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不老不死と11番目の弟子  作者: 雨宮さいか
プロローグ 戦神の軌跡
16/21

第16話 神話の戦い - (3)



「ふむ……、デタラメだな」



 マーリンは森の中で独り言ちる。

 妙に落ち着いた台詞とは裏腹に、正音を言えばわざと口に出す事で何とか平静を保っている状態だった。


 千歳の見せた、究極の一撃。

 どれだけの闘気を身体に内包すれば、あの人ならざる力を発揮できるのか。


 『闘気』や『魔力』を練る上で、重要な魂の機能は大きく分けて2つ。


 1つは魔素の変換効率。

 これにより、同じ魔素量からでも練られるエネルギー量は人によって大きく異なる。


 1つは闘気や魔力を内包して押しとどめる器。

 これにより、戦闘時にいちいち練るのではなく、普段から瞑想や鍛錬を行うことでエネルギーをストックしておくことができる。


 恐らく、千歳のあの膨大なエネルギーの秘訣は異常な変換効率の高さにある、とマーリンは睨んだ。

 過去に類を見ない、200年以上もの時を魔素に晒され続けて生きてきた人間の魂。


 『不老』。

 そもそも存在自体が冗談のようなびっくり人間だ。

 今更何を驚く事がある、とマーリンは自嘲した。

 研究者としての習性が、思考をあの現実離れした光景の分析に働かせるのを意識的に押しとどめる。



「ぐっ……」



 気を取り直して、自身の体を改める。

 着地の際、マーリンは吹き飛ばされながらも魔導書を手放さずに、脅威の精神力で風を制御して身を守ってみせた。


 しかし決して無傷とは言えない。

 細かな擦り傷や切り傷を無数に負っているが、何より左足に打撲を負ったようだった。

 戦神を前にしている以上、元々対して頼りにしてもいないが、平均以上にはあったはずの機動力が失われたのだ。



「最早、殺傷力など気にしている場合ではないか」



 『魔力具現』、そして『気流操作』。

 生死をかけた戦いとは無縁の人生を送ってきたマーリンは、無意識に殺傷力の高い魔術を避けてきた。


 だが事此処にいたり、マーリンは余りにも隔絶した力の差をようやく実感として理解することができた。



「いつも近くで見ていたというのに、前に対峙するとここまで違って見えるのか。あの少女(アヤメ)も大したものだ」



 もしアヤメがこの場にいたら、顔を青くして首を降っていただろう。

 天真爛漫で自信過剰なあの少女にしても、先ほどの一撃を目の当たりにしては形もない。


 そしてマーリンが開いたのは、『空間認知』の魔術(ページ)


 現実を書き換える力は、他者の魂に及ばない。

 それは裏を返せば、自身の魔術領域の中で干渉しにくいポイントには魂があるということだ。


 開いた本のページ上に光の円盤が浮かび上がると、小さな暗点が高速で中心(マーリン)に向かって移動しているのが確認できた。



「術式の並列起動は当面の課題か……」



 完全に冷静さを取り戻したのか、どこかズレた感想をぼやきながらマーリンは再びページを捲った。




◆◆◆




 千歳は森の中を真っ直ぐにマーリンが飛んでいった方向へ駆けながらも、速度を落とすことなく得物となりそうな木の枝を集めていた。

 4~5本の中からやがて2本の枝を選ぶと、闘気を流して具合を確かめる。

 重量も強度も、刃すらもない木の枝だが、千歳の闘気を纏わせれば十分な凶器と成り得る。



(お、いたいた)



 標的(マーリン)を発見すると、木の影に身を潜める。

 わざわざ森林戦まで引き込んだのだ。先に発見できたのであれば、わざわざ位置を知らせるような愚は犯さない。


 マーリンはその場から動くことなく、棒立ちで魔導書を開いたまま顔を俯けていた。



(足でもやったか?)



