59.
「あの暗殺者のところに行っていたのか」
「ええ。まだ完治はしていないからね」
仮住まいに帰って来て第一声、クラウスにそう尋ねられる。
リビングのソファでくつろいでいた彼は、どうやら私を心配してここで待っていたようだ。ついでに言うとサミュエルもクラウスと対面側のソファに座ってこちらに注意を向けていた。
クラウスにとってハルトリッヒは敵というイメージしかないのだろう。私も別に彼の事を味方だと思っているわけではないが、既にそこまでの警戒心は持っていなかった。
「……処分する場合は言ってくれ。お前だけが背負う必要はない」
「あー!ズルいな。僕だって当然手伝うよ」
「そう、ね。もしそうなってしまった場合は二人に頼ることを約束するわ」
生き残るためには非常な決断もしなければならない。
サミュエルはあまり罪の意識を持つタイプではないかもしれないが、クラウスは一生抱え続けるタイプだろう。だからこそ余計に、ハルトリッヒと再び対峙する結果にならなければ良いと思ってしまった――。
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次の日もその次の日も、ハルトリッヒの元に通い続ける。
そして彼の容体は着実に安定し、健康な状態へと戻っていた。それと同時にハルトリッヒがボケっと何か考え事をしている機会が増えた気がする。
そんな彼をなんとなく観察していた時の事だ。黙って考えこんでいたハルトリッヒが何かを決意したように口を開いた。
「ソフィア=トリプレート!これにお前の魔力を流しこめ!!」
「……本?ああ、なるほど。記憶の魔本」
『記憶の魔本』。それはフィオレント帝国で古くから使われる魔道具の一つ。
私も実物は始めて見たが、魔道具大全を読んだ時にどういう道具なのかは読んだことがある。
国宝級というかなり上位に位置付けられている貴重な魔道具だった筈だ。その効果は、魔力を込めた人間の今までの人生をそこに刻み込み、他者から読めるようにするというものだ。ただしここに刻み込めるのは一人分の人生のみ。魔力が込められる度に、その内容はその魔力を込めた者の人生へと変化する。要は上書きされていくのだ。
主に犯罪者の調査や、裁判前の最終判定の助力として使われる特殊な魔道具。
しかしながらこれは作成する工程があまりにも複雑故に国内にも一桁数しか存在していなかったはずだ。そんな貴重なものが何故ここにあるのかだけが不思議だった。
「知ってたのか。それなら話は早い。俺は真実が知りたいんだ。そうしないと前に進めない。俺にお前の全てを見せろ」
相変わらず口調は生意気だが、その瞳には以前のような迷いがなく、決意した人間の力強さが感じられた。
彼は例え自身が傷付き、今までの概念が全て消し飛ばされることになったとしても、前に進むと決めたのだろう。何が正しくて、何が間違っているのか。これからの自分の進む道を決めるために、彼はその一歩を踏み出したのだ。
私はそれを見て、ただ協力したいと思った。
別に私は自分自身の人生を覗かれたとしても構わない。むしろ決めて欲しい気持ちすらあった。あの国に非があるのか、私の生き方が悪かったのか。
断罪して欲しかったのかもしれない。私は全てを見捨てて、あの国を出てきた。その罪悪感がずっと無意識の内に心の中で尾を引いて、私自身の心を苦しめていた。
よくよく考えなおしてみると、ハルトリッヒを命を懸けてまで治療したのは、この罪悪感もあったからなのかもしれない。
「分かった。私の全て、受け取りなさい」
私は彼から差し出された『記憶の魔本』を決意と共に受け取った。共に前に進むために。




