104.出血-Hemorrhage-
1991年6月10日(月)PM:12:00 中央区桐原邸一階
突然感じた謎の違和感。
ミオ・ステシャン=ペワクは濃桃色の猫耳を、同時にピーンと立てた。
マテア・パルニャン=オクオも同様に、濃水色の猫耳を立てている。
テーブルを挟んで座っている女性。
綺麗な、整った顔立ちの三笠原 紫。
白のヘアバンドを跳ね飛ばしす。
ほぼ同時に黒一色の猫耳を、ピーンと立たせていた。
跳ね飛ばされたヘアバンド。
驚いたミオとマテア。
立っていた猫耳がヘナヘナと前に倒れる。
ピーンと伸ばし、膨らんでいた尻尾も萎んだ。
その変化に苦笑いの紫。
慰めるように、二人の少女に語りかけた。
「ミオちゃん、マテアちゃん、驚かせてごめんね。ヘアバンドしてたの忘れてた、てへ」
少しおどけて、優しい声で話しかけた紫。
彼女は、静かに微笑んだ。
「紫おねえちゃんのヘアバンドびっくりした」
「ヘアバンド激しく飛んだにゃ」
ミオの言葉にマテアも続ける。
「とりあえずヘアバンドは置いときましょう。二人も今の違和感を感じたの?」
「はい、私は感じました」
「マテアも感じたにゃ」
「そうなんだ。二人共、もしかしたら魔術の素養があるのかもね?」
「魔術って火をだしたり、風を吹かせたりするのですよね?」
疑問系で返されたミオの言葉。
丁寧に答え始める紫。
「そうね。基本は火、水、風、土の四属性。だけど、魔術の系統によっては五属性だったり六属性だったり、それ以上だったりするわ。でも確実に全部使えるわけでもなくて、相性属性と言うか得意不得意もあるのよ」
「そうにゃのか」
「マテアちゃん、そうなのよ。それに詠唱と言うのが必要だったり、いろいろと利用するにも条件があるから。まずはある程度は、ここの言葉も話せるようにならないとね。説明するのが大変。いや説明を受ける方が大変かもね」
「先は長いという事ですね」
「そうね。ミオちゃんの言うとおり。でも二人とも、ある程度基本を理解して来てるから、徐々に普段の生活でも、日本語を使うようにするといいと思うよ」
「わかりました」
「マテアも頑張る」
二人はやる気に満ちた瞳を輝かせた。
突然渋い顔になった紫。
「どうやら、あまり友好的ではないお客さんのようね? 二人とも何か音がしても、ここから動いちゃ駄目よ」
「え? どうして?」
「にゃーい」
正反対の反応のミオとマテア。
従順な反応のマテアは、何も疑問にも思っていない。
「ミオちゃん、お客さんはきっと私が目的だから」
まだ何か言いたそうなミオ。
だが、諦めたのだろう頷いた。
ミオが頷いたのを確認した紫。
立ち上がり玄関に歩いていく。
扉の向こうから感じるのは明確な殺意。
相手を確認する事もなく、彼女は扉を開けて外に出た。
三メートル程先に立っているのは、一人の黒髪の男。
頭一つ分ぐらい紫よりも背があり、かなり筋肉質な体。
口元からは涎がたれている。
視線は何処を見ているかもわからない。
その表情に、紫は嫌悪感しか懐け無かった。
「どちら様でしょうか?」
はっきりと日本語で尋ねる紫。
しかし、男は答える事もなく彼女に聞こえる声で呟いた。
「イイオンナ、オレコロスマエニ、タノシム」
言葉を聞いた紫。
更なる嫌悪に表情を顰めている。
しかし、彼には何処吹く風のようだ。
徐々に人間の顔だった男の顔が変化してゆく。
「狼化族の異常者ってところかしら。レディにとっては最悪な存在ね」
嫌悪の表情しか出来ない紫。
「オマエ、オレヲタノシマセル」
言葉が終わると共に、紫に襲い掛かった男。
傍目には、男が消えたようにしか見えなかっただろう。
一歩踏み出せば、爪で一薙ぎ出来る距離に男はいたはずだ。
しかしそこには、外玄関を越えて道路に吹き飛ばされた男。
その近くに立ち、軽蔑の眼差しで見下ろしている紫。
彼女の手に握られているのは鉄扇。
男は涎をたらしつつ完全に伸びていた。
「狼化出来る程度で、猫人を甘くみすぎですね!」
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1991年6月10日(月)PM:12:05 中央区菊水旭山公園通
何とかって言う割と大きい通。
そこに隣接している中学校。
私は、目的達成の為、そこの校庭にいる。
なんだけど、予想以上にあっさり終わっちゃった。
拍子抜けもいい所だわ。
所詮はただの人間風情って事なのかしら?
