52.ハルトリッヒの目覚め①
「――おい……お、……ろ」
「ん……うるさい」
誰だろうか、とても心地良い眠りの中にいる私に声を掛けて起こそうとしてくる無作法者は。
私は今、魔力と体力、精神力の全てを消費しきっての眠りという最高に起きたくない状況の中にいるのだ。全力を使い果たした後の休息ほど気持ちの良いものはない。無作法者本人はこの心地よさが分からないのだろうか。
しかし声の主の機嫌はどんどん悪くなっていく。
「起きろっつってんだろ!!敵の前で寝るな!!!」
「敵……あ!」
騒音で段々と意識が浮上して、『敵』と言われてハッとする。そういえば私は、ハルトリッヒの治療が完了したところで、眠りに落ちたのではないか。
そして私に今声を掛けてきている相手はそのハルトリッヒ以外あり得ない。敵とも言っているし。
終わった。敵を回復させて眠りこけるだなんて。魔力も体力も底をついているし、殺されたわ。起き上がることは出来るが、全力で対抗したり、逃げたりとなると、かなりしんどい。精々が腰の曲がった老人並のスピードでしか動けない。
ああ、もっと魔道具をたくさん作りたかったな。新しい設計図や魔法式もちょこちょこ準備していたんだけど。死後の世界でも魔道具って作れるのかな。それが懸念点だ。
あと誓いを立てたせいで一緒に死ぬサミュエル、ごめん……なんてついでに思う。どちらかというと魔道具への未練の方が強かったのはあの世で会うであろうサミュエルには口が裂けても言えないな。
死ぬことを確信した……のだが、待ち構えた攻撃はされる気配が全くない。
「……殺さないの?」
「ん?ああ。俺を治療したのお前だろ」
「否定はしないわ」
「俺は自分を治療した結果、ぶっ倒れてるやつを……万全じゃないやつを殺すような畜生じゃねえよ」
殺されると思って、死ぬ覚悟をした自分が馬鹿みたいだ。まだまだ自由に魔道具を作れることに安堵する。
あとサミュエルには後で謝っておこうと思う。彼が道連れになることに私はほぼ罪悪感を感じなかった。ちょっと後で顔を合わせる時に気まずい……私が。
でもこの男、どうやって私が治療したとわかったのだろう。常識的に考えて、目の前で眠る敵が自分を治してくれただなんて考えないだろう。どんだけ頭にお花畑が咲いているんだ。
それに普通に敵対して、命を狙っていたのだから、自分が意識が覚めた直後に敵が目の前で眠りかけていたら即命を刈り取るのが暗殺者(?)としての当然の心理だと思うのだが。
気になったので、顔だけ上げて彼に問いかけた。
「でも、なんで私が治療したと思ったの?もしかしたら貴方の身体で実験してたり、眠らせて変な薬を投与して殺そうとしてるかも?なんて……」
「は?何言ってんだ?治療されてる間、俺意識あったし」
うっわ。カマ掛けて外れたのちょっと恥ずかしい。
というか意識あったのか。普通、あのレベルの魔力切れで高熱が出た状態だと意識を保ってなどいられないのだが。
私ですら、魔力が底を尽きた状態で意識を失った――
「敵地で眠りこけるなんて有り得ねえ。そういう訓練されてるしな。というか敵の前で眠りこける元聖女に負けたとか……自分が情けねぇ」
「……すみません」
……だそうです。私とは受けている訓練のレベルが違うと断言されてしまった。
多分、意識はあっても身体が動かなかったという状態なのだろう。それでは寝ているのと同じだろうと思わなくはなかったが、彼は一応身体と魔力欠乏症を治したと言っても、病み上がりの絶対安静レベルの患者である。
下手に刺激して、激昂からの再度魔力切れなんてことになったら目も当てられない。取り敢えず敵の前で眠りこけたのは事実なので、情けなくも謝っておく。
「もうすんなよ」
彼は誰目線でものを言っているのだろうか。
敵のはずなのに、敵に隙を作るなと言う。私は塩を送られているのだろうか。本当に不思議な男だ。
「はーい」
なんだか敵対しているだのなんだのと考えると面倒くさい思考になってしまうので、素直に返事をしておく。ちゃんと懲りた。もうしない。
その返事に気を良くしたのか、ハルトリッヒはニコリと微笑んだ。物凄く整った顔をしているだけに、笑顔が眩しい。こんな穏やかで優しい顔もできたのか。
いつも微笑んでいれば、暗殺者なんてやって生活しなくても、その辺にいる人達が養って貢いでくれそうなのに……なんて人の職業を否定するような失礼なことを思ったが、口には出さなかった。なにせ彼は絶対安静だ。
「それでは、貴方が目覚めたことを伝えてくるので、これ以降は大人しく魔力回復に努めておいてください」
「……わかった」
おや?素直である。
ちゃんと聞いてほしかったから、真面目なトーンで今後のことについて語りはした。しかし、多分聞いてもらえないんだろうな、すぐにでも魔法を使って出ていこうとするんだろうなと考えて予測し、彼をどうやって気絶させればいいのかと作戦を考えていたのだが、必要なかったようだ。
そうして私はなんとか立ち上がり、よたよたと歩きながら、彼の元をあとにした。




