177.腰肉-Rump-
1991年7月1日(月)PM:14:50 南区特殊技術隊第四師団庁舎三階
「後藤師団長、第二小隊は無事生徒として潜り込めたそうですよ」
ノックもせずに入ってきた形藁 伝二。
少し厳しい表情になった後藤 正嗣。
しかし、彼は咎める事はしなかった。
「とりあえずは予定通りか」
表向きは上司になる後藤。
しかし、実際の主導権を握っているのは形藁だ。
彼は後藤、いや人間そのものを見下していた。
「案外ばれないものだね」
窓の側まで歩いた形藁。
外をじっと眺める。
彼の顔は、邪悪に歪んだ微笑を浮かべていた。
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1991年7月1日(月)PM:16:33 中央区精霊学園札幌校第一学生寮男子棟四階四○一号
部屋の中にいるのは二人。
桐原 悠斗と雪乃下 嚇。
二人は向かい合うように椅子に座り、サイダーを飲んでいた。
「そうか。それじゃ嚇は一学年下になるんだね」
「そ・そうです」
相変わらず、少しどもっている嚇。
「あ・あの悠斗さんは人間みたいですね?」
「そうだね。嚇は?」
「ぼ・僕は・・・」
そこで姉の言葉を思い出した嚇。
正直に話す事を選んだ。
「ぼ・僕は白鬼族なんです」
言った後に悠斗の次の反応に戦々恐々。
しかし、彼の答えは嚇の予想とは違うものだった。
「鬼人族の事は詳しくは知らないけど、そんなにおどおどしなくてもいいんじゃないか? 学年は違うけど、同じ学園で学ぶ仲間なんだしさ」
「・・・悠斗さん、ありがとう」
少しだけ嬉しそうに微笑んだ嚇。
「巫や僕の友人達も誘って学園内散策しようか」
「え? でも悠斗さん達は既に見て回ったのでは?」
「僕達もまだ全部見て回ったわけじゃないからさ。行こう」
彼の提案に、嚇は心底嬉しそうに答えた。
「はい」
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1991年7月1日(月)PM:17:58 中央区精霊学園札幌校第一学生寮男子棟一階一○一号
部屋の中、ベッドに座っている二人。
少女は少年の背後から、彼の首に両手を回している。
しかし、少年は若干辛そうな顔をしていた。
「吹雪、突然部屋に来たと思ったら、何の用だ?」
「義彦兄様、用事がないと来ては駄目なのですか?」
「いや、そうじゃないけど。胸が・・・」
「胸が何ですか?」
「い・いや、何でもない」
柄にもない表情の三井 義彦。
若干、顔が赤らんでいる。
「それで俺にどうして欲しいんだよ?」
「どうもして欲しくありませんよ」
密着率をあげるかのようだ。
胸を押し付ける銀斉 吹雪。
「暫定とは言え、一応風紀委員なんだけど?」
「でも男子棟に進入禁止なんて言われてませんし」
「ぐっ」
「でもなんで義彦兄様は、同居人無しの一人部屋なんでしょうか? ベッドは二つあるのに」
「俺が知るか? 古川所長にでも聞け」
ふと時計に視線を向けた義彦。
「おっと、そろそろ巡回に行かないと」
「私もお供しますよ。三井お兄様」
「もう勝手にしろ」
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1991年7月1日(月)PM:19:28 中央区精霊学園札幌校第一学生寮一階
初日という事と開校祝いも兼ねていた。
夕食は支給される事になっている。
メニューはランプステーキ。
添え物としてマッシュポテト、人参のグラッセ。
更にはほうれん草のソテー、ライスだった。
寮一つで、最大八十名。
男子棟女子棟共通。
二人一部屋で、二十の部屋がある。
今現在、厨房は戦争状態真最中。
尤も、寮の全ての部屋が埋まっているわけではない。
その為、実際には各寮の人数は五十名前後だ。
席はぎりぎり足りている。
しかし、一度に出せるのは限度がある。
その為、時間差での夕食となった。
座っている悠斗は嚇。
反対側には中里 愛菜と土御門 鬼威の二人。
