101.先見-Farseeing-
1991年6月10日(月)PM:12:10 中央区大通公園一丁目
まるでこうなる事を予知していた。
いやこうなる事がわかっていたような後藤さんの指令。
大通一丁目近辺に異形が現れた場合、速やかに殲滅する事。
それがまさかあんな黒い球から落ちてくるなんて。
誰が考えるだろうか?
私達は一兵隊にしか過ぎない。
だから指令には当然従う。
けどまさか、あんなのが現れるとは思わなかった。
とても巨大な蜘蛛と、リザードマンみたいな人型生物。
リザードマンみたいな人型生物は二メートル前後。
黒紫の鱗に覆われている。
武器と盾を持つ鰐のような顔の二足歩行の生物だ。
数は六匹で、それぞれが違う武器を持っている。
片手剣持ちが二匹に片手斧持ちが二匹、他の二匹は槌と鎗。
盾も基本的な意匠は同じ。
だけど、それぞれで微妙に違う。
金属製の鎧を纏っている。
その事から考えて、それなりに知能があるようだ。
私達四人は二人一組。
柚ちゃんいわく、黒鰐ちゃんと対峙する。
先制攻撃で、武蔓の発砲した弾丸は二発。
油断していたのか?
一番手前にいた、片手剣持ちの左手に着弾。
同時に発動した衝撃波が、剣を持った手を着弾箇所から分断した。
その衝撃によろめく間もない。
二発目が、黒鰐ちゃんの頭に着弾し吹き飛ばす。
その間に私は、次に近いのに肉薄。
横薙ぎに振るわれた槌の一撃を躱した。
その後、近距離から胸に銃弾を撃ち込む。
着弾と同時に解き放たれた冷気。
鎧を中心に凍結させる。
下から振り上げた小太刀の一撃。
着弾箇所を中心に凍結していた二匹目の黒鰐ちゃん。
その上半身を粉砕。
予想通り知能はある程度あるようだ。
瞬時に二匹を屠った私達を、脅威と感じたのだろう。
二匹一組で左右から私に向ってくる。
柚の方にも同じように、二匹一組で向っていくようだ。
私に向ってきた二匹。
その一匹の鎗持ちに、後衛の漣が発砲。
射線上に盾を掲げた三匹目の黒鰐ちゃん。
判断としては悪くないけど、私達の武器の威力を見誤ったね。
盾に着弾したと同時に貫通。
背後に隠れていた黒紫の鱗を切り裂いた。
右脇腹あたりに穴を開けて、その場に崩れた三匹目の黒鰐ちゃん。
漣が頭に発砲しグチャグチャにしちゃった。
片手斧持ちの振り回す斧。
華麗にかわしている柚。
隙をついて、四匹目の黒鰐ちゃんの左膝あたりに発砲。
鱗を焼ききる圧倒的な火炎。
左足を切断する。
それでも横薙ぎに振るわれた斧、を上に飛んで回避。
四匹目の黒鰐ちゃんの真上から着弾した弾丸。
脳天から体の中心を燃やし尽くした。
さすがに肉が焦げる匂いは鼻につくわね。
残りの二匹は、片手剣持ちと片手斧持ち。
私に片手斧を振るっていた黒鰐ちゃん。
バク転側転で、少し私が距離をとる。
すると、目標を別のと戯れている柚に変えた。
しかし、私が対処しようとする。
その前に、地面から立ち上る炎の槍で二匹とも炭化。
私より柚の方が弱いと判断したのだろうけど、それが間違いね。
こうして初戦は圧勝。
でも、後藤さんは一体何を考えているのだろうか?
まるで事前に、ここで何かが起こること。
それがわかっていたかのような指令。
それなら最初からここで待機させればいい。
なのに、実際には近くの車両の中での待機。
有事なのだし、事前に退避命令を出す事も出来た。
そうすれば、犠牲者はもっと少なかったはずだ。
それに、さっきから上空を旋回しているヘリコプター。
たぶん、報道関係のだ。
まるでわざとこの現場を見せるかのような・・・。
いや、さすがにそこまでは考えすぎよね。
ふと第三小隊の方に目を向ける。
まだ巨大な蜘蛛と交戦していた。
けど大丈夫そう。
私は部下三人に警戒維持のまま、現状待機を伝える。
テレビ塔の上空に存在する、不思議な黒い球に目を向けた。
あそこから出て来たみたい。
だけど、アレは一体何なんだろう?
皆に聞いてみたけど、誰も知らないみたい。
でもあそこから出て来たのは、間違いないと思う。
なら、また何かが出て来る可能性があるってことよね。
そう考えると、ますます後藤さんの指令の意図がわからなかった。
後からルシアちゃんに聞いた話し。
黒鰐ちゃんは闇鰐人と言う名前らしい。
ルシアちゃんの持つ魔眼ってやっぱ便利ね。
その闇鰐人の肉。
おいしそうだから焼いて食べてみたいね。
そう言ったら、隊員達とルシアちゃんに呆れられました。
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1991年6月10日(月)PM:12:19 中央区豊平川
悠然と、静かに流れている豊平川。
犬の散歩をしている女性の姿が見える。
リードの先の犬はかなりの大型犬だ。
彼女は河とは反対側に視線を向けた。
その視線の先にあるのは中学校。
ぶつかり合っている火と氷。
「さすが覚醒者でございます。間をあけずの連続攻撃でございますね」
「エルメさん、あなたこそ凄いです」
しばしの二人の閑談。
「詠唱の長い魔法は不利でございます」
そう呟いたエルメ。
吹雪には聞こえたのだろうか?
