32.聖女の刻印①
クラウスに、資料を確認する前に、起きたのなら風呂にでも入ってこいと言われ、今は浴室でシャワーを浴びていた。
元々住んでいた家よりも2倍程広い浴室。ここはとにかく、浴槽が広かった。前の家の浴槽は足を折り曲げなければ入れなかったが、ここでは足を大きく広げたとしても、縦も横も余裕がある程に広かった。そんな広い浴槽で、クラウスが予め用意してくれていたのだろう、張られたお湯に癒される。この時間だけは何も考えないでいられた。
身体が温まり、心も落ち着いた頃、浴槽から出る。
そして無心でシャワーを浴びた。ふと、鏡に映る平凡になった自分の容姿をなんとなく眺める。色素の濃いこの黒髪。名前も、持っていた白銀も金の瞳も全て捨てたのに、結局柵は捨て去ることが出来なかったのかもしれない。
胸の下から腰に掛けて刻まれた聖女の刻印……まるで薔薇の花のような紋章とそれを囲う聖女専用の楔。女神に刻まれていた魔術式を模した『おまじない』のようなものだと聞いたことがある。
これだけはどう魔法を使っても消せなかった。呪いのようで、禍々しさすら感じてしまう。
鏡のその部分をなぞる様に触れていたら、背後の空気が動く気配があった。
「え……?」
クラウスは私に風呂に入れと言った張本人であるから、入ってくるはずがない。サミュエルは朝からプラッと出かけていて、いつも通りであれば夜中に帰って来るのだろうと思われる。それでは誰が?
咄嗟にシャワーの水を氷魔法で固め、鋭利な武器を創り出す。ただじっと気配を殺しながら、ドアが開かれるのを待った。
しかし目の前に現れたのは――。
「はああぁぁ。今日も働いた――って、え?」
「っあ、ぶな――!!」
氷の刃を首を刎ねるスレスレで止める。あと少しでも判断が遅ければ、彼の首は半分くらいまで切れていただろう。気配でバレてしまうからと、魔法で筋力まで強化していなかったのが幸いした。しかし私は自分の今の格好を忘れていた。素っ裸だ。それは即ち、サミュエルの目に私の裸体とそこに刻まれた『聖女の刻印』が映ってしまっているというわけで。
「その印……」
一瞬の出来事だった。サミュエルはもっとよく見ようとしたのだろう前進してきて。私は既に見られてしまっているのに後退しようとして。そして事故が起こった。私が踵から足を滑らせ、倒れた。
後頭部を強く打ち付けてしまう。それを予感して、目を瞑る。予想外な出来事の連続に、魔法は出てこなかった。
しかし、その衝撃は襲ってこなかった。
サミュエルが咄嗟に私の後頭部を左手で支えることによって、支えたのだ。逆に彼は、肘を地面に打ち付けたのだろう。痛そうな音と共に、彼の呻き声が聞こえてきた。
「フィーア、大丈夫?」
「ええ。支えてくれたお陰で――」
有難う。そうお礼を言おうとしたら、胸の先端に走る感じたことのない感覚。
サミュエルは右手で私の胸を鷲掴みにしていたのだ。しかも中心部の突起を人差し指と中指の間で挟むような形で。
「こんの!!変態がっ!!!」
それに気付いた瞬間、全裸を見られたことや助けてもらったことすらも忘れ、無抵抗なサミュエルの美しい顔を思い切り平手打ちにしていた。




