3.決別
「そうですか、ならご自由にどうぞ」
「ふふ。認めて頂けたようで、何よりです。お・ね・え・さ・ま。それじゃあ、この書類にサインをいただけたら、貴女はもうこの国でもお払い箱になるので、さっさとしてください」
どうぞ、と譲る発言をしてから、話はとんとん拍子に進んでいった。
モリーは一瞬面食らったような顔をした後は、語尾にハートでも付いているのかと思う程に甘い声音で、書類にサインをするように催促する声が飛んでくる。
いやいや、貴女達がこんな場所で長々と気持ちよーく喋ってたせいで、時間がかかってるんでしょう。そう思わなくもなかったが、必要書類を用意してくれているのであれば、こちらも非常に助かる。
ちゃんとこの国と縁を切るのに対して必要な書類が全て揃っているか否かを確認していく。しかし流石、他人を蹴落とすことだけは特異な連中だ。こういう書類に関してだけは抜かりがなかった。これにサインをしたら、私はどんな手を使ったとしても元の立場に戻ることなど出来ないだろう。
この情熱と執念をもっと国事に役立てろよ、と思いながらも片っ端からサインしていった。
野次馬達がそんな私達の姿を見て嘲笑っているのを肌で感じたが、この国との縁を切れるのならばそんな些細なことは気にならない。
公爵家の当主、ひいてはその仕事・権利を一応は血の繋がっている父親に全て譲渡するという譲渡系の同意書類、元婚約者との婚約を解消関連の書類、モリー=トリプレートに聖女の仕事・権限、そして公爵家に伝わる女神の杖『聖浄の杖』など聖女に関する物品の全権利をに任せるための書類、そして公爵家、そして王族には今後一切関わらないという誓約書、この国に所属しているという国籍を破棄するための書類――その内容は多岐にあたったがどれも軽く目を通した結果、私にはなんら不利益はなかった。きっと彼らにとっては、この国を追い出されるという行為が最高の断罪なのだろう。
途中最低限の条件として、今現在聖浄の杖以外の私の部屋にある物だけは私自身のものとするという部分を付け加えさせたが、特に彼らからの反発もなく話はこれ以上ない程にスムーズに進んだ。
実際、躊躇いなく書類にサラサラとサインしていく私を見て、サインさせた側である筈の彼らが逆に戸惑いを感じていたほどだった――。
***
全ての書類にサインし終わると、両親は欲の隠しきれていない下衆な笑みを浮かべながら私をすぐに舞踏会会場から追い出した。妹と元婚約者は既に二人きりの世界に突入しており、此方には無関心だった。
きっと彼女らの頭の中では、逆境に立ち向かい、勝利することで、更に絆が深まった――という最高のラブラブイベントが開催されているのだろう。大体想像がつく。他人を使って気持ちよくなるな!
外に出ると、日は完全に落ち切り、夜の帳がおりていた。そのまま素直にここに来る時にとめていた女神が象られた公爵家の紋章付きの馬車に乗り込む。御者に軽く声を掛けると、すぐに馬車は動き出した――。
相変わらず無駄な大きさの公爵邸の3階、一番奥にある私の部屋。
シンプルなベッドに書き物机、様々な魔法に関する書籍が置かれた本棚、最低限の物しか置かれていない殺風景で小さな部屋だ。ちなみに部屋の中にある扉を開けたらある簡易的なトイレとシャワーもある。公爵家の地下には大きな浴場があるが、それらを使うなという意味で作られたものだ。
重苦しいドレスを脱ぎ捨て、軽い軽装に着替えた後、本棚の中の分厚い本の一つを取り出す。『人体再生魔術応用』と書かれた本。そこに魔力を込めると、それは紙製の書籍から本を模した小物入れに変化した。
中に今までの聖女としての給料で買っていた金などの宝石類が入っていることを確認すると、微笑んだ。何が起こるか分からないから――と用意しておいたものがこんなところで役に立つとは思わなかった。聖女という仕事では、過労死するかと思う程に働いた割には少ない額であったが、一般の騎士よりは貰っていた。そこだけは感謝している。
同じような仕掛けの本をいくつか取り出し、中身を確認しながらバッグに詰めていく。これほどあれば、ここ以外のどの国に行ったとしても、向こう5年ほどは遊んで暮らせるだろう。仕事はその間に見つければ良い。
何処の国に行こうか……公爵家から出て、軽い足取りで歩きながら未来に思いを馳せた――。




