軍政長、クラリス
会議の中で、私は軍政長へ昇格した。ですが、貴女は私の事を覚えているのでしょうか。薄く笑い、皆を眺めるお嬢様を見つめながら、そんな事を思っていた。
銃兵隊を率い、お嬢様と戦場を戦い抜いた。それが、遥か過去に思えて仕方ない。席次が上がれど、お嬢様との距離は離れるばかりだ。
「近衛は、本当に必要でしょうか?」
思わず、言ってしまった。このような事を言っても、会議に混乱を齎すだけだと理解しているのに。なぜ私はこんな事を言ってしまったんだ。お嬢様の焼けてしまった首を見た瞬間だろうか?分からない、止められなかった。
お嬢様が静かに私を見る、その内心は窺い知れない。場が一気に張り詰め、皆が私の方を見る。緊張が、肌を通して伝わってきた。
「……ふむ。貴女が言いたいのは、直衛を近衛という部門に再編する必要は無い。そういう話かしら?」
「いえ、違います」
「なるほど。……機密も混ざる話になりそうね。内示も終わったし、一度休憩を取りましょうか」
困惑と緊張が混ざり合う会議室。お嬢様の気遣いを、私は無下にしてしまった。何をしているんだ私は。お嬢様の発言に乗っておけば、領軍側が持つ当然の疑問で済んだ。理性と裏腹に、否定がスラスラと出る。
休憩を取りましょうかと言い、周りを見回すお嬢様に同調する皆。当然だ、明らかに面倒ごとなのだから。ロブに直衛の皆、そんなに暗い顔をさせたかった訳ではないんだ。ミモザ殿、違うんだ。疑いの目で見ないでくれ、お嬢様に対しての忠誠は少したりとて揺らぎはない。
「異論は無さそうね。……ミモザ、皆を休憩室まで案内しなさい」
「承知いたしました。皆様、ご案内致します」
一礼したミモザ殿が外へと向かう、それに追従する形で皆が出ていく。残ったのはお嬢様、私、近衛の皆。当然、空気は悪い。
「直衛……いや、近衛。席を外しなさい」
「……よろしいのですか?」
「えぇ。問題ないわ」
ロブがおずおずとお嬢様へ伺うが、問題ないと一蹴される。近衛の皆も、私を複雑な目で見ながら退席していった。最後に残ったのは、私とお嬢様。恐ろしい沈黙が流れる。何から言っていいか分からず、止まってしまう。部下相手だとこのような事は無い。だが、お嬢様の前だけはどうにもダメだ。
「さて、詳しく聞きましょうか」
「お嬢様、大変申し訳……」
「謝罪はいいわ。申し訳ないと思うのなら、その分本音を話しなさい」
「……ありがとうございます。それで、あの発言について」
お嬢様は真剣な表情で、私を見る。相変わらず美しく、優しさを感じる顔。しかし話すにも、私の中でも色々と整理出来てない。そもそも、言うつもりは無かった。だが、話と提起してしまった以上は言い切る責任がある。何より私は領軍を率いる者、言って退くは無い。
「……我々軍に一元化してはならないのですか?」
「直衛は廃して、貴女が率いる軍側で護衛もやりたいと?」
「はい。総合的に考えた結果として、そちらの方がよいかと考えます」
「ふむ。その総合的、と言うのを詳しく聞かせなさい」
顎を摩りながら私をジッと見る青い瞳。美しく、そして無慈悲な目。身内を見る目では無く、一気に裁定者の目へ変わったのが伝わった。こんな形になってしまったが、ともかく真意は伝えなくては。最低でも、忠誠だけは疑われないように。
「はっ。一つ、銃兵隊の士気向上」
私が一つ目に挙げたのは、偽らざる士気の話だ。この方に嘘は通じない。だからこそ、真実で突く。シリッサに就任してから、我々銃兵隊とお嬢様の距離は離れるばかりだ。軍として強くなっている自覚はあるが、役に立てている実感が薄い。教会の件も、一部の最精鋭だけが動いた形であるし。不満というよりかは倦怠、だろうか。
「事実ね。活躍して貰いたいのは山々だけど、機会が無い」
「その機会として、護衛の役割を与える。いかがでしょう?」
「そうねぇ。……続けて」
「二つ、直衛に対する不信」
先の教会事件にて、我々銃兵隊は役割を完全に果たした。最精鋭を集めた部隊は、奇襲を行った愚者を完膚なきまでに叩き潰した。死者も無く。