私が少し強めに放った不可視の二枚の刃。
これ位は防ぐなり避けるなりしてくれると思ってたのに。
反応はしてくれたようだけど、それだけだった。
一枚目は彼の左手をナックルもろとも切断。
脇腹を抉っていった。
彼の両足を膝上から分断しちゃったのが二枚目。
一応即死はしてないようだけど。
あの出血ならそのうち死んじゃうかな?
それならいっそのこと、息の根を止めちゃった方が、優しさになるのかしら?
あの娘の大事な人だったのかもね?
私の事なんてお構いなし。
無防備に走ってきて、抱きかかえちゃった。
愛しい人を失う悲しみ・・・。
何私ったらしんみりしちゃってるの・・・。
血の香りが、本能を刺激するけど我慢我慢。
私達の今日の目的は違うんだから。
それでも本能って凄いわね。
これ以上あの血だまりに近づいたら、抑える事が出来なくなるかも。
お友達かな?
凄い形相で、私に殴りかかってきたけど。
これって怒りの形相って奴?
彼もただの人間じゃないみたいね。
力のコントロールが、うまく出来てないみたいなのが残念。
≪レフレキオン≫
とりあえず力を反射させたけど。
この少年殺してしまってもいいのかな?
えっ?
何あれ?
何でそんな事が出来るの?
え?
嘘でしょ?
有り得ない・・・。
そんな事有り得るはずがないよ・・・。
どんな魔術だってあんな事は無理なはず?
でも目の前に起きているのは紛れもない現実・・・。
一体どうゆう事?
「何がどうなってるの? あの娘は一体何なの?」
思わず口に出しちゃった。
それでもそのおかげかしら?
何とか少し冷静さを取り戻した。
けど、こんなにびっくりしたのは久しぶり。
あの力が何なのか気になる。
けど、目的を果たさなきゃね。
標的外だけど、あの娘もろとも刺し貫いても問題ないはず。
≪グランゼンデ ストラフレン デル ゼフン≫
私の足元の魔方陣から放たれた十本の光線。
少女に着弾したのに掻き消えちゃった・・・。
正直何が起きてるのかさっぱりわからないよ。
無効化した?
そもそも無効化なんて有り得るの?
あの娘はほんと何なの?
有り得ない・・・有り得ない・・・。
≪レフレキオン≫
また殴りかかって来たお友達。
何とか対処したけど。
一歩遅かったら顔を殴られてたかな。
それにしても、いたいけな少女の顔。
殴ろうとするなんて酷いわ。
いやいや、今はそんな事を考えている場合じゃない。
今の私の心の中あるのは、たくさんの疑問符。
何をどう考えても、目の前で起きた結果。
そこまでに至った過程を導き出せない。
何なのこの凄まじいエネルギーは?
あんな何処にでもいる、ちょっと可愛い少女。
そこから放出されるのは、一体どうゆう事なの?
どうする?
生半可な魔術じゃ駄目かもしれないわ。
いっその事、全力で吹き飛ばしてしまおうかしら?
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1991年6月10日(月)PM:12:05 中央区菊水旭山公園通
隣接している通を歩く人や、車が横に見えている。
何が起きたんだろう?
自分の身に起きた事にも関わらず、自分にも良くわからない。
でもたぶん、僕はこのまま死ぬ。
そうなんじゃないかなって思う。
視界に入っている左手。
肘から先が無くなっていた。
その先が、手の平をこっちに向けている。
地面に落ちてるのも見えていた。
たぶん、僕は血まみれなんだろうな。
誰かの叫び声や怒号、泣き声。
いろいろ聞こえている気がする。
他にも欠損してるんだろう。
けど、不思議と痛みを感じない。
いや、もしかしたらあまりの痛みに、麻痺してしまったのかもしれないな。
痛みがないだけましなのかな?
目の前に広がる血の海。
既に立ち上がることすら出来ないみたい。
だから、自分の体がどうなっているのかよくわからない。
霞んでゆく瞳にうつったのは愛菜の顔。
瞳に溜まった涙。
彼女の顔から零れて、僕の顔に落ちているみたいだ。
「・・・ゆ・・ゆーと君、うそ・・うそだよね・・・・」
あぁ、たぶん愛菜はこんな僕の為に、泣いてくれているんだろうな。
何とかしたいけど、愛菜、ごめん。
僕はここまでのようだ。
寒い、物凄く寒い。
愛菜に抱きしめられている。
なのに、物凄く寒い。
だんだん、意識が遠のいていく。
このまま眠ったら死んでしまうのかな?
人の死なんてあっけないものだな。
まさか、こんなよくわからないままで、自分に訪れる。
こんな結末は、考えた事なかったけど。
愛菜を泣かせてし―――――――。




