表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Element Eyes  作者: zephy1024
第九章 人工迷宮編
136/327

136.剣呑-Hazardous-

1991年6月10日(月)PM:12:58 中央区人工迷宮地下一階西ブロック


 多数転がる、緑の肌の小鬼(ゴブリン)の亡骸。

 大半が、たくさんの何かが貫通したかのような状態だ。

 無数の小さな傷口が複数ある。

 しかし、周囲には刃物の類いは見当たらない。

 まるで風の針か何かが、突き抜けたかのような感じ。


 迷宮へ入って早々に、彼等に遭遇した二人。

 古川(フルカワ) 美咲(ミサキ)は見ているだけ。

 一条河原(イチジョウガワラ) (マモル)一人で殲滅していた。


「それが試験中のデバイスか?」


「はい、そうです。二人の三井の、風の能力を参考にしました。まだ試作段階なので、射程が短いのと、魔力の消費が激しいのが難点ですがね。射程はともかく、魔力の消費は何とかしなければ、使える相手を選ぶ事になってしまいますし、誰にでも容易に使えるようにするというのは、難儀なものですね」


「まぁ、そうだな。せめて非能力組の自衛が出来る程度には、なればいいのだが」


「出来うる限り善処はしますが、中々厳しいですね」


 古川と鎮は、緑の肌の亡骸には何の痛痒も感じてないようだ。

 この二人はそれだけ、このような状況に慣れているという事だろう。


 迷宮内、歩みを進める二人。

 突然響く何かの音。

 音は反響して、聞こえてきたようだ。

 はっきりと何の音かは特定は出来ない。

 数瞬思考した古川は、推測を口にする。


「爆発音か!?」


 少し怪訝な表情になった彼女。

 だが、その音とは別。

 ほんの微かに聞こえてきた、いくつかの音に即座に注意を振り向ける。

 しばらくそのまま音を聞いている古川。


 鎮はその音にまでは気付いていない。

 その為、古川が何に意識を割いているのか、わからなかった。


 古川の耳には、追う者と追われる者のような、足音にも聞こえている。

 彼女は突如、何の説明も無しに音の方に走りだした。


「しょ・所長?」


 突然走り出した古川。

 音に気付いていない鎮は一瞬唖然する。

 だが、後を追いかけない訳にもいかない。

 渋々走りだした。


 彼には、古川の走り出した意図がわかりかねている。

 だが、そんな事を斟酌してくれる雰囲気ではない。

 その為、ただただ追いかけるだけだ。


 鎮の瞳にも見えた光景。

 通路のかなり奧。

 無数の光点のようなものが、闇に飲まれていくのが見えた。


 訝しげな表情になる鎮。

 だが、古川は走る速度を緩めない。

 しかしその理由はすぐわかった。


 闇の中から不安定な足取りで進む何か。

 時折、左に右に、ふらふらしている。

 まるで泥酔して、千鳥足になっているかのようにも見えた。


 突然古川は、その場に立ち止まった。

 ますます彼女の行動がわからない鎮。


≪集紫電≫


 古川の眼前から、前方に迸る無数の紫の雷光。


≪狙撃≫


 こちらにフラフラと向ってくる何かを避ける様だった。

 歪み、曲がり、その更に後方の、複数の何かを飲み込んでいく。

 一瞬の紫の光。

 手前の二人が、人間である事を鎮も理解した。


 一人がもう一人をおんぶしている形だ。

 何処かで、見た事あるような人物の気がした鎮。

 おんぶしている方の人物が、前のめりに倒れた。


「紫藤と由香だ。鎮に二人はまかせる。元魏の所へ運べ。私は奴らの残りを殲滅してから、当初の目的を果たしに先に進む」


 古川の言葉に、何となく状況を把握した鎮。

 深くは追求しなかった。


「わかりました」


 倒れた紫藤(シドウ) (カオル)間桐(マギリ) 由香(ユカ)

 二人の側を走り抜ける古川。

 鎮は紫藤と由香の側に屈みこむ。


「これは重症どころじゃないかもしれない」


 どちらも血塗れで、傷だらけだった。

 一箇所二箇所は骨折もしているだろう。

 見た限り、戦闘で追うような怪我とも思えない。


 そんな事を考えながら、懐から二枚の札を取り出す鎮。

 何かを呟きながら札を投げた。

 札が輝き、現れたのは二匹の蜘蛛。

 比較的ずんぐりむっくりしており、毛で覆われている。


 一匹は青と白の色合いで、もう一匹は黄と白の色合いだ。

 蜘蛛としてはかなり大型の部類に入る。

 毛の色も相まって、些か現実感を欠いた存在にも見えた。


「カロリーナ、リオネッラ、頼むよ」


 そう語りかけた鎮。

 まるで、意思疎通しているかのようだ。

 カロリーナ、リオネッラと呼ばれた二匹の蜘蛛。

 その場で、円を描くように回った。


 鎮が、紫藤と由香を、静かに床に寝かせる。

 微かに呻いた二人。

 心配でもしているのだろう。

 しゅんとしていた二匹の蜘蛛。

 鎮の頷きにより動き出した。


 まるで、体を保護膜で包むかのように、糸で二人の体を覆っていく。

 そうして、体の骨折してそうな所や、傷口の酷い所を糸で固定していった。

 仕事が終わると、二匹は鎮の体を駆け上がり、彼の肩で止まる。


「カロリーナ、リオネッラ、ありがとう」


 鎮の言葉に反応するかのように、肩の上で回る蜘蛛二匹。


空気固定(エアフィックス)