 千歳は油断無くマーリンの周囲に視線を這わす。

 木々の位置、勾配、風の流れ。

 千歳は武人というよりも狩人(ハンター)として生きてきた期間の方が長い。

 害獣討伐から、お尋ね者の成敗という少し変わった狩りまで何でもしてきたが、基本的には生計を立てる為に狩りをする。

 故に森林戦はお手のものだった。


 恐らく次の攻防で決着がつく。

 標的を仕留める算段を立てながら機を伺っていると、マーリンが微動だにせず喋り出した。



「近くまで来ている事はこちらの魔術で知っている。そのまま聞け」



 唐突な発言に、千歳は怪訝な表情を浮かべながらも無言を貫く。

 緊張感は増し、遠くから聞こえる鳥の鳴き声と、木々のさざめく音が妙に大きく聞こえる。



「私はこれから最大火力を以って、戦神()に挑もう。あれだけの闘気に身を包んでいるのだ。死にはしまい」



 その言葉を受けて、千歳は何とか声を堪える。

 浮かべたのは笑み。


 この男は、どれだけ自分を楽しませてくれるのだろう。


 正確な位置は未だ把握されていないのかもしれない。

 それでも千歳は、あえて狩りの方法論(セオリー)を無視して姿を表した。



「いいだろう。受けて立ってやる」



 千歳が応じると、マーリンを包む濃密な魔力が、青白い可視光となって揺らめく。

 そして呼応する様に千歳の闘気が赤く、赤く煌めいた。



「周囲に人はいないことは確認済みだ。いくぞ……『収束光球』」



 マーリンの頭上に眩い光の球が現れる。

 光球が周囲の光を取り込む様に大きさを増していく幻想的な光景を、千歳は黙って見ていた。


 相手の攻撃動作を黙って見ているなど、普段ならあり得ない。

 それでも千歳は不敵な笑みを浮かべたまま、攻撃を待った。



「『魔力光線』」



 マーリンが呟くと同時───無数の熱光線(レーザー)が、扇状に解き放たれる。


 対する千歳は、反射的に闘気を帯びた右手の枝を、横一閃に神速で振りぬく。

 木の枝に似つかわしくない衝撃波と衝撃音を発しながら、幾つかの光線をかき消すと、枝は焼き切れた。


 それでも怯む事なく、更に闘気の密度を上げて、流れるように左手の枝を振る。

 振り切った枝先の地面が大きく抉れる。


 枝はキシキシと音を立てながらも何とか耐え切った。

 息をつく間もなく、今度は地表よりも下に埋もれた枝先を素早く振り上げる。

 しかしいくつかの光線を消滅させていく内に、左手の枝も闘気に耐え切れずに朽ちていった。


 千歳は半身となって、腕や足で正中線への被弾を避けながら防御する。

 闘気の膜を突き抜けて、光線が肌を穿ち、肉を焼く。


 そんな状況の中───それでも尚、千歳は笑った。


 やがて、光の雨が上がる。




◆◆◆




「……く…………」



 マーリンは地に膝を付け、倒れ伏した。


 魂に魔素を取り込みすぎたのだ。

 器にストックされた魔力も底をつき、現人類が無意識に使っている身体能力の補正すら解けかかっていた。


 気力を振り絞り、顔だけを何とか千歳が来ていた方角に向ける。

 土煙の中からこちらに歩み寄る人影を見ながら、マーリンは呟いた。



「……やはりこの程度で、戦神は敗れんか」



 信じていたが、信じられないという矛盾した心情にマーリンは戸惑っていた。


 木々を貫き、地面を抉る光の雨。

 決して人の───否、どんな生物であったとしても、とても耐えられる魔術ではない。

 それだけ土煙から垣間見える周囲の光景は凄惨なものだった。


 『魔術』───この力は、このまま無闇に人々の手に渡っていいものではないと、マーリンはこの時、強く自覚した。


 しかし、それでも千歳には通用しなかった。


 遠距離なら魔力を用いた『魔術』が、近距離なら闘気を用いた『武技』が有利なのは、この戦いを振り返っても自明の理だ。

 今後の『魔術』と『武技』の発展によっては、その立ち位置も不動のものとは言えなくなるのかもしれないが、現時点でのマーリンと千歳の戦いに限って言えば、それは間違いない。


 しかし、そんな魔術師の攻撃をわざわざ待ち、たっぷりと時間をかけて精根尽き果てるまでの魔力を込めた最大攻撃を、千歳は真正面から受けきって見せたのだ。



「いやいや、マジで楽しかった。こんなに清々しい気分は久しぶりだ」



 完全に姿を表した千歳は、体中から血を流していた。

 しかし痛みに顔をしかめるでもなく、戦いの疲れに消沈するでもなく、その表情は眩い程に満面の笑みだった。



「足やってんだろ。ほれ、戻るぞ」



 普段の声色で、千歳は手を差し出した。


 小柄な小魔族(インプ)相手とは言え、千歳も15歳の背丈だ。

 傍目から見れば少し無理のある絵面だが、千歳は器用にマーリンを肩に担ぐと、ゆっくりと歩き出した。



「ん? なんで戦ってたんだっけ、俺達」


「……戦闘民族め」



 “旧人類とは、もしや余りの好戦性が原因で滅びたのではないのか”とマーリンは大真面目に考察しながら千歳の肩で揺られていた。

決着。

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