しかし、直衛は違う。彼らはお嬢様の命令を犬のように守るだけで、護衛の本義を忘却した。結果として、お嬢様は嫁入り前にして痕の残る怪我を負った。単体の強さとお嬢様の命令にあぐらをかいた結果、何一つ成し遂げられなかった者達。銃兵隊は彼らを信じていたのに。必ず彼らが守ると信じていたから、我々は背教どもと戦ったのだ。その結果がこれだ。
「……私の命令だった、それでも不足?」
「護衛の本義は即ち、護る対象を衛する事です。それを果たせなかった護衛に、何の価値がありましょうか」
「令を捨てても、命を護れと」
「仰る通りです。頭がどれほど優秀でも、両足で立てば足裏は見えません」
「足裏の針に気付くが部下である、か」
「その通りです」
相変わらず、お嬢様は聡明だ。意図を適切に汲み取って下さる。されど、完璧な指導者など存在しないんだ。お嬢様は政治の効用を見る余り、自身の安全を蔑ろにしてしまった。昔から、その気配は持っていた。西方鎮圧の時にも、ここで押さなければと前に出る事が起こっている。完全な死地とは言わずとも、危険な橋を渡る事は何度も起こっていたんだ。私に責任が無いとは言わない、だが気付くべきなのは直衛なのだ。それが直衛たる彼らの役割なのだから。
「一理あるわね。されど、身辺警護はまた違う種類の軍務と言えるわ」
「護れぬ者よりは役に立つでしょう」
「そう言われてしまえば、弱いのよねぇ……」
語尾を伸ばしながら、両手を外に向けて首を振るお嬢様。道化のような仕草でさえ、絵になる。いやそんな事は今どうでもいい。直衛の皆を失脚させて成り代わりたい訳じゃないはずなんだ、私は。だが、ここまでの話の全てが、彼らを糾弾している。スラスラと言葉が出てくる自身に恐怖さえ抱いている。西方鎮圧の際、彼らも一緒に戦ったというのに。ロブやモーリス、デレクとは仲間で、イリルやシーラとは友人なんだ。友人の筈なんだ。
「さ、続きはある?」
「三つ、身辺警護の厳重化」
教会事件の後、ベッドへ静かに寝かされていたお嬢様。私の胸に去来したのは一つの実感だった。
お嬢様とて、死ぬのだ。死地を切り抜け、窮地をやすやすと超えて見せるこの方だって、何かの拍子で命を失い得るのだ。戦場で生きていた私が何より、知っていた。戦場の無慈悲は、お嬢様だって例外にしないのを実感してしまったんだ。
「まだ足りないと?」
「足りません。あらゆる危機に対応するには、我々銃兵隊が付くべきです」
「……言い切ったわねぇ」
「魔甲騎兵がどれほど優秀であろうとも、五人では不足と愚考します」
「懸念してるのは数?質?」
「これまで我々は質が担保されていると考えておりました。ですが、その前提が崩れたと言わざるを得ません」
「貴女達なら、両方をこなせると言いたいのね?」
「はい。銃兵隊は百人を擁し、知っての通り質も担保されております」
「それも、事実ね」
ダンジョン産の武具で全身を固める魔甲騎兵に対し、我々は魔法と特殊な銃を使う。用兵で見るなら守りの魔甲騎兵、攻めの魔法銃兵と言える。故にこれまで、護衛の視点で言えば、魔甲騎兵たる直衛の後塵を拝していた。しかし、シリッサ就任で求められる能力は変わったと私は見ている。彼ら直衛がしっかり守っていたが故に、多くは語らなかったが。
「更に、シリッサでは護衛に求められる能力も違うと見ております」
「ほう?」
「ここは都市です。平地では無く、入り組んだ住宅や区画が戦場となっております」
「そうね。実際、高さや角を使った攻撃が多いわ」
「我々は、様々な角度の攻撃を想定できます」
「まぁ、そうね」
我々銃兵隊はそもそも、西方鎮圧の頃より襲撃や狙撃を本分として戦っていたのだ。故に狙われやすい場所、襲撃予想地点やタイミングも彼らより、よく知っている。直衛や護衛の皆に伝えることである程度は対策できるが、その瞬間の判断は知っていなければできないはずだ。
「何か起こってからでは遅いのです。我々なら、起こる前に対応できます」
「……言い分は理解した。続きはあるかしら?」
「…………いえ、これで全てです」
もう、思いつかない。冷静に考えればまだあるだろうが、今の私の状態では出ない。そもそも、用意周到に準備した話ではないのだ。促されるがままに、全て話してしまった。これで、よかったのだろうか。
お嬢様は少し考えるように黙り込んでいたが、やがて私の方を再度見た。その目に、相変わらず迷いはない。
