70.
「ソフィア!」
大声で名前を呼ばれて、目が覚めた。
私は今まで走馬灯を見ていたのではないのか?それとも、ハルトリッヒも私と一緒に――。
「……ハルトリッヒも私と一緒に死んだの?」
「何寝ぼけてんだよ。生きてる、俺もお前も。丸2日も寝てたから心配したんだぞ」
「そう、なんだ」
「なんだ?もっと喜んで俺に感謝しろよ。俺がぎゅっと抱きしめて、魔法を使いながら衝撃を全力で和らげてやったお陰でお前は生きてるんだぜ?」
正直喜べなかった。
だって私は、夢の中で見たあの醜い感情を抱いている状態のまま生きているのだから。
私が今までで一番嫌悪していたはずの『愛』という感情。それを最悪なことに初めて出来た友達に向けてしまっている。ハルトリッヒの言葉に対して突っ込む気力も湧かなかった。ただ今ここに存在していることが辛い。
身体を起こして確かめてみたが、外傷はない。感じるとしたら、少しお腹が空いているくらいだろうか。今のこの辛さ……これは全て精神的なものだ。
「お前、本当におかしいぞ」
「……確かにおかしいかもしれない。私、あのまま死ねばよかったって思ってるから」
「本当に何があったんだ。アイツらの魔法に精神汚染系のものが混ざっていたのか?でも俺はそんな魔法かかっていないし……」
「自分の感情に気がついちゃっただけ。あの時受けた魔法は関係ないわ」
明らかにハルトリッヒを困らせていることが分かる。彼は眉毛が下がって、困惑の表情を浮かべていたからだ。
でも止まらなかった。この醜い感情を持っているのが辛い。吐き出したら、私の中からもこの感情が少しでも出て行ってくれるような気がして、なくなってくれるような気がして。私の口は止まらなくなっていた。
「私、気付いてしまったの。クラウスが好きだって、愛してしまっているってことに」
「お、おう……。おめで、とう?アイツもお前のことが好きみたいだし、少しでも早く伝えてやったほうが――」
「絶対ダメ!だって、私は母様のようにも、モリーのようにもなりたくない!!こんな気持ちの悪い感情を友達に、クラウスになんて見られたくない!!!こんな気持ち、消えてしまえばいいのに!」
そうだ、こんな自分も他人も不幸にする感情を私は抱いてはいけないのだ。
心の中にあるのは、ただ自身に対する嫌悪感のみ。私は今までこの感情のせいで不幸になってきたし、母はこの感情を父に抱いてしまったばかりにあんな最悪な最期を迎えた。
私は誰かを不幸になんてしたくないし、母のように好きな人から嫌われるのも嫌だ。ただ気持ちが悪いのだ。『愛』という感情が気持ちが悪くて……そして怖くて仕方がなかった。
「よく分かんねえけど、人の事好きになったりするのって普通の事なんじゃねえの?その、俺もお前と過ごしてて割とお前のことは好きになったし。それに普通は好きな人間から好意を抱かれたら嬉しいもんだろ。だから、アイツもお前にその気持ちを伝えられたら嬉しいんじゃねえの?」
「あり得ない。私は……もう、クラウスに会えない」
もう自由なんて手に入れられなくてもいい。だって私は分かってしまったのだ。私が自由を欲しいと強く願った理由の根底を。私は何にも縛られない存在になって、魔道具を自由に作りながら……クラウスと一緒にいたかったのだ。
それに気付いてしまったから、全てを理解してしまったから、私はもういっそ、一人で空気に溶けて消えてしまいたいとすら思っていた。完全に心が折れてしまったのだ。
「そっか。じゃあ俺、お前の気持ち伝えてくるわ!」
「はあ!?なんでそうなるの!!?」
「ウジウジしてるの見んのうぜーし。それにそもそも俺はお前がブレメンスから解放されたいっていうから協力しについてきたのに、そいつが目的失ったとか一番つまんねー。だからまあ、目的達成できなかった不完全燃焼感を吹き飛ばしたい」
「全然理由になってない!!」
「それ言ったらお前の母親やらモリーやらとかっていうやつらみたいになるっていう言葉自体が理由になってねーんだよ!だって、お前が言ってるやつらのことは知らんけど、そいつらとお前は別の人間じゃねえか!……クラウスだって、お前の周りにいたような人間とは違う人間だろう」
当たり前だけど、私がずっと気付けなかった事。
全身に電撃が走ったようだった。確かに私は母やモリーのような人間にならないように努めてきた。彼女らに向ける嫌悪の感情がその証だろう。
そしてクラウスも私の父や元婚約者とは全く違う人間なのだ。
クラウスとあの人たちを一緒にしたら、怒られてしまう。その姿を思い描いて、少し面白くなってしまった。きっと私の過去に出会ってきた人たちの話をしたら、クラウスは私の代わりとばかりに怒ってくれるだろう。私が知っているあの人は、そういう人間だ。
過去に一番囚われていたのは私かもしれない。
「やってみないと、伝えてみないと、進んでみないと分からないだろ。俺だってお前と会って、お前と触れ合うことでお前のことをちゃんと知りたいと思えて、ブレメンス以外を知ることができた。あの国に洗脳されていたことに気づくことができた。それと同じだ。だから、行くぞ!お前の自由を取り戻しに、そして気持ちを伝えに」
「……ありがとう、ハルトリッヒ。私、もし一人だったらきっとここで逃げてしまっていたわ」
「おーおー。礼は全部終わった後にたんまりとしてくれ」
ハルトリッヒのお陰で少し自分の気持ちが認められた気がした。
私はやっと気付けたこの気持ちを嫌悪するのではなく、大切にして、クラウスに伝えたいと思えたのだ。
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