198.上気-Flushing-
1991年7月7日(日)PM:12:35 中央区精霊学園札幌校西中通
腰まではる茶色がかった髪。
風に揺らしながら歩く少女。
ハーフっぽい顔立ちだ。
隣を歩く少女は、狐の様な耳を持っている。
スカートから出ているふさふさの尻尾。
左右に振っていた。
「流貴、風羅は一緒じゃないのね」
「はい、彼は渓谷と皆の様子を見にいってます」
「私達もパンをたくさん買ってからそうしましょうか」
「杏の意見に賛成です」
視線の先に同級生がいる。
その事に気付いた黍 流貴。
彼女の目に映っているのは三人のリーゼント。
三人共、その手に袋を持っている。
ありあベーカリーと印字されていた。
彼ら三人は西中通挟んでありあベーカリーの反対側。
そこで座りながらパンを食べていた。
同様に銅郷 杏も自分の同級生を見つける。
ありあベーカリーに入っていった二人。
桐原 悠斗と中里 愛菜だ。
仲良く歩く二人。
杏からは恋人同士のように見えた。
「ふ・風羅、先にエレメンタリ札幌に付き合ってくれる?」
「あ? はい。いいですよ」
何故こんな行動を取ってしまったのか。
杏は自分自身でわからない。
仲睦まじい二人を見た彼女。
少し心に痛みが走った事だけは自覚していた。
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1991年7月7日(日)PM:12:37 中央区精霊学園札幌校西中通
しゃがんだ姿勢でパンを食べている三人。
俗にうんこ座りやヤンキー座りと言われる姿勢だ。
赤褐色の髪が口 肩吾。
隣の巨 千球はバーガンディーの髪。
そして一番右の媚茶色が貫婁 繋。
三人とも髪をリーゼントにしている。
リーゼントスタイルという髪型。
本来は、両サイドの髪を流し、後頭部でIの字型にぴったり合わせるダックテイル。
櫛で美しく色気のある曲線に梳かし立てるポンパドールの合わせ技だった。
しかし手間のかかるダックテイルが衰退。
ポンパドールだけが残ってしまった。
本来はポンパドールと呼称する髪型。
なのだが、日本ではリーゼントという名称が定着。
そのまま一般化してしまったのだ。
「さっきの娘、かわいかったな」
「千球が好きそうな顔立ちだったもんな。俺は二年のあの娘だなぁ?」
「あの娘って誰だよ?」
「後頭部で団子髪にしていた背の高い娘だよ」
肩吾の言葉に繋が先に反応した。
「駄目。肩吾よ。それだけじゃわからん」
「そんな繋はだれよ?」
「パン屋の店員さんとかよくねぇか?」
「あれたぶん年上だろうよ? まあ、そう思うなら口説き落としてみればいいんじゃね?」
「んな事出来るかよ? お前こそ、その団子髪に告白でもしてみればいいだろ?」
「お二人さん、その前に仲良くなるのが先だと思うよ」
千球の発言に、言葉を詰まらせる二人。
次に口を開いたのは繋が先だった。
「そう考えると千球は、彼氏持ちのようだし難儀だな」
「うっさいわ。お前らの言う二人だって彼氏いるかもしれんじゃんか?」
彼の言葉に再び黙ってしまう二人だった。
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1991年7月7日(日)PM:12:44 中央区精霊学園札幌校第二学生寮男子棟四階三○二号
ベッドで裸で寝転がっている冬鬼眼 白。
楓柳 瑠璃は彼の腰の上に座っている。
足を開いてスカートだけを穿いていた。
瑠璃は白の胸に両の掌をのせていた。
視線を交差させている二人。
彼女の顔は少し上気しているようだ。
何処か恥ずかしそうにも妖艶にも見えた。
「白の同居人の名前なんだったっけ?」
「瑠璃、お前クラス同じじゃなかったか?」
「うん、でも忘れちゃった。それで何処いったの?」
「空気を呼んで昼飯でも食べにいったのかもな」
時折、淫らな声を出しながら瑠璃は会話を続ける。
