表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Element Eyes  作者: zephy1024
第九章 人工迷宮編
141/327

141.何故-Why-

1991年6月10日(月)PM:13:45 中央区人工迷宮地下一階西ブロック


 形藁(ナリワラ) 伝二(デンジ)の血塗れの巨大な両手。

 そこに集まっていく魔力。

 彼の言葉とは裏腹に、放たれる事もなく、突如膨れ上がり暴発した。

 血濡れの手は跡形も無く吹き飛び、彼の絶叫だけが木霊する。


「強大過ぎる魔力に制御でも誤ったのか?」


 古川(フルカワ) 美咲(ミサキ)の独り言のような呟き。

 形藁の絶叫に掻き消された。

 そこでふと古川は疑問を抱く。


 自身の体が破損したわけでもない。

 なのに、あそこまで叫び声を上げているのは、何故なのか。

 一度沸いた疑問が、頭の隅にこびりついた。


 あの巨大な手と、他の透明な手のような物。

 どちらも、形藁の能力による物だと思っていた。

 十年前の、あの時と同じような能力持ちだと解釈していたのだ。

 だが、もしかして、根本的に、考え違いをしているのではないだろうか。


 一度そう考えてしまうと、次々と疑問が沸いてくる。

 しかし考えをまとめている余裕はなさそうだった。

 絶叫を上げていた形藁が、立ち上がったのだ。


「ぐっ・・しょ・正直あなた方を・・舐めてました・・。ここまで・・はぁはぁ・・ボロボロにされるとは正直・・思いませんでしたよ・・」


 いつでも動けるように、身構えた古川。

 追い詰められた相手程、何をしてくるかわからない。

 窮鼠猫を噛む、という諺もあるぐらいだ。

 彼女は今そう考えている。


 擬鏡眼魔力から見える魔力の流れ。

 そこから、血濡れではない、もう一組の、巨大な手らしきものがあるのがわかった。

 おそらく奥の手という事なのだろう。


 確かに直撃を受ければただでは済まない。

 もし再び、攻撃してくるつもりなのであれば、古川は短期決戦で終わらせるつもりでいる。

 しかし形藁のその手は、古川に向ってくることはなかった。

 突如天井や壁を破壊し始める。


 何度も繰り返される破壊。

 形藁の周囲を、崩れる天井や壁の土煙が覆っていく。

 突っ込めば、間違いなく視界が塞がれると考えた古川。


≪乱水牙≫


 少し距離があるのと、土煙の影響がある。

 なので、そこまでの威力は望めない。

 だとしても、牽制ぐらいにはなるだろうと放った。


 しかし特に変化は何もない。

 見えていた魔力の流れが、ぼやけている。

 どうやら形藁が起した、土煙の影響のようだ。


≪烈風≫


 彼女が起した風により、土煙が吹き飛ばされていく。

 そして晴れた時には、既に形藁はその場にはいなかった。

 劣勢を悟って逃げたとも解釈出来る。


 しかし念の為、周囲を警戒している古川。

 ゆっくりと、前進していった。


 一定の間隔で血痕が、点々と奥のほうへ続いている。

 十メートル程進んでみた。

 形藁のものらしき血の跡。

 更にその先にも、続いているようだった。


 更に、遠ざかる何者かの気配。

 鋭敏化している古川には感じられる。

 追いかける事も考えた。


 だが、彼女自身も、そう長くは今の状態を維持出来ない。

 その為、断念した。

 アンジェラの元まで戻る古川。


「さすがに、複数の魔術の並行維持は疲れるな」


 そう言った古川。

 実はかなり、疲労困憊の状態。

 安堵した表情で、片膝を付いた。


 彼女の耳元に顔を近づけたアンジェラ。

 反応を返すかのように、何事か囁く。


 古川はアンジェラの元に戻るまでは、魔術を解除せず維持し続けていた。

 簡単な魔術であれば、複数を並行維持する事も、そう難しいものではない。

 しかし魔術の難易度が上がれば上がる程、消耗は加速度的に上昇する。

 並行維持するのにも集中力の維持と、多大な魔力を使用するのだ。


 今回最後まで並行維持していた魔術。

 熱層気流は、体表面を熱の気流で覆うだけ。

 副次的に、触れた水分を蒸発させる。


 感覚的にしか、感じる事の出来ない魔力の流れ。

 それを、視覚的に映し出す為の、レンズを作り出す擬鏡眼魔力という魔術。

 一時的に身体の強度と能力を向上させる魔術と、あらゆる感覚を鋭敏化させる魔術の計四つ。


 更に瞬間的にとは言え、それ以外の魔術も使用した。

 なので、かなりの魔力を消費している。

 さすがにガス欠になるまでは消費していなかった。

 だがもし、戦いが長引いていればそうなっていたかもしれない。


 しかしあえて、決着を急ぐ様な素振りを見せなかった古川。

 その事を悟らせない為の芝居だ。

 実際には、あの後更に、形藁が戦闘を続行。

 長期戦の様相を呈していれば、古川が敗北していた可能性も有り得た。


「予定外の事とは言え、かなり魔力を消耗してしまったな。保険の意味で頼んだのだが、動いていてくれてる事を祈ろう。連絡が取れればいいのだけれどもな」


 自嘲気味に呟く古川。

 そこでふとアンジェラに視線を向けた。


「ところでアンジェラ。その格好はやはりどうかと思うぞ。全く、鎮の奴の変態趣味にも困ったものだ」


 古川の言葉にも、アンジェラは首を傾げるだけだ。


「う・・うーん。こ・・ここは・・そうだ僕は確か・・」


「やっとお目覚めか。あ、動かない方がいいぞ」


 目覚めて瞼を開けた桐原(キリハラ) 悠斗(ユウト)

