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Element Eyes  作者: zephy1024
第九章 人工迷宮編
140/327

140.雨粒-Raindrop-

1991年6月10日(月)PM:13:40 中央区人工迷宮地下一階西ブロック


 一撃目として、大きな左手を横薙ぎに振った形藁(ナリワラ) 伝二(デンジ)

 屈んでかわす古川(フルカワ) 美咲(ミサキ)

 即座に左手を戻し、ついでに床に押し潰そうとする。

 彼女は既にそこにはいない。


 だがここまでは予測の範囲内。

 真直ぐ向ってくる古川の背後。

 まるで、関節等存在しないかのようだ。

 弧を描いて迫る右手。


 不自然な角度。

 空中に浮いているように見える。

 血に塗れていた部分と形藁との位置。

 それが明らかにおかしい。


 更に古川の前面。

 血には塗れていない小さな手が、二本進んでいく。

 一本は彼女の左の膝を目指し、もう一本が右肩を抉ろうと突き進む。


 しかしここで古川が、形藁が全く予想してない行動に出た。

 まるで透明な形藁の手が見えているかのようだ。

 彼女の左膝を目指す手を、振り上げた左足で踏み潰す。

 一瞬形藁の動きが停止する。


≪連水牙≫


 古川の言葉に、ゆっくりと降り注いでいた雨。

 その一部が、その牙を向いた。

 踏み潰され動きを止められた手。

 一瞬で牙のような形状の水に切り裂かれる。

 右肩を抉ろうとしていた手も、同様にズタズタになっていた。


 痛撃に顔を歪める形藁。

 一瞬、攻撃する事すらも忘れた形藁。

 その僅かな隙に、既に目の前に到達していた古川。


≪乱水牙≫


 彼女の一言で、囲もうとしていた十二本の手。

 全てに降り注ぐ水の牙。

 咄嗟に後ろに跳び退る形藁。

 雨雲の影響下にあった為、その行動は余り意味はなかった。


 致命傷を負う事は避ける事が出来た。

 しかしほんの僅かな対峙に、彼が被った損害は決して低くは無い。

 体中に走る痛みに苦悶する。

 彼の顔からは、余裕という文字は消え失せようとしていた。


「さすがは特殊技術隊の副師団長という事か。ある程度の実力が無いと、部下の統率も出来ないだろうしな」


 古川を、侮っていた形藁。

 十年前とは比べ物にならない実力者と認めるしかなかった。

 ここまでズタボロに傷付けられたのは、久しぶりなのだ。


 最初の振り下ろされた蹴り。

 明らかに手の位置を把握していなければ出来ない。

 だが、古川の瞳は特に変化しているようには見えなかった。

 魔眼持ちではない、という事だ。

 そう考える形藁。


 一つの疑問が出て来る。

 どうやって手の位置を把握したのかだ。

 雨粒の変化を把握して、見極めた。

 彼の脳裏に浮かんだ考え。


 しかし直ぐに、破棄する。

 常識的に考えれば、人間技ではないからだ。

 動いた場所の雨粒は欠ける事にはなる。

 仮にそうだとしても、把握できるのは視界の範囲内。


 見えない部分を感知する理由にはならなかった。

 最後は、無差別攻撃に近い。

 しかし、その前に蹴りと連水牙は、視界内にしか攻撃していない。

 結局、可能性として雨粒を把握していたと結論付けた形藁。


 形藁が思考に陥る間。

 古川は特に攻撃する事もなかった。

 警戒しているだけだ。


 その間も、雨雲は徐々に薄くなっていく。

 魔力で生み出された現象。

 しかし、保有し吐き出す雨粒の量には、限界がある。


 その事に気付いた形藁。

 雨雲が薄くなっていく。

 にも関わらず攻撃してこない古川。

 逆に違和感を覚える。


 推測が正しければ、雨雲が消えれば把握出来なくなる。

 にも関わらず攻めない古川。

 形藁は、自信の推論に自信を持てなくなる。


 雨雲を起した時、何と言ったかわからない。

 しかし、複数発動した可能性に思い至る。

 雨雲を起こし、自身を濡れないようにした。

 少なくとも、最低二つ。

 しかし、呟きの言葉を、形藁は正確には聞いていない。

 それ以上、推測する事は不可能だった。


 このまま睨み合いを続けるわけにもいかない。

 目の部分に違和感を感じてはいる形藁。

 しかしそれは、気のせいだと勝手に解釈してしまう。

 雨雲が消えた時こそ好機と判断していた。


 思考に陥っている形藁。

 それを見つめている古川。

 とうとう薄くなっていた雨雲が消える。

