたんですか?」


「マーリンとラキはどうしてる?」



 急ぐ話でもない、と千歳は遠回しな返答をする。



「この時間、夫は研究室で、あの子は学校ですよ」


「研究室? なんだ、アイツついに衛兵を首になったか?」


「あら、聞いてないんですか?」



 そう言って、ダリアは意外そうに目を丸くする。



「夫は今、この街の研究所の所長を務めています。今は引き継ぎでてんてこ舞いだそうですよ」



 それは千歳にとって寝耳に水だった。

 ダリアの話によれば、マーリンは結婚と同時に衛兵を辞め、研究所に勤め始めたらしい。


 それまで閑職の衛兵として、暇な時間をたっぷりと使って独自の研究を行なってきたマーリンだったが、正式な研究員ともなれば下っ端の使いっ走りから始めるのが当然であった。

 尤もマーリンはすぐに頭角を現して所長の座についたのだが、それでもそれは千歳にとって意外な選択に思えた。

 マーリンの本懐を知るからこそ、その道は余りにも迂遠に見えたのだ。



「夫は……貴方の友として、貴方に並び立つ対等な存在でいたい、といつも考えていますから」



 一瞬、千歳は何を言われたのかわからないといった顔で呆けてしまう。


 賢人と呼ばれる名士を前にしても、物怖じしない。

 神と呼ばれるようになっても、態度一つ変えない。


 余程名声に無頓着なのか、人の世に興味が無いのか、自信家なのか、はたまた傲慢なのか───そう思っていたが、そうではなかった。

 どうやらマーリンはマーリンで葛藤があったらしい、と千歳は認識を改めた。


 独りなら、それで良かったはずだ。

 何の(ロール)も必要とせず、ただ自分の為に在れた。


 そんな男に、大切なものが出来た。

 完全に自分のものだったはずの夢に、少しずつ意味が加わっていった。


 夫として。

 父として。


 そして、友として──────そう在りたいと思えるようになった。



「……生意気なヤツだ」



 悪態をつきながらも、千歳は僅かに微笑んで見せた。


 しかし、内心では激しく動揺していた。


 マーリンの変化の正体を知った。

 それは直感した通りに、確かに良い事なのだろうと思える。


 なのに、なぜこんなにも複雑な感情が溢れてくるんだろうか。

 戦いの高揚とは異なる、濁流の様な感情のうねりに、千歳はただ戸惑っていた。


 人の輪の機序(きじょ)など、全てわかったつもりだった。

 それは、思い上がりだったのかもしれない。


 嬉しいような、悲しいような、悔しいような、救われたような、照れくさいような、恐ろしいような──────この心情を表す語彙は、ついに見当たらなかった。


 それを微笑みの中に隠し切れたのは、重ねた年のおかげだった。



「…………で、お前とラキも、それに付き合うつもりか?」


「あの人と結婚した時から、覚悟はしています」



 あれだけの『魔術』の力を見せられたのだから、今更力量を疑うようなことはしない。

 千歳が聞きたかったのは覚悟だった。



「ラキはどうなんだ。あいつももう年頃だし、わざわざ未開の地に足を踏み入れなくても、オトギ(ここ)で幸せに暮らせば良いだろ」


「なんなら貴方に娶って欲しいのですけれど……あ、いえ、冗談ですよ」



 半眼になった千歳を見て、ダリアは言葉を引っ込めた。

 焦るようにぺろりと舌を出しておちゃらけたダリアを見て、千歳は一つ溜息を吐く。

 ダリアは良い年した大人であるくせに、どんな場面でも稚気が耐えない。


 千歳はふと、未だ日本で学生をしていた頃を思い出した。

 静まり返った校庭に校長の挨拶が響くシリアスな空気の中で、こっそりとこちらに視線を送りながらズレたカツラを指差して笑う友人。

 こいつは、そんなタイプだ。


 研究馬鹿(マーリン)を思えば、マイペースという意味で実に似たもの夫婦───否、家族だ、と千歳は思った。



「ですが、あの娘ももう子供ではありません」



 取り留めの無い思考に陥りかけた千歳に、ダリアは一転して真面目な表情で切り出した。

 そういう所がマイペースなのだ、と千歳はぼやきたくなる気持ちを抑えつけた。



「あの娘は自らの意思で同行を決めました。子が親に抱く情(ゆえ)ではありません」



 スティラキフルアは15歳───オトギでは学生時分と言える。日本でもそうだろう。

 社会的にももちろん、精神的にも自立できていない年頃かもしれない。


 そんな時に、両親が帰れるかもわからぬ旅に出ると言えば、考え無しに同行を求めるのは子供にとって至極自然な心理だと言えるだろう。

 だが、そうではないとダリアは言う。



「やがて夫は人類に『魔術』を齎し、それは人類の利器として、文明の基幹として、そして誰かを守り、あるいは傷つける武器として振るわれるでしょう」



 芝居がかった口調で切り口を変えたダリアには、既に一切の稚気が無かった。

 千歳にしては珍しく、気圧されたようにその言葉の意味を嚥下していく。



「過ぎたる力は身を滅ぼす。一人の暴漢が振るう『魔術(凶器)』ならば、法を以って裁けましょう。しかしそれが徒党なら? 国家なら?」



 想像してみて、千歳はゾッとした。


 負けるとは思わなかった。

 しかし、それは己の命を掛けた戦いにおいての話だ。


 その凶刃は、目一杯に広げた己の両腕を越えて、その背後の誰かを、隣の誰かを容易に巻き込んでいくだろう。

 それは千歳の大切な誰かかもしれないのだ。


 守り切れるかどうかなど、考察する余地もない。

 いくら神などと呼ばれても、千歳は所詮一人の人間であって、全能の何かでは無いのだ。



「人類を管理するなどという傲慢を言うわけではありません。それでも『魔術』の恒久的な安全運用維持には、その大きすぎる力を抑止する───管理する役目が必要なんです。しかし、人の命は永遠ではありません」



 目を逸らしながら、ダリアは静かに息を吐いて間を置いた。



「あの娘は……あるいは両親(私達)以上に、やがて自らが担うであろう役割の意味を理解しているんです」



 腫れ物に触るように語られた言葉の数々が、千歳の耳をすり抜けていった。


 やがて訪れる、必然の別離。

 それは誰しもにとって、当たり前に訪れるはずの事柄。


 しかし彼は、いつも見送る側だ。

 これまでも、これからも。


 だから、絆を怖がった。

 素直に、実直に、幸福だけを抱けなかった。



 ──────“今が楽しい、それが全てだ”。



 彼が刹那主義を掲げる事で、目を背け続ける確かな未来。

 それを真っ直ぐに見つめるのは、未だ15歳の少女。


 彼女こそは、後の歴史に名高い()()()『魔神』スティラキフルア。

 永遠なる命を持たぬ、所詮は人の子であるところの人間が『神』の役割を演じる為の──────世界に置ける『魔神』の役割を正しく受け継がせていく為の、典則を定めし怪傑(かいけつ)

あんまりよく読み返してないので、後の修正が多い予感がする……。


後で……後でやるから……。

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