56.食事会②
テーブルには色とりどりの料理が並んでいた。
アンティパストとして出されたカプレーゼの鮮やかなトマトとモッツァレラ、バジルの香りが食欲をそそる。メインディッシュには、香ばしく焼かれたビステッカ・アッラ・フィオレンティーナが中心に置かれ、その隣には手打ちのパスタ、タリアテッレ・アル・ラグーが盛られていた。
テーブルを飾るワインは深い赤色で、辺りに脳を酩酊させるような色気のある香りを漂わせている。名称が長すぎるのが問題だが、どれも美味しそうである。
私達は私が新たに作成して、こっそりと改善を重ね続けていたテレポートの魔道具を使って、王都に帰って来ていた。そして王都の中でも特に有名な高級店でランチをとるという名目で同じ机を囲んでいる。
久々に見る豪華な料理。ブレメンスに居た頃……特に立場が弱くなってからは舞踏会でくらいしか見かけなかった料理たち。この国に来てからは、サミュエルやクラウスと共に居ることで味わうことが多くなった料理だった。
その美味しさを知っているせいか見ているだけで口の中に唾液が溜まる感覚があるが、私はとある一点が気になって料理だけに集中することが出来なかった。
しかし、クラウスの表情はこれらの豪華な料理に似つかわしくないほど沈んでいた。彼の視線がチラリと私に気付かれないようにだろう、しかし何度も私に向けられるたびに、その重さを感じずにはいられなかった。
なんでこんなところに急に連れてきたのかという不満もあるのかもしれない。美味しい料理を見れば少しは彼の表情も和らぐかと思ったのだが、そんなことはなかったようだ。
ちなみにサミュエルは私に一方的に話しかけてきて少しウザったかったので、素直にウザいと言ったら意気消沈してしまったらしく、黙ってご飯をつついている。これでやっとクラウスと直接向き合える。
「クラウス、貴方最近元気がないみたいだけど何か悩んでいるの?」
出来るだけ優しい声音になるように意識しながら、私は彼に問いかけた。クラウスは驚いたように顔を上げる。私は別に心を読めるわけではないが、クラウスが気付いていたのか?と驚きに満ちた表情をしているのが簡単に分かる。私は彼にどれ程鈍い人間だと思われているのだろうか。
「フィーア……」
彼はためらいがちに口を開いた。なんだか久しぶりに彼に正面から名前を呼ばれた気がする。
「俺はお前が好きだ」
「は……え?なんて??」
クラウスの口から飛び出た予想外の言葉。
先程までは暇そうにパスタを口にいれていたサミュエルは、器官に詰まってしまったらしく小さく嗚咽を上げながらそれを皿に戻していた。汚い。
「好きだからこそ、お前に何か重要なことを秘密にされているという事実が辛いし、それをサミュエルだけが知っていると思うと嫉妬で気が狂いそうになる。なんで、俺じゃなくてこいつなんだ。そんなにお前にとって俺は頼れない存在なのか?こんな男よりも?俺の方がサミュエルよりもフィーアの事を大切に思っているし、大切にしていると断言できる」
「っそれは思い違いじゃないかなあ。僕にとってのフィーアは命を懸けても良いと思える存在だよ」
「は?だがお前にとっての一番はブレメンスの聖女サマとやらだろう。自分で言っていたじゃないか」
「…………どちらも僕にとっては大切なんだ」
「フィーアだけじゃないと公言している浮気男に彼女の事は任せられない。……本当に何故、こいつなんだ」
なんていうか、気まずい。
クラウスはサミュエルを睨みつけているし、サミュエルはサミュエルで私イコールブレメンスの聖女という秘密を口に出せないために浮気男扱いをされている。
後者に関しては正直面白いから放置していても良いのだが、問題はクラウスだ。私としてはクラウスを巻き込まないために、守るために彼に言わなかった事実が、彼にとっての傷になってしまっている。
改めてクラウスを観察してみると、鎧の中身までは見えないが、手や顔は以前よりほっそり……どころかゲッソリしているのが分かった。彼をこんな状態にしてしまったのは、他でもない私だというのは話を聞いていても火を見るよりも明らかである。
「……情けないだろう?好きな女の信頼を勝ち取れずに、何も話してもらえない。しかもきっとお前を支えているのであろうサミュエルにも、厭味しか言えない。こんなやつ、選ばれなくて当然だよな」
まずい。どうするかと悩んでいたら、クラウスがいじけ始めてしまった。
巻き込みたくはないし、しかし秘密にし続けたらサミュエルはきっともっと病んでしまうだろう。
「分かった、話す」
サミュエルが空気を読まずにクラウスを揶揄おうとしているのを咄嗟に察して、そう言葉に出してしまった。
クラウスは私の話すという発言を聞いた瞬間、なんだか泣きそうな顔をしていた。それだけ彼にとっては大きな問題なのだろう。流されてしまったところはあるが、少しだけ気が楽になった気がした――。




