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8.分水嶺


 2167年 7月13日


「今後の気候変動の影響、今回の事象に未知の知的生命体が関わっている可能性の提示。これらにより各国は足並みをそろえて統合政府樹立に賛同してくれた。欧州連合の反応は早かったよ。

 政治的に話ができるのであれば、血を流さなくて済む。だがここからは綺麗事は抜きだ」


 大統領は会議室にいる面々に、そう言った。

 一同に緊張感が走る。


「宣言と同時に欧州軍は統合軍に編入されることになる。旧NATOの枠組みを復活させる形で全体運用となる。

 次は中東だが、統一国家構想に難色を示すことは明らかだ。我々が盟主の座に座ることに抵抗を持つ国は、いまだ多い」

 

 そこまで言うと補佐官の一人が発言を求めた。

 それに大統領は頷いて答える。


「宗教の自由を保障する形で統合を呼びかけませんか?交渉する余地はあるかと思いますが」


「原理主義者は首を縦には振らないだろう。核でも持ち出されたら、状況が悪化し、流さずに済む血を流すことになる」


「そういう意味ではイスラエルも問題かと。彼らも居住域を広げ、欧州と対立するのは目に見えています」


「欧州からアフリカ大陸へ移民が起これば、現地とは深刻な対立が生まれるでしょう」


「南米はどうしますか?強い抵抗が予想されますが」


 次々に意見とも質問ともつかない言葉が踊りだす。

 大統領は手を挙げてその場を制し、話をつづけた。


「アラブ諸国で協力できそうな国には交渉を行う。そのうえで砂漠の緑化プロジェクトを推進してもらうことになる。

 一方で反発しそうな国には先制攻撃を行い、国の中枢を麻痺させる。核を使う猶予は与えない。与えてはならない」


 そこで副大統領が話を続ける。


「イスラエルには国内の穏健派との話がついています。一部の原理主義者を早急に排除。ユダヤ人居住区はそのまま残す方向で、国自体の解体を行います。

 彼らは簡単に納得はしないでしょうが、一方で世論は落ち着くだろうという見通しです。

 多くの人類にとって、国同士の戦争の時代が終わることを前面に押し出し、統合政府樹立への機運は後押しできます。

 すでに平和主義者たちに接触を図っております。現地で大規模反戦デモが起きた場合、現地政府に対する圧力になるでしょう」


「作戦の流れはどの地域も基本的には同じだ。可能な限り短期で国家中枢を制圧。民衆に対して自由と権利を保障する。救えるのはここまでだ。

 それでもなお抵抗する場合には、排除する。私とて心が痛まぬわけではない。

 だが、放置すればどのみち死んでいく。

 救えるものは救う。そのために犠牲はやむを得ないと考える。

 統合政府に協力的な兵士たちの命は、抵抗する者たちの命よりも、私にとっては重いのだ。

 もしわれわれにも流血を強いるというのであれば、私は手段は選ばない」


 副大統領の話を引き継ぎ、大統領が覚悟を口にする。

 その言葉が本気であることを誰もが感じていた。


 その場にいた軍人が、発言を求めると、大統領は発言を促した。


「中国、およびロシアの残存兵力、主に海上戦力ですが、すでに制圧は完了しております。

 彼らも現状認識し、敵対行動はないと思われます。

 宇宙軍に関しては現在、敵性艦の拿捕を続けております。こちらも大きな抵抗はありません。このまま進めて問題ないかと思います」


「ありがとう。

 では行動を起こすことにしよう。

 明日、アメリカ国民向けに南方への移動政策の説明を行う。

 その後に、全人類に向け統一国家構想を発表する。

 その際の現地の反応を細かく調べろ。

 その結果をもとに、最終的な攻撃対象が決定される。

 これは全人類の存亡をかけた戦いだ。それを肝に銘じてくれ」


 その言葉は大統領が自分自身に言い聞かせているように聞こえた。





 2167年 7月14日


「アメリカ国民に通達します。本日、ここに合衆国大統領の権限として非常事態を宣言いたします。

 期間は最長1年間。定期的に状況を評価し、見直しを行います。

 すでに各種報道などでご存じかと思いますが、ロシアの暴発によって今後大規模な寒冷化が進む見通しです。