「さて、まず一つ……。貴女、元々言う気無かったわね?」
「……お察しの通りです」
「あら、やっぱり。珍しく、語りが熱っぽいんだもの」
「見抜かれておりましたか」
「そして、全部本音ね」
「……はい」
「よろしい。まずは感謝を伝えさせて、クラリス」
「なぜ……?」
不思議な事をいうお嬢様に、よく分からなくなる。私は場の空気を壊し、直衛を失脚させようとしている者なのですよ。処断されたとて、文句は言えない。当然、言う気もない。
「軍務の長、取れた手は幾らでもあるでしょう」
「それは、そうですが」
「されど貴女は、この場に臨んで対話を選んだ。私はそれを嬉しく思うの」
取れた手など、幾らでもある。お嬢様の言う通りだった。だが、それは忠に反する。何より、私自身は絶対に忠誠を捨てないと誓っている。西方で戦い抜いた、あの時からずっと。
「当然です。お忘れかもしれませんが、私も貴女様に忠を尽くす者。例え騎士で無くとも、忠誠は負けません」
「一瞬たりとも忘れたことは無いわ。……出会った日でさえ、今も思い出せるのよ?」
「私も一緒です」
「よかった。……整列した銃兵隊の中で、貴女は一際不機嫌だった」
「あの頃は、色々ありましたので……」
「コルドー会戦、覚えてる?」
「今でもお嬢様の雄姿を鮮烈に覚えております」
「気持ちで押し切らないと負ける戦なんて、もう勘弁して欲しいわ」
兵数不利、どうにか騎兵が後方を潰すまで士気を維持しなければならない状況だった。お嬢様が最前線に飛び出たのは、あの時だけかもしれない。身体は小さくとも、その一言は何よりも偉大だった。
「退くな!押せ!私は傍に居る!……齢15そこらで出せるモノではありません」
「必死だったのよ、とにかく」
「違いありません。我々も同じでした」
「直衛の皆が、最前線にいる私を見た瞬間、鬼の様に強くなってねぇ」
「お嬢様が後方に居る前提で、直衛は騎兵を率いて敵の後方から突っ込んだんでしょう」
「えぇそうよ。二度とやらないでくださいってロブに言われたわ」
「でも、やらなければ勝てなかったと仰ったらしいではないですか」
「そうそう……だから、今回は従ってくれたのよ」
「…………やらなければ勝てない戦いだったと?」
「私はそう、思っていたわ」
こう背景を伝えられてしまえば、もう私から一気に言える事が無くなってしまった。卑怯でしょう、お嬢様。成功を盾に取り、失敗した。新人の将がやるようなそれ。いやに、お嬢様が人間らしくも見えた。
ふつふつとしていた情念が、一気に落ち着いてしまったのが分かった。完全に許したかと言われれば違うが、それでも近衛解体はもう必要性が無くなってしまった。そもそも、お嬢様が全て責任を背負われてしまえば、臣下たる私は何も言えない。でも、言わなければならない事は言うが。
「……出過ぎた口を叩き過ぎた事を、謝罪いたします」
「構わないわ。銃兵隊の士気、近衛への不信、警備厳重化。全て、議論するべき話よ」
「ありがとうございます」
「近い内に近衛、領軍と話す必要があるわね」
うんうん、と頷きながら何かを手元の紙へ書き留めるお嬢様。すっかり毒気を抜かれてしまった私。やはり、お嬢様は凄いものだ。私を叱責や、直衛を処罰するのではなく、静かに諭す。それが出来る人間は少ない。
「……お嬢様」
「何かしら?」
「これからも、変わらぬ忠誠を貴女へ捧げます」
「ふふ……その忠誠、裏切らぬように務めるわ」
「そして、この様な私でも引き立てて下さり、心より感謝いたします」
「私がその席に足る者であると判断したのよ。貴女の在り方を、私は好ましく思っているもの」
「……ありがとうございます」
「勿論、能力もあるけどね」
からからと笑うお嬢様。身振りの動作一つ一つが、私の心へ響く。この期に及んで一つ、自身の感情に気がついた。
「さ、皆を呼び戻しましょうか。全体会議はまだ続くわよ」
「そうですね」
どうしようもなく羨ましかったのだ、お嬢様の傍へ常に居られる直衛達が。だが、お嬢様は私達を思って下さる。ならば、これからも。少しばかり、いやかなり羨ましくはあるだろうが。
ハンドベルを鳴らすお嬢様を見ながら、思うのはただ一つ。
───忠誠を、捧げます。