先に動いた吹雪。
槍の穂先のような氷の刃を、一気に三十個程つくる。
致命傷を負わせかねない箇所を除く。
要するに、手足に集中させて解き放った。
相対するエルメもほぼ同時に詠唱を開始。
≪エインステレルング デル フラムメ≫
エルメから拳大の火の弾が、散弾銃のように放たれる。
≪クリンゲ デル フラムメ ゼフン≫
即座に違う詠唱、更に剣のような火の刃が十本放たれた。
無数の氷の刃と無数の火の弾がぶつかり合う。
発生した水蒸気の中を、一直線に突き進む火の刃。
そのうち五本が、巨大な氷の鎗に掻き消される。
≪スクウェルト デル リエシゲン フラムメ≫
巨大な火の剣を氷の槍に衝突させる。
しかし、完全に消滅させる事も、完全に勢いを殺す事も出来なかった。
砕けた氷の飛礫。
右頬、左手、右脇腹、右足に裂傷を負ったエルメ。
水蒸気が再び晴れた。
吹雪も左足の腿、左前腕、右肩に裂傷と火傷を負っていた。
火の刃に斬られたのだろう。
吹雪の青白い瞳と、エルメの青い瞳が交錯する。
「久々に楽しいです! 楽しいんでございます。吹雪ちゃんあなたいいです! いいのです!」
輝くような微笑みで、吹雪を恍惚と見つめるエルメ。
「え・・えっと? ありがと? とでも言えばいいの?」
「ふふふ、でも最後は私が勝つんです」
≪イヴィ ベルストリクト ウンド ミト ルンド ウラプペド ゲブンデン ズ ウェルデン≫
エルメの手から何かが放たれる。
そう信じて疑わなかった吹雪。
いつでも、移動出来るように身構えている。
その為一瞬反応が遅れた。
足元から現れた蔦が、吹雪の手足に絡み拘束したのだ。
火専門の魔術師だと先入観を持ってしまっていた彼女。
即座に対処出来ない。
吹雪に真っ直ぐ走ってくるエルメ。
自分中心に冷気を発生させ、絡まっている蔦を凍結。
振り解いた吹雪。
わずかなタイムロス、考えもなく、咄嗟に氷の刃をエルメに射出。
直撃する直前に、エルメが左手を掲げると腕輪が輝いた。
氷の刃が彼女の手前で、粉々に砕け散ってゆく。
まるで、壁でもあるかのようだ。
吹雪は、何が起きたのかもわからない。
頭の中が真っ白。
思考停止状態に陥った。
左手を上げたときにエルメは眼帯もはずしていた。
だが、吹雪は余裕がなく気付いていない。
彼女の瞳に先見眼が発動、緑に染まっていく。
先見眼は相手の行動の一手先を見る魔眼。
エルメはそう思っている。
走りながら、エルメは詠唱を始めた。
≪スクウェルト デル フラムメ≫
肉薄しているエルメ。
現実に引き戻さた吹雪。
氷の刃を射出しようとした。
しかし間に合わないと判断。
左足で回し蹴りを放った。
身長差があるにも関わらず、あっさりと屈まれてかわされる。
≪グレイフト ミト ディエセル ハンド≫
詠唱を完了し次の行動に移るエルメ。
頭も体も反応出来ない吹雪。
左脇腹に、抉られる様な激痛が走る。
更に左足の裏側に走った痛みに膝を折った。
更に背中に飛んできたエルメの前蹴り。
吹き飛ばされた吹雪。
何とか立ち上がり振り向く。
消滅していなかった彼女の火の剣。
その斬撃を躱す事も防ぐ事も出来きなかった。
正面から斬り裂かれて、その場に崩れる。
手に持っていた火の剣を放り投げたエルメ。
その場に尻餅をつく。
火の剣は、彼女の手を離れるとすぐに消滅した。
「駆け引きの差で勝てましたけど、力押しなら負けてたかもしれません」
自嘲気味にそう言った彼女。
しばらくその場で休んでいた。
すると、吹雪の同級生含む学校の生徒。
その一部が殺到してきた。
その雰囲気は殺気に満ちていた。
しかしその理由が、皆目検討つかないエルメ。
「ぼ・僕達のアイドル、吹雪ちゃんに何をしやがったんだ?」
震えた声で殴りかかって来た男子生徒。
叩きのめしたエルメ。
次に襲い掛かってきた女子生徒。
回し蹴りで昏倒させた。
≪デル スクルアフ イン デル スティルレ≫
次々にかかってくる生徒達。
叩きのめしながら詠唱を完了。
学生達は、突如その場に崩れ落ち、眠りに落ちた。
エルメの瞳の色が、緑から青に戻る。
落ちていた眼帯を拾い上げ、付け直した。
エルメは吹雪に近づいていく。
少しだけ寂しさの感じる表情をしたエルメ。
吹雪の顔を見た。
浅い呼吸で意識を失っている吹雪。
彼女を担ぎ上げ、校門の方へ歩き始める。
「この娘、皆の人気者なのでございますね。ちょっとだけ羨ましいです」