四人が同じテーブルについていた。
隣のテーブルにも四人。
人参のグラッセを口にいれた土御門 鬼穂。
マテア・パルニャン=オクオは、満面の笑みで食事に勤しんでいる。
対面している雪乃下 巫。
マテアを微笑ましく見ていた。
隣の土御門 鬼那。
ナイフできったランプステーキに、フォークを突き刺す。
口の中にいれると、味わうように咀嚼し始めた。
少し離れたテーブルにいる吹雪。
何処か不満げな表情だ。
黙々と食べているミオ・ステシャン=ペワク。
別のテーブルには、十二紋 柚香の姿も見えた。
他にも多数の生徒が座っている。
非常に数が多い。
後姿しか見えない人もいる。
その為、誰が何処にいるかは判別が難しかった。
マテアと嚇、巫の三人。
本当に嬉しそうな微笑みだ。
凄く美味しそうに食べている。
食堂にいる生徒。
そのほとんどが、満足しているようだ。
悠斗も、おいしく食べている。
巫とマテアは同室だった。
その影響ももあるだろう。
既に凄い仲良しになっていた。
巫の裏表のなさそうな性格。
それも幸いしたのかもしれない。
二人が楽しそうに会話をしている。
悠斗は、二人を見ながら、夕食にも満足していた。
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1991年7月1日(月)PM:23:57 白石区ドラゴンフライ技術研究所五階
「アラシレマさんよ、クインティプル、ドゥテキャプル、セプテュプルの三体は問題なさそうだ。トリーデキュプルは若干問題ありだが、しょうがないだろうさ」
「そーなのねー。まあ、ほーかーはこーれらーよりも駄目だーしー。しょーがなーいかー」
窓ガラスの向こうの四人。
研究員に診断されている。
無表情のクインティプル・トルディ・マトウス・トリバス。
ドゥテキャプル・トルディ・マトウス・トリバスはしかめっ面。
二人は、青緑のロングヘアー。
セプテュプル・プヌス・トルシとトリーデキュプル・プヌス・トルシ。
黒髪のツインテールの二人。
四人全員の耳は、先が尖っていた。
「しかし実験体に姓名を何でつけた? ナンバーでいいんじゃ?」
「えー? だってさー僕の子供なーんだしさー。母の苗字つけなきゃさー、かーわいそーじゃないかー?」
彼は思ってもいない事を口走った。
「やっぱ、くそだな。お前は俺と同類だよ」
男はそう言いながら、歪んだ微笑を浮かべる。
「ほーめこーとばーとうーけ取っておーくよー」
一度、隣の男に顔を向けたアラシレマ・シスポルエナゼム。
窓ガラスの向こうの四人に視線を戻した。
彼女達は全員、簡素なガウンを羽織っている。
研究員から時折質問をされているだ。
何か答えている様子も見受けられた。
「そろそろ、全ての母体が限界だろうしな」
そこには慈悲の感情は感じられない。
「でーももっと脆いかーと思ったーけどねぃ。新しーいーの調達しよーか?」
「調達してまたするのか?」
「君が実験体を欲しーならー、いいよー。嫌いじゃなーいしね」
「あいかわらず、いかれてんな」
「そ-れは、おーたがいさーまでしょ?」
二人は同時に、いやらしい笑みを浮かべた。
「まあ、そうだけどな。趣味の方向性は間逆だけども。そーだな! どうせなら、違う母体にするか?」
「たーとえーばー?」
アラシレマの問い掛け。
男は少し考える素振りになった。
「そうだな? 何がいいか? 考えとくわ。そう言えば学園は今日からか?」
「そうだね。ごとーちゃんの知らない彼らも、無事潜入に成功したみたいだよ」
「楽しくなってきたな。あ、言うの忘れてたぜ。あいつら、車で移動していた変な服装の一団と遭遇して、魔術っぽいものやらやたら反応のいい奴等に防がれて、逃げられたらしいぜ」
「へー? そーんなこーとーが? 父親としてしーっかり躾しなおーさないとーね」
おぞましい雰囲気を纏わせはじめたアラシレマ。
「一応は貴重な実験体なんだ。死なれたら困るし、程々にしといてくれよ?」
 