 紫藤と由香の体が、まるでその下にベッドがあるかのように浮き上がる。

 ある高さまで浮き上がると、停止した。


「消耗が激しいけどしょうがないか」


空中浮遊(エアリアルフロート)


空中移動(エアリアルムーブ)


 立て続けに唱えた鎮。

 更に少しだけ上に持ち上がる二人。

 紫藤と由香の体が、ゆっくりと前方に移動を始める。


 鎮の肩に乗っていた二匹の蜘蛛。

 それぞれの前方に、空中を駆け上がり移動した。

 まるで、空気が固定でもされているかのようだ

 周囲から見れば、二匹の蜘蛛と二人が空中に浮いている形だ。


 一人前方に進んだ古川だが、戦闘はすぐに終結したようだ。

 鎮の耳には、遠ざかる足音だけが聞こえてきた。

 言葉通り一人で先に向ったのだろう。

 振り返る事もなく、進んできた道を戻り始める鎮。

 しかし左の横道から、緑肌の彼等が二十程の群れで現れる。


 だが相手が悪かった。

 実際にはただの八つ当たりであった。

 本来ぶつけるべき相手は違う。

 だが、鎮はこの時点で、二人に何が起きたのかはわからない。


 所属は違えども、同じ研究所で働く仲間を傷付けられたのだ。

 彼の表情には出ていないが、内心では怒っていた。

 緑肌達に取っては、いい迷惑だったのかもしれない。

 どちらにしても彼等は鎮達に襲い掛かっただろう。

 だから、結果的には、同じ結末にはなったとは思われる。


 鎮達が通り過ぎた後、残されていたのは亡骸。

 ズタズタに切り裂かれた躯。

 押し潰されたかのように拉げた屍。

 粉々に砕け散った遺骸。

 全て、緑肌の成れの果ての姿。


 医術の心得があるわけではない鎮。

 彼には、出来る事は限られていた。

 二人の手首から脈拍を確認する。


 紫藤と由香は一応呼吸はしている。

 しかし、微かに弱くなりはじめ、体温も低下し始めているのがわかった。

 鎮は進む速度をあげざるを得ない。


空中加速(エアリアルアクセラレート)


 二人が、移動する際の加速の振動に、影響を受けないのかはわからない。

 だが、ここで止まっているわけにもいかなかった。


-----------------------------------------


1991年6月10日(月)PM:13:11 中央区人工迷宮地下一階西ブロック


 暗がりの迷宮の中、壁を進む赤と白の蜘蛛。

 鎮がアグワット・カンタルス=メルダーとアリアット・カンタルス=メルダーの追跡に放った蜘蛛だ。

 彼女は想定外の事態を目撃。

 追跡を中断し、状況を報告する為に戻る途中である。


 たが、迷宮内を熟知しているわけでは無い。

 その為、出口までの道はわかっても、古川の居場所がわからなかった。

 出口に戻りながら、周囲を警戒しつつ進む。


 しかし彼女はここで一つミスをしていた。

 想定外の事態を引き起こしかねない人物。

 相手がその後、どう行動するのかを考えていなかった。


 その事に気付いていない。

 ひたすら古川を求めて、辿って来た道を遡る。

 そしてやっとの事で、目当ての人物に遭遇する事が出来た。


「赤と白の蜘蛛? 鎮の式神か。アンジェラだったか?」


 少し遠くにいる古川の声が聞こえた。

 このままでは、見たものを彼女に伝える事は出来ない。

 アンジェラと呼ばれた蜘蛛が光り輝いていく。

 その光が、人型に変わっていった。


 歩いて近づいてきた古川。

 彼女の表情が、若干引きつっていた。

 しかしアンジェラには、その理由はわからない。


「鎮の趣味か!? 人の趣味をどうこう言うつもりはないが・・。これはいくら私でも、言葉が出ないぞ。本当何考えるんだ?」


 古川の言葉もお構いなしだ。

 アンジェラは、彼女の耳元に顔を近づける。

 知りえた情報を囁き始めた。


 アンジェラの服装に、若干引き気味だった古川。

 その顔が、徐々に真面目なものに変わる。

 最後には、剣呑なものに変化していた。


「場所は何処だ? 案内を頼む」


 アンジェラは頷いて、蜘蛛型に戻らないで走り出す。

 しばらく走ると現れた五体の緑肌。

 アンジェラの放った炎に斬り裂かれ、床に倒れ伏した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