 夏にもかかわらず薄暗い空を不吉な予兆と感じた人も多いことでしょう。

 この天候はより悪化し、しばらく続く見通しです。

 すでに今年の秋の収穫は絶望的な状況になってきております。

 政府は全力を挙げてこの危機を乗り越える手立てを用意しております。

 そのために地域ごとに南への移住を実施します。

 政府は爆発事故直後より備蓄と輸送網の再編を進めてまいりました。

 軍を中心に生活基盤の整備は進んでおります。

 我々は何としても生き延び、そして次の世代に我々の歴史を引き継がなければならない。

 そのためには一致団結し、隣人と協力し合い、困難に立ち向かわなければなりません。

 そのために全国民に積極的な協力を要請します。


 周囲の状況を冷静に見て、考えてください。

 ロシアで何が起こったのかを思い出してください。

 今まだ、あのような惨事が起こる可能性があるのです。

 我々はあのような失態は起こしません。そのための準備は進行しています。

 だからこそ、皆さんの協力が必要です。

 不満を感じることも少なくないでしょう。

 合衆国はその国民を保護し、その未来のために全力を尽くします。この政府の方針を、私を信じていただきたい。

 大げさではなく、人類の存亡がかかっています。

 明日、各世帯に南下計画の詳細および同意書を送付いたします。

 内容をご確認の上、1週間以内にご返答ください。同意を頂けた方々には安全な住居、食料や医療を提供いたします。

 同意いただけない場合には、未曽有の事態に対処するにあたり政府は支援を行うことはできません。

 ご返答いただけない場合も、個人の責任において生き抜くことを選択されたと判断し、政府の保護対象から除外します。

 同意しないことを選択する自由はあります。ですがそれは配給・輸送・医療のサービス対象外であることを意味します。


 今一度思い出してほしい。自由とは好き勝手に生きることではなく、未来に対しての責任を担うこと。

 そして認識してほしい。理性によって秩序を保つことでしか生き残れないことを。

 我々の生存戦略は動き出しました。皆さんの賢明な判断を期待しています」


 大統領の放送は決して長いものではなかったが、大きな反響が巻き起こった。

 だが、本当の衝撃が起こるのは翌日、電子送付されてくるその詳細を目にした時だった。



 大統領の合衆国内に向けた演説が終わったのち、5分ほどの間をおいて全世界に向けて大統領が演説を開始した。

 合衆国では続けざまの大統領自らの声明発表をいぶかしむ声が上がり、そして各国では電波ジャック同様の手段で放送されたことに抗議が相次いだ。

 だが、その内容が進むにつれて、世界は沈黙した。


「地球に住まうすべての人々にメッセージを送ります。

 本来であればこのような手段は取るべきでない、それは承知の上であります。

 しかしながら、緊急性が高く、やむを得ず決断いたしました。


 ご存じの方も、ご存じでない方もおられると思いますが、現在、この地球は危機的状況にあります。

 ロシアで起きた爆発により、ユーラシア大陸を中心に30億の人命が失われております。調査が進めばもっと増えるかもしれません。

 悲劇的な出来事です。

 まずは亡くなった方々に哀悼の意を表します。


 ですが、この爆発は悲劇の序曲にすぎません。

 今後数年間、この地球の気候は大きく変わります。

 すでに地球全土に及び始めている日照不足が今後数年で地球全体を包み込み、深刻な飢餓をもたらします。

 低温化が進み、多くの生命が失われるでしょう。

 人間も例外ではありません。

 現在の手元にある科学的資料を分析した結果、今後2年で地球上の人類は半減します。

 その大半が飢えのためなのです。

 残念ながら、これをゼロにすることはできません。

 誰かが必ず命を落とすことになります。その数は正確に予想することはできません。

 20億なのか。それとも50億なのか。

 一つ言えることはこのままでは多くの国々が破綻し、無秩序が世界を覆い尽くす。

 それだけは何としても避けねばならないと考えています。


