68.
「今日は来るわ。絶対に来る……!」
真っ白な顔をしながらも、一心に扉を見続ける女性。私もこの場にいるのに、視線の一つすらも向けてくれない、まるで存在しないかのように扱う酷い人。
これは私の母だ。
既に死んだはずの彼女が何故私の目の前に……と思ったが、これはきっと走馬灯というやつだ。私は死ぬ直前に夢を見ているのだ。過去を振り返る夢。それで納得した。諦めにも近い感情。
私は抵抗することなく、流れてくる『記憶』に身を委ねた。
「母様、父様はもう2週間帰って来ていません。今日も帰って来るとの連絡は――」
「嗚呼、いつ私を抱きしめてくれるのかしら。きっと、彼もすぐにでも私に会いに来たいはずなのに、お仕事が忙しいのね。彼は真面目な騎士様だから」
私の言葉は何も聞いてもらえない。彼女の中では私のことなど、どうでもいい存在なのだ。
「でも私はいつまでも待つわ!だって彼を一番愛しているのは、彼から一番愛されるべきなのは、私なのだから!!!」
また『愛』だ。
何故皆、『愛』なんて感情を持って、おかしな行動を取るのだろうか。
場面が切り替わる。
母の葬儀の次の日、急に公爵家に大量の荷物を持って入って来た異母妹とその母親が父と一緒に私を蔑んだような瞳で見てくる。
「はあ。余計なもんだけ残して逝きやがって。こんなもん産み落とさずに、大人しく俺に爵位と遺産だけ残して死ねばよかったのに」
「この子が父様の不幸の元凶……。ふーん。貴女、誰からも愛されていないんですね。なんかー、可哀想。産まれてきちゃったのが悪いのか!」
「あの女が残したものなんて放っておいて。さあ、向こうで御食事にしましょう。これからは私達家族、皆で仲良く一緒に愛し合って生きていけるんだから!」
『愛し合う』、『愛されない』。
母はこの言葉一つで不幸になり、最後に人を恨んで死んだ。この人たちはこの言葉で優越感を得て、私を蔑みながら邪魔者扱いをする。
『愛』なんてくだらない。私は母やこんな人間達のように『愛』に振り回される気持ちが悪い人間になんてなりたくない。
この頃からだろうか、そう思うようになったのは。
「私達、愛し合っているんです」
また場面は切り替わる。
これは私が婚約破棄された時だ。義妹のモリーが私の元婚約者である第二王子と『愛し合い』、子宝すら授かっているのだという。
この頃には私の感情は既に擦り切れていて、それに対して何も感じなかった。むしろ、やっとこの国から解放されたとすら思ったのだ。
しかしここからは人生の全てが好転する。
フィオレントに移住し、ポッシェ村で魔道具や村の専門家たちに出会い、魔道具を創るという趣味を見つけて人生が輝き始めた。
そして賞をもらい、その道中でサミュエルと再会し……クラウスと出会った。最初は彼に対してはあまり良い印象を抱いていなかったが、付き合いを深めるとその印象は変わった。
彼は口下手なだけだ。本質は面倒見が良く、真面目に努力を続けられる人間だ。そして、私の初めての友達。
親しくなればなるほどに、私に対して彼は結局は優しかった。親しくなれるのが嬉しくて、優しくしてもらえるのがくすぐったくて、たくさん離すのが楽しくて……。彼との時間は、まるで毒のように私の中に染み込んでいく。
彼には悲しい顔をさせたくない。見放されたくない。嫌いにならないで欲しい。
私は初めて人に対してそんな感情を抱いた。クラウスを怒らせたときは本当に焦った覚えがある。今となっては少し懐かしいとすら感じる。
ポッシェ村に一緒に戻って、ブレメンスの人間――ハルトリッヒから襲撃を受けて、サミュエルに聖女であることがバレて、命を懸けた誓いを一方的に受けて……クラウスから好きだと告白された。
私は今も返事を出来ていない。私は確かにクラウスの事は好きだと思う。しかしそれは『友人としての好意』であって、『異性としての愛』ではないのだ。




