197.紙片-Slip-
1991年7月7日(日)AM:11:45 中央区精霊学園札幌校白紙霊園一階
木目調の広い空間。
和紙の代わりにガラスが填め込まれている障子。
全開放されている。
その為、太陽の光が差し込んでいた。
時折聞こえて来る。
木と木が打ち合うような音や衣擦れの音。
その場にいる全員が、剣道着に身を包んでいる。
時に激しく打ち合い、時に視線を絡めた。
白紙 沙耶の突き。
横から木刀を打ち合わせられて軌道を逸らされた。
彼女は更に軽く足を引っ掛けられる。
体勢を崩して転がった。
背後からの白紙 伽耶の木刀の一振り。
彼女に紙一重でかわされた。
躱すと同時に、伽耶の喉元狙う。
威嚇するかのようだ。
木刀の柄の部分が、喉元に静かに触れる。
体勢を立て直した沙耶。
追撃をしたが、あっさりと打ち返される。
喉元に木刀を突きつけられてしまった。
先程から二人を翻弄している赤石 麻耶。
黒髪のショートボブで精霊学園札幌校の先生。
更に彼女は、白紙一刀流の師範代の一人でもある。
「これが実戦なら何回目の戦闘不能だろうね? 最近やっとやる気になったと姉さんは言ってたが、まだまだだな」
肩で息をしている二人。
全く呼吸の乱れていない麻耶。
それだけで、実力の差は歴然としている。
「はぁはぁ、やっぱ強い。はぁはぁ」
「はぁはぁ、ほんとだよね。ひぃひぃ、まずは麻耶さんに、はぁはぁ、本気で相手、はぁはぁ、させるぐらいに、はぁはぁ」
「ならないと、はぁはぁ、だね」
決意と意志だけは揺るがない二人。
そんな二人を、麻耶は微笑ましく見ている。
「いい心掛けだ。私を焦らせるぐらいにはなってもらわないとな」
後半は囁くようにいった。
その為、二人の耳に聞こえてたかは定かではない。
「おおい、山中さん、そろそろ休憩にしないか?」
そう言った麻耶の視線の先。
同じように、木刀で打ち合っている人物が二人。
山中 惠理香と銀斉 吹雪だ。
銀髪を揺らしながら攻め立てる吹雪。
だが、悉く惠理香に防がれている。
こちらも吹雪は息があがっていた。
しかし、惠理香は涼しい顔だ。
距離を一旦取った吹雪。
一転して急加速して横なぎに木刀を振るう。
しかし、あっさりと打ち返された。
惠理香の木刀を握っていない手。
額に軽くでこぴんされた。
「強くなりたいって気持ちはわかるけど、修行したからってすぐ上達するものでもないしね。焦ってもいい事ないよ。吹雪ちゃん。息も上がってるし、少し休憩にしようか」
彼女の言葉に、素直に頷いた吹雪。
その場に座り込んだ。
「赤石先生、すぐ反応しないで申し訳ありません。了解しました。休憩にしましょう」
少し息の整ってきた伽耶と沙耶。
吹雪の側に座り込む。
疲労ですぐに動けないのを見かねた惠理香と麻耶。
吹雪達がが持ってきた水筒。
窓際に置いてあったので、取って渡してあげた。
感謝の言葉を掛けた三人。
それぞれが自分の水筒の飲み物を飲み始める。
「ま、まだ初めて一週間だしな。個人的には中々いい成長具合だと思うぞ」
「その点は私も同感ですね」
麻耶と惠理香の言葉。
負けっぱなしの三人。
実感が湧かない。
その為、素直には頷けなかった。
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1991年7月7日(日)PM:14:46 中央区精霊学園札幌校第五研究所一階
白一色の部屋。
置いてあるのは、いくつかのシンプルなテーブルのみ。
テーブルの上には口径が妙に大きい無骨な銃が四丁。
頭から足の先まで全身を覆うスーツが三着置いてあった。
ヘルメットも付属するようだ。 そしてその場には、七名の女性が集まっている。
「ファーミア、こんなとこに連れてきて何するの?」
「ん? それは見てればわかるさ」
突然着ているブラウスとジーパンを脱いだファーミア・メルトクスル。
ブラジャーを着用していない。
その為、程よい大きさの胸が露になる。
更にショーツも脱いで全裸になった。
突然の彼女の行動に唖然とする六名。
しかし、彼女達の視線等意に介さない。
ファーミアはテーブルの上のスーツを着始めた。
スーツそのものは比較的薄い素材だ。
なので、余計頭の部分のヘルメットが大きく見える。
「そうだな。リリとアルマ、二人もこれを着てくれ」
二人は、訝しげな視線になる。
しかし渋々従い、下着姿になる。