 私は全世界の皆さんに二つのお願いをしたいと思い、今日このような放送をさせていただいております。

 一つ目は、他者に対して、寛容であることを求めます。

 イデオロギーが違うとしても、崇める神が異なろうとも、その存在を認める。

 認めることがどうしてもできないのであれば、せめて不干渉であることを実践していただきたい。

 自らの信じるものを守ることは、自らのアイデンティティにおいて重要なことです。

 しかし、それは他者にも同じ権利があるのです。表面上だけでも、押し付けないでいただきたい。

 キリスト教徒であろうと、イスラム教徒であろうと、仏教徒であろうと、他者が何を信じるのか、その自由を認めていただきたいのです。

 神の教えを捨てるのではなく、人としてのアイデンティティを守り、神の寛容さを手本にしていただきたいのです。

 もしすべての人々が、どんな形であれ寛容であれば、人間同士の戦争の大半を止めることができると、私は信じます。

 国境のない世界が実現できると、私は信じています。


 地球が抱える危機は地球の急激な環境変化だけではありません。

 今回の爆発の原因となった宇宙からの飛来物に関してですが、現時点の分析から、意図的に地球に来た可能性が極めて高い。

 攻撃の意図があったのかは定かではありません。ですが少なくとも高度に制御され、太陽系外から飛来し、地球に接近したと断言できます。

 これが何を意味するか、私の口からは明言を避けますが、私自身、非常に脅威であると考えています。

 いつ同じ事態が起こるのかは誰にもわかりません。人類は結束し、それに対峙せねばならないのです。


 そこで二つ目のお願いです。

 私は合衆国主導のもと、地球上初めてとなる、統一国家の樹立を目指します。

 細かい制度設計をおこない、十分な話し合いを行ったうえで意思統一を図る。これが本来の道筋であることは承知しておりますが、人類にはそれをするための時間的余裕はありません。

 今決断せねばならないのです。

 世界の人々に問いたい。

 今の生活を維持しようとして、飢えに苦しみ、寒さの中で死んでいくのか、

 統一国家に参加する道を選び、政府のもと保障される人としての尊厳を守り、苦しいながらも生き延びてその後に広がるであろう未来を手にするのか。

 選択肢は他にありません。

 当面は政府の運営は合衆国が担うことになります。ですが、危機的状況が去り次第、各地域の代表による議会の設立と、統治方法の策定に着手することを宣言します。

 現段階でそれがいつからになるとは言えませんが、正しくあるべき姿を目指すこと、世界の人々が等しく、平等の権利のもとに暮らせる世界を目指します。

 不本意であるかもしれません。そうであっても生き延びるために賛同していただきたいのです。


 この放送開始と同時に我々が判断を下す根拠となった資料を、すべての方が閲覧できる形で公開しました。

 賛同いただける場合には速やかにその意思を示していただきたい。

 可能なら1週間以内に。

 繰り返しますが、我々に与えられている猶予は多くないのです。

 統一国家構想に賛同していただき、当面の間合衆国の傘下に入っていただけるのであれば、その国、あるいは地域は、合衆国国内と同じとはいきませんが、可能な限り同じ水準で保護いたします。

 もちろん統一が完了すれば、出身や地域にかかわらず、参加するすべての人の教育や生活は保障されます。同じ水準となるのです。尊厳を守る権利を手にするのです。


 ご賛同いただけない方々には、援助を行いません。

 ましてや反対だけでなく、明確に我々の妨害を行う場合は、敵対行為と判断します。

 全人類が生き延びる唯一の手段として、アメリカ合衆国主導の統一国家の樹立。そこへの参加を全世界の皆さんにお願いする次第です。

 選択をするのは、このメッセージを聞いた皆さんです。

 全世界の皆さんが賢明な判断のもと、決定を下してくださることを、切に願います」


 この放送は全世界に衝撃をもたらした。

 同時に公開された各種の資料は、飛翔体が木星で速度調整して軌道を変更し、その後地球圏に向かう。さらに地球圏で再び軌道変更を行う経過が示されており、話を裏付けることになる。そしてさらには爆発の原因が反物質であることが明記されていた。

