39.無敵の男②
「っはぁ――なっ、んで……」
「やっぱアンタも他の雑魚共と同じか。クソつまんねー。もうそろそろ終わりにしていいか?」
あれから1時間。
サミュエルもクラウスも帰ってくることはなく、私は一人で戦い続けていた。
そして、私の攻撃は1発も当たらないままだった。どんな上手く魔法を挟み込んでも、剣戟を差し込んでも、罠を仕掛けても、相手に見えないタイミングで攻撃を仕掛けても、何をしても駄目だった。
最初は目視した魔法攻撃を消すだけの特殊な魔法なのかと疑い、次に認識した物理・魔法攻撃を『無効化』するタイプの魔法式を使っているのだと疑った。いくつもの予測をして、様々な対抗策を打った。
しかしそのどれもが外れていた。そして最後の砦であった時間的な条件も今、打ち消されようとしている。大人になって、聖女の力や魔法を完璧にコントロールできるようになってからは、こんな相手は初めてだ。
突破できない悔しさに、相手を睨みつける。
男は汗一つかいておらず、息も上がっていない。そして向こうからは攻撃を仕掛けてこないせいもあるかもしれないが、魔力残量もほぼ変わらない。とんだ化け物だった。
だってあり得ないのだ。こんな長時間物理攻撃や魔法攻撃を『無効化』し続ける魔法など存在しない。まるで息をするように、常に完全無欠の防御壁を貼り続けている様だ。でもそんなことは出来るわけがない。ただの人間にそんな魔力はある筈がない。
「冥途の土産に一つ。きっとお前の読みは当たってるぜ?でもお前にそれを突破するだけの力がなかっただけだ。お仲間さえいれば俺に傷の一つでも――いや、無理か。雑魚は寄り集まっても雑魚だからな。相手が悪かったと怨め」
読み?無効化のことだろうか。
カウンターで氷漬けにされた足が痛い。まだ治し切れていない、折られた肋骨がビリビリする。切られた時にかき回された内臓の損傷が激しい。残った魔力で最低限の治療はしているが、満身創痍になった身体で倒れそうになるのをなんとか耐えながら、考える。これ以上下手に魔力を使うわけにいかなかった。
ブレメンスの人間、特殊な魔法、防御壁、私と近しいであろう化け物並の魔力量、特殊な容姿、刻印――。
そこまで考えて、ハッと気づく。刻印。私にも聖女の刻印があるが、実はこの効果はよく分かっていない。しかしフィオレントではこのような魔術刻印が禁止されている。危険性が高い代物。それは刻む時にも、それを刻んだ人間自身も危険だからではないか。強力――強大すぎる力が手に入る代物。そうでなければ刻印などわざわざ刻む者はいないだろう。
そこまで予測すれば、やることは一つだった。
狙いはただ一つ。あの刻印に魔法分析を集中させ、攻撃箇所のみ、その魔法を強制的に分解する。
「うあああぁぁあああああぁぁああああああ!!」
「おいおい、元聖女様がやけくそか?格好悪いな。まあ、暇だからもうちょい惨めなアンタに付き合ってやるか。ご立派な聖女様の最後だしな」
何度も何度も相手が武器を構えていないことを良いことに、物理で……拳と蹴りで攻撃を仕掛けていく。
男はそれをやけくそだと言ったが、胴体・腕・脚・首・顔、様々な部位に攻撃を打ち込むことによって、少しずつ魔術刻印を解析していく。
剣で切ろうとしていた時も思った事だが、表面をぬるりと滑るような感覚が気持ち悪くて仕方がなかった。
そしてそれを5分程続けて、やっと魔術刻印の分析が完了した。見たことのない魔法式だったが、この魔法式であれば、彼自身の魔力を使いさえすれば触れることが出来る。
私の聖女としての能力であることがフィオレントに来てから分かったものの一つとして、魔力操作がある。
相手の魔力に自分の魔力を同調させたり、相手に同調させた魔力を流し込むことで回復・強化したり、そして相手の魔力を真似て自分の魔力を変質させることすらも出来るのだ。私がこの国に来て、魔力まで変えて変装できていたのはこれが理由だ。普通の人間では絶対に出来ない事。
男は『相手が悪かったと怨め』と言ったが、逆だ。
魔術刻印を分析して分かった。私でなければこの男を倒すことなど出来ないだろう。男にとっての天敵は、私である。そう確信することが出来た。
「ふぅ、宣言するわ。貴方は私に負ける」
無茶苦茶に発していた物理攻撃を中断する。
そして男にニコリと笑いかけてやった。私は既に勝利を確信することが出来たから。
「……は?――あはははははは!!何言ってんだ、アンタ。絶望し過ぎて、遂に気が狂っちまったのかあ!?本当、雑魚ってバカな生きも――ぶっ」
「いつまで喋ってるの?うるさいわ」
私の渾身の力を込めた拳が、そのお綺麗な顔の頬の部分にクリティカルヒットする。男の瞳が、これ以上ない程の驚愕に見開かれた――。