 彼は突然耳に入ってきた声に驚いた。


「古川所長? 何故ここに? 何がどうなって?」


「説明はとりあえず、全員が目を覚ましてからだな。無傷ってわけではないが、そっちの少年と少女二人も無事だ。黒髪の方の少女は、いつの間にか気絶してしまったみたいだけどな」


「そ・そうですか・・って? え? ちょ? あ? う?」


「ほら。だから言ったろ?」


 悠斗の反応に驚いて、どうしていいかわからないアンジェラ。

 その格好の破廉恥さに、悠斗は思わず目を瞑った。

 彼女の格好は全面シースルーの浴衣。

 半透明な部分から、いろいろと大事な所が透けて見えている状態だ。


「いくら自分の式神だからとは言え、これはさすがにやめさせないと、いろいろな意味で危なすぎる」


 悠斗の耳元に突然感じる吐息。

 彼は目を瞑っている。

 その為、何が起こっているのかさっぱりわからない。


 聞こえてきたのは女性。

 それも少女らしき声。

 耳元にかかる吐息。

 何とも言えない気持ちの悠斗。

 恥ずかしいような、不思議な感じだ。


「私の格好はやはりおかしいのでしょうか? おかしいのであれば、何がおかしいのか、教えていただけませんでしょうか?」


 彼女は悠斗の耳元でそう呟いた。

 しかしどう反応していいか戸惑う悠斗。

 まともに返事を返す事も出来ない。

 その光景を、苦虫を潰したような表情で見ている古川。


「アンジェラ、年頃の少年の耳元で囁くのは、色々と問題があるからやめた方がいいぞ。さっきから思っていたのだが、普通に話せないのか?」


 悠斗の耳元から、顔を離したアンジェラ。

 古川に向き直った。

 今度は耳元に顔を寄せる事もない。

 普通に話し始めた。


「鎮様が、そうしろとおっしゃってましたので」


「あの阿呆。何考えてんだ・・」


 頭を抱えながら、そう言った古川。

 その動作に、きょとんとしているアンジェラ。


「アンジェラ、その浴衣は魔力で生成されているのか?」


「この服でしょうか? これは鎮様が縫って下さいました」


 唖然とする古川。

 頭を振り再び質問を続ける。


「他の二人も同じなのか?」


「色違いですが、同じように半透明です」


「やれやれ。式神の術式なんぞ知らないからどうしたものか。ともかくな女性としての体を持っているならば、胸と下半身は隠すべきだぞ」


 アンジェラの胸と下半身を指し示す。


「そうなんですか。わかりました」


 右手を自分の胸元に、左手を股から突っ込む。

 躊躇も何もない、アンジェラの行動。

 呆然として、古川は咄嗟に何も言えない。

 古川が指し示した部分が、半透明から白に変化していった。


「何をしたんだ?」


「とりあえず、自分で糸を巻きつけました」


「蜘蛛糸か」


「はいそうです」


「とりあえず桐原君、もう目を開けても大丈夫だぞ」


 一切会話に参加しなかった悠斗。

 芽生えていた感情を、押し殺す事に邁進していた。

 少し躊躇したものの、ゆっくりと瞼を開ける。


「とりあえず、お前達には一般常識を教え込まないと駄目だな。鎮の奴にも、いろいろと言い聞かせなければ、研究所の存続に関わり兼ねんな。全くおかしな趣味なのは知っていたが、ここまで常識がないとは思わなかった。おっと他の奴らも目覚めたようだな。黒髪の少女以外は負傷しているからな。動かない方がいいぞ」


 古川のその言葉を聞いた三人。

 とりあえず静かにしている河村(カワムラ) 正嗣(マサツグ)とアルマ・ファン=バンサンクル=ソナー。

 沢谷(サワヤ) 有紀(ユキ)は正嗣の側に寄り添っている。

 しっかりと彼の手を握っていた。


 三人共状況がさっぱり飲み込めていない。

 その為、怪訝な表情をしている。


「アルマ・ファン=バンサンクル=ソナー、私に言いたい事もあるかもしれないが、まずは状況の説明をさせてもらっていいかな?」


「・・・お願い」


 辿り着いてからの、一連の出来事を説明していく古川。

 しかし説明の途中で、微かに足音が聞こえてきた。

 明らかに、足音は近づいて来ている。


「説明は一旦中止だ。何かが近づいてくるようだ。他にもいるかもしれない。アンジェラはその場で警戒。他はおとなしくしてろ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