 これも直後の観測データと、落下地点付近で収集されたデータが公開されていて、地球外の知的生命体の存在を強く感じさせた。


 捏造と言えばそれまでかもしれない。

 だが、合衆国宇宙局と欧州連合宇宙開発局の連名のある調査資料は、一定の説得力を持っていた。


 翌15日。

 ヨーロッパ連合は米国に対して統合政府樹立への支持を表明。軍の統合政府への編入が発表された。

 同時に外交および軍事セクションを政府より廃止し、事実上の統合が始まる。

 早くも世界の色分けが始まっていた。




 2167年 7月16日 10時 現地時間

 

「土地や牛を捨てろっていうのか?ひい爺さんの代から受け継いできたんだぞ!」


 40代中頃と思われるがっちりした体格の男が、ダイニングの机を叩きながら声を荒げる。

 ワイオミングの州都シャイアンから少し北に行った小さな町リングルの農場の住居でその声は聞こえていた。


「ジャック、仕方ないでしょ。こうしないと生きていけない。今の調子じゃ今年の収穫は望めない。いずれ牧草も育たなくなるって…」


 傍らでジャックの肩に手を置く女性が俯きながら、そう口にした。

 それを聞いているのかわからないジャックに女性は続ける。


「政府は全額ではないけど補償はすると言っているわ。子供たちの安全も考えたいのよ。お願いだから…」


「冗談じゃない。この土地は俺たちにとって命と同じくらい大切なものなんだ。二束三文で土地を手放し、生きて行けると思うのか!」


「ジャック、政府は生きていけると約束してくれている。そりゃ今まで通りって訳にはいかないことは私もわかっているわ。

 それでも確実に生きていけるなら、従うべきよ。子供たちのためにも」


「政府の言う事なんか信用できるか!相手が政府だろうが宇宙人だろうが俺の土地は俺が守る。誰の指図も受けない!」


 そう言い放ちジャックは椅子に座るとそのまま黙り込む。

 女性はその様子をじっと見つめた。


「遠いところで何が起こったのかは私も知らないわ。でも、わかっていることもある。

 この天気がもうどれだけ続いていると思うの?夏だというのに日は照らないし、こんなにも寒い。

 トウモロコシはもう今年は収穫できないわ。ここに残って子供たちの学校はどうするの?医療は?

 私たちには選択する余地なんてないの。解ってよ!」


 ジャックは座ったまま下を向き、女性の言葉には答えない。

 ダイニングに重い空気が立ち込めた。

 どれくらい沈黙が支配した時間が流れただろう。

 女性は一つ、大きく息を吐くとその部屋を出ていった。

 ジャックはその場に一人残される。


 しばらく経ってから、女性はタブレットを手に戻ってきた。

 ジャックの向かいに座り、タブレットをテーブルに置くと、そこに表示されている画面をスクロールさせてから、サインを行う。

 画面には


ー 承認完了。今後の通知は登録世帯にのみ送付されます ー


 そう表示されていた。


「アルマ、お前何を…?」


 ジャックがその様子を見て、女性に声をかける。

 アルマと呼ばれた女性は覚悟を決めた表情でジャックを見つめ、答えた。


「私と子供たちだけでも政府の方針に従うわ」


 その言葉を聞いたジャックは真っ赤な顔になって立ち上がり、ダイニング奥にある引き出しからリボルバーを取り出した。

 銃口は行き場を見つけられないまま、その手にただ強く握りしめられている。


「勝手なことは許さん!お前が出て言うというなら止めない。だが、子供たちは渡せない!」


 アルマは表情を変えずに答える。


「撃ちなさい。ここに残っても未来はないわ。母親を殺した男を子供たちが父親と呼ぶと思うなら撃ちなさいよ!」


 再び時間が止まった。

 二人は視線を逸らすことなく、正面からお互いを見ている。

 リボルバーを握るジャックの手は震えていた。


 おもむろにジャックが銃をテーブルに置く。

 そして顔を伏せたまま扉へと歩き始めた。


「ジャック、どこに行くの!」


 アルマの声にジャックは扉を開けたところで立ち止まり、彼女を見ることなく言った。


「荷物をまとめる準備をする」


 そしてそのまま彼は外へと出ていった。

 残された部屋の中、アルマは声を殺して泣いていた。

 彼女は恐怖を感じていた。

 ジャックにではなく、壊れゆく世界に。

 なんの変哲もない平和が―朝の牛舎と、子供の笑い声が―今まさに失われようとしていることに。




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