「私達の関係話したの?」
「いや、何も言ってない。だが毎日来るから察したんじゃないのか?」
「そ・そうなんだ。いい人ね。今度お礼しなきゃ」
「彼にも楽しめる相手を見繕うとかか?」
「それもいいかも。と・ところでいつ仕掛けるの?」
「明日の夜にでも行こうかと思ってるぜ。もちろん瑠璃も一緒にな」
「そうね。楽しみ」
苦しいような嬉しいような声を上げる瑠璃。
「昼ご飯どうする?」
「材料はあるんだし、私が腕によりをかけるよ。あ、また大きく」
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1991年7月7日(日)PM:15:22 白石区ドラゴンフライ技術研究所五階
等間隔で並べられている円筒型のカプセル。
その一つを見ている二人。
形藁 伝二とアラシレマ・シスポルエナゼムだ。
No.001と記されているカプセル。
燃えるような赤い髪。
整った顔立ちの青年が紫の液体に浮かんでいる。
「孫娘ちゃーん、学園に入学したーんだってー? 更に元奥様は学園のせーんせーなんでしょー? よかったーの? 貴重な実験体なんじゃなーいの?」
「構わぬさ。作戦決行日に奪えばすむ話しだからな」
「第二小隊の他に、第八小隊もー学園に行ってるーんだっけー? 蟲操るんだーよねー?」
お互いにカプセルを見ている。
会話は続けていても、視線を合わせる事はない。
「そうだ。蟲はかなり小さいのもいるからな。情報収集には持って来いだろう。第二小隊も後藤の我侭を聞いたのも、カモフラージュの意味合いも兼ねている」
「なーるほーどねー」
「それよりも、【白王鬼】の異名を持つ一匹狼の白鬼が戻ってきたらしいが、アラシレマ、戦いたいと思ってるんじゃないか?」
「そーだーねー。鬼族で唯一人トップゥ十位以内のあーいーてーだしーねー」
少しだけ嬉しそうな表情になるアラシレマ。
「でーもさー、幼馴染で恋人で、ひーさしーぶりーにー幸せ満喫しーてたーのに、ぼーろぼーろによごさーれておかさーれて、その上でこーろさーれた姿見せるよーにするなーんて、あいかーわらずえーげつないんだから」
「一番最初に犯したのはお前なのだろう? それも本来の姿でしたんじゃないのか? 獣状態でなんて殺戮兵器だろ? どっちがえげつないんだか?」
「あはは。ばーれちゃーいまーしたか。監察官のやーつらも最初はびっくーりしてたけどね。あーの顔はイーノムにも見せたかったーな」
「火災、中里夫妻の研究の方はどうなってる?」
背後から歩いてきた人物。
彼に突然振り向いて問う形藁。
「コピー体はやはり高くて五十パーセント程度です。これ以上成長させても向上は望めないかと?」
「そうか。やはり一度定着していると上昇させる事は難しいものなのか。しかし何故百パーセントの個体のコピーのはずなのに劣化するのかわからんな」
「そうですね。いろいろな方法を試してみましたが、どの方法も劣化してしまいますね。何か私達の特定出来てない要因があるのかもしれません」
申し訳なさそうな表情。
しかし、何処か挑発的な瞳の石井 火災。
彼のそんな視線も、二人は気にした様子はない。
「最悪、馬鹿息子達の玩具位にはなるだろう。そうすれば劣化品でも実験体ぐらいは出来るだろうさ」
「やはーり、百パーセントと推測さーれていーる彼女を手にいーれるしかなーさそーね?」
「そうだな。どちらにせよ、決行の日には攻めるのだ。その時でよかろうさ。その前にいくつかおもちゃを嗾けるつもりではあるが。古川には辛酸を嘗めさせられた仕返しもするつもりでいるしな」
嬉しそうに表情を歪める形藁。
「まだ数はすーくなーいけど、あーいつ等も事件をおこーしはじめーてるしーね。何か吸血事件もあったーみたいだーけど」
「今の夜魔族の大手は基本、自国以外では禁じているはずだからな。おそらく吸血が夜魔族ならば野良の仕業だろう。放置で問題なかろう」