「下着も外した方いいかもしれないぞ。強制はしないけど」
彼女の言葉に顔を見合わせる二人。
「何? 何ナノ?」
「説明するより見た方が早いと思う。ここの諺に百聞は一見にしかずってのがあるそうだしな」
アルマ・ファン=バンサンクル=ソナーの問い。
しかし、説明をぼかすファーミア。
「百聞は一見にしかず? 百回聞くより一回見た方がはやいとかです?」
凄まじく疑問系のバリュナ・モスキートン=ハバナルラ。
その間に、濁理 莉里奈とアルマは下着も脱いだ。
ファーミアと同じようにスーツを着用していく。
「靴も脱げないようにしてくれな。実際に肌に触れると大変だから」
ファーミアの言葉に、怪訝な表情になる一同。
「凄く嫌な予感しかしないんだけど?」
アルマの言葉に、莉里奈も同意しているようで頷いた。
「何するつもりなの?」
「イーノムの透明な何かへの対策だ。エルメ、ブリット、ブリジット、バリュナ、四人はそこの銃を持ってくれ」
根本的な説明もない。
そのまま、彼女の指示通り銃を握る四人。
「これなんでこんなに穴でかいんですか?」
バリュナの質問が、何を指すのかしばし判断に迷うファーミア。
「口径の事かな? 小型化出来なかったってところだな。とりあえず誰かそこのラインより後ろから、一発私に向けて撃ってくれ。大丈夫。発射されるのは実弾じゃないから」
「本当でしょうね? 何かの実験なんでしょうけど、そんなので仲間を撃ち殺すなんて御免蒙りたいですよ」
ファーミアに銃口を向けたブリット=マリー・エク。
しかし、中々撃つ事が出来ないでいた。
「もうなるようになれですわ」
若干震える指先のブリット。
気合を入れて引き金を引いた。
事前に安全装置は解除されていたようだ。
丸い弾丸が射出される。
ファーミアの直前で弾が突然破裂。
無数の細かい紙片のようなものが散った。
ファーミアの腹部を中心に纏わり貼りついていく。
白の全身スーツの腹部。
そこ中心に紙片がはり付き、青に染まった。
目の前の光景を見てフリーズする六人。
しかし、残りの三人も、実弾が発射されるわけではない。
そう理解すると銃撃していた。
胸の凹凸に沿って黒になるファーミア。
アルマは腰を中心に赤に染まる。
ヘルメットを中心に、黄に染まった莉里奈。
莉里奈はバイザーから、辛うじて視界を確保している。
「ちなみに百聞は一見にしかずだが、百回聞くよりも、一度でも自分の目で見たほうが確かだということらしいぞ。英語ならSeeing is believingってとこかな? 聞いた千遍より見た一遍、聞いた百より見た五十、聞いた百より見た一つ、耳聞は目見に如かず、鯛も鮃も食うた者が知る、論は後、証拠は先、論をせんより証拠を出せとか、いろんなのがあるっぽい」
「後半何を言ってるのかよくわからないけど、これどうなってんの?」
不満げなアルマの言葉。
「何かのネタなの? ねぇ、ネタなの? ファーミア?」
何故か嬉々としているバリュナ。
「種明かし必要?」
それぞれの言葉で当たり前だと告げる六人。
「これ簡単に言うとな、射出後に一番近い魔力の発生源に張り付くんだよ。古川に相談したら教えてくれた。いくつか試行錯誤して完成したのがこれだ。発射後に紙片が散らばるように、事前に術式を組み込んではあるがな」
「それで?」
ここまでの説明で、理解したような表情は三人。
「イーノムのあの透明な謎のあれも、魔力を発しているらしいからな」
「これをぶつければ、感覚だけでしかわからない透明な謎のあれを、視覚的に捉えられるって事?」
「そう、その通り。弾数が一発だけなのとか数が少ないとか、複数持ち運ぶなら運搬する方法が必要とかいろいろと欠点もあるけど。とりあえず数を揃えるのに協力してもらうよ」
そこで奇妙な呻きをもらしたアルマ。
上半身を脱いでいた。
そこで動きが止まっている。
「ねぇ、ファーミア。腰の部分が張り付いて脱げないんだけど?」
彼女の言葉を聞いたファーミア。
今にも笑い出しそうな表情だ。
それでも何とか笑いを噛み殺している。
「それな。一回張り付くと最低三十分は張り付いたままなんだ。くくっ。さすがに肌に張り付かせるのはやめたけど。くくくくっ」
とうとう噴出したファーミア。
アルマと莉里奈からは非難轟々だ。
徐々に笑いが伝染していく。
その中で、いつしかアルマと莉里奈も仲間達と一緒に笑っていた。