 ゆっくりと落ちていた雨粒も、なくなった。


 雨雲が消えると同時に攻勢に出る形藁。

 しかしそこで、彼は信じられない現実を目の当たりにする。

 古川目掛けて繰り出される、十本の手による拳撃。

 まるで見えているかのように、その全てを躱しているのだ。


 かわしつつP220WCを両手に持つ古川。

 この状況で銃弾など何の意味があろうかと考える形藁。

 たが、考えが甘かったのは彼の方だった。


 突如走った痛撃と麻痺する感覚。

 最初それが何かわからなかった。

 原因に気付いた時、既に六本の腕が痺れていた。

 動かす事すら難しい状態。


 古川は腕の攻撃を躱している。

 同時に、切り裂かれている傷口に、銃弾を叩き込んでいた。

 それもただの銃弾ではない。

 傷口に叩き込まれた銃弾は、着弾後、強烈な電撃を発して迸っていく。


 雨に濡れている形藁。

 透明な腕の表面と、内部を同時に蹂躙していく電撃。

 自然の雷程の威力はないようだ。

 それでも、今の形藁の透明な腕を、行動不能にするのは充分だった。


 余裕を完全に失った形藁。

 残りの二本の手も、攻撃に回そうとする。

 傷により、通常よりも動きに精彩が欠けていた。

 十本の手ですら、当てる事も出来なかった古川。

 残り六本の手で止めれるわけもない。


 血に塗れている二本の大きい手。

 その大きさから、まだ動かせてはいる。

 しかし残りの手は、戦闘を継続出来ない程感覚を失っていた。


 体に走る痛み。

 あっさりと行動不能寸前に追いやられている事実。

 彼のプライドは、打ち砕かれる寸前まで追い詰められている。


 それでも、残った二本の手で古川を捕まえようとする。

 だが、触れる事すらも出来ない。

 隙をついて叩き込まれる銃弾。

 麻痺している事もあり、どれぐらい銃弾を撃ち込まれたのかはわからない。


 何もない空間。

 拉げた銃の弾が浮いている。

 これはある種、シュールな光景だろう。


 古川が何故、透明な手を認識しているのか。

 間違った推測を立ててしまった形藁。

 彼の思考は、ぐちゃぐちゃになっていた。

 まるで複数の人格が、一つの意志の中で討論でもしているかのようだ。


 どうするべきかも判断出来ない。

 目の前に古川の接近を、呆気なく許してしまう。

 彼女は、両手に持っていた銃をホルスターに戻していた。

 形藁の腹部に向けて、両手で掌底を放つ。

 同時に言霊を唱えた。


≪闇紫電≫


 掌から迸る黒紫の雷。

 放たれた衝撃に吹き飛ばされた形藁。

 水に濡れている体を、何度も駆け巡り蹂躙していく。


 抵抗する事も反撃する事も出来ない。

 吹き飛ぶ腹部に、引っ張られるように宙を舞い床に落ちた。

 体全体から、焦げたかのように煙が立ち昇る。


 対する古川も疲労困憊というような表情。

 一筋の汗が、その頬を伝って落ちていった。


 形藁の血にまみれた巨大な二本の手。

 突如集束していく魔力。

 一瞬、腕を破壊するべきか判断に迷った古川。


 形藁が何をするつもりかわからない。

 その為、即座にアンジェラの元へ向う。

 身体能力を全開にしている今、彼女の側に辿り着くのは簡単だった。


 巨大な手の平。

 そのの中心が口のように開く。

 魔力が放たれると同時に形藁は呟いた。


「・・・喰い・・・尽くされろ・・・」


-----------------------------------------


1991年6月10日(月)PM:13:42 中央区人工迷宮地下二階


 四人が進む道の先。

 広がるのは、半ば原型を留めていない亡骸。

 まるで凄まじい力で潰されたかのようだ。

 ぺしゃんこになっているものが多い。


 他には、捩じ切られたかのようだ。

 体が欠損しているものもある。

 死体の山と流れ出る血液。

 噎せ返るような空気を醸し出していた。


 状況から、この地獄絵図が完成。

 その後、そんなに長くは経過してないようだ。

 精々数十分から、一時間以内の出来事だろう。


「これはまた凄まじいのぅ。生きてるのがいないとは限らないから、注意は怠る出ないぞ」


 散乱する死体。

 極力触れないように注意しながら歩く四人。

 土御門(ツチミカド) 春己(ハルミ)を先頭に進んでいく。

 この惨状、死体が途切れるまで、生存者を見つける事は出来なかった。

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