かんたん統治
テーブルを挟んで対面する私とカミラ。何となくカミラの顔を見た。若干の垂れ目と微笑のセットが私を見返してくる。人を疑わないタイプの善性、貴族教育済みの上に頭の回転は優秀。まともな場所に配置すれば、順当に優秀さを発揮してくれるはず。
スコーンにジャムを乗せ一口齧る、香ばしい小麦とカシリスの甘酸っぱい味。美味い。そもそもこの人、シリッサ領主代行なんですよね。私も皆も忘れがちなんですが、私はフェロアオイ公爵家領の北西部統括です。だから辺境侯爵位を持ってるって話で。シリッサ領主は名目上メーザリー家なんすよ。私がその上位管轄のトップだから実質的にシリッサ領主やってるって話。実際、私は領主様って呼ばれがちですし。ややこしいっすね。
茶を飲む、鼻を通る清涼感。美味しい。つまるところ、私がどこまでシリッサの面倒を見るのかって話に繋がる訳。改革がコケなければシリッサは跳ねるだろうし、そうなると実家的には大変だ。巨大な王国を七分割する七大公爵家ですからね……勢力均衡とかあるんです。でも私を西北部に飛ばした実家が悪いのでは……?まぁいいや、現実に戻ろう。
「さて、挙げてくれた条件の補足ね」
「はい、お願いいたします」
「まず一つ目。物が売り買い出来なければ人は集まらないって話から行きましょう」
期待と頭を回す準備が整っている顔。プレッシャー上がるわ。前提として、売る物と買う人間が取引を行う。私はこれを経済の最小単位と見ている。違ってたらすいませんって感じ。
「はい」
「纏めてしまうけど、言ってくれた条件の一つ目と二つ目には強い関連があるのよ」
「と、言いますと?」
「市場自体が輸送し易く、物が届けられる場所に発生する。つまり、強い輸送能力を持った立地、川や海は市場の条件を満たすわね」
「なるほど」
そういう場所には必ず人が集まり、売買が生まれるはず。多分。都市の前提として、他の土地より届けられる物と人の数が多い事が挙げられる。都市の起点は常に立地と、物が集積する場所。大都市レベルになると、川沿い海沿いが多いはず。シリッサも港だし。
「二つ目の条件も結局、水の持つ輸送能力に帰結してしまうのよね」
「そう、なりますね」
とはいえ折角挙げてくれたし、少し川や海の話をしましょうかね。シリッサの領主代行として抑えておいた方がいいのは間違いないだろうし。でも盲信して欲しくは無いんだよね、難しいね。
「まぁ、河川と海洋の話もしておきましょうか」
「是非、お願いいたします」
「鵜呑みにはしないで欲しいんだけど……そうね。川の話から行きましょう。上流には山があり、下流に向かうにつれて森や平野、農耕地が生まれることが多いわ」
「確かに……?」
「川自体が山から海に下っていく原則を持つ。一旦、ここだけ抑えていてくれればいいわ」
「ありがとうございます。シリッサも事実、水運無くして成立しません」
船は馬車の比にならない輸送能力を持つ。そして、故障率も陸路よりマシ。最悪、漂着すればいいもの。上流で取り、下流で加工する。狭い場所から広い場所へ。下流でご飯を作りつつ、上流の資源で発展する。古代からの黄金ルートね。
「次は海の話。海は資源そのもの、海産物や塩。これだけでもう強いわ。塩無くして人はなく、食無くして人は生きられない」
「仰る通りです」
「その上、船を作れば海流や風に沿って海岸線沿いを動ける。こっちだと規模も大きく出来るし、渡れる範囲も広いでしょう?」
「風や海流によりますが、川より規模が大きいのは間違いないかと」
「そして、交易が可能となる。交易は文化を育て、文化は統治において弾性を持つ」
「交易が文化を育てるのは間違いないです。申し訳ございませんが、統治においての弾性……とは?」
「結論から言うと、民が揺れにくくなる。言語、音楽、絵画……自分が居る社会への誇りが高まる訳」
「確かに……」
考え込むカミラ。ちょっと待った方がいいか。あぁ後、軍事的に見れば包囲に強くなる。船と兵で囲むのにどれだけの資源が必要なのって話、海上封鎖なんてねぇ?凄いわよ?
「……大丈夫かしら?」
「少し、お時間を頂けると有難いです」
「いいわ、時間はあるもの」
「感謝いたします」
パクパク、コクコク。結構一気に考えて話したから疲れたわ。起き抜けにして疲労、これが虚弱体質か……。そもそもちみっこいままだし、お人形さんですわよ私。一部間違って焼けてる傷モノだし、ジャンク品か……。言ってて虚しくなって来たわ。やけ食いするにも胃に入らないんす。悲しいね。
しばらく思考の整理をされておりましたカミラ。紙に書き出したり、幾つか質問が飛んで来たり。なんとなく私が答えて、またカミラが考える。気がつけば、外が暗くなってきてました。
「カミラ、大丈夫かしら?」
「えぇ、大丈夫です」
「無理しないように。泊まると言うなら、続きは明日でも構わないわ」
「いえ、続けて下さい」
「そう……」
別に明日でいいんですけども……。続けると言われてしまえば、続けるしかない。最後なんだったっけな。あ、統治機構の話か。結構本題感あるよね。
「確か……三つ目は統治の話ね」
「はい。優秀な貴族が必要であると考えます」
「そうねぇ……」
ぶっちゃけ統治できるなら貴族である必要は無いんすよね。これ言っちゃうとヤバすぎるから絶対言わないけど。反貴族主義者と思われるのは、絶対に避けなければ。教会とは既にアレだし。
「まぁ、優れた統治者は必要ね。資源の配分、都市の統制、経済活動の促進、組織の調整、やる事は多い」
「本当に、難しく思います」
「まぁ、今の要素を総合的に考えられる頭脳を持つ人は多くない。私も別に完璧じゃないもの」
「ご謙遜を……」
ちゃんとヒイコラ言ってるわ毎日。考えること多過ぎて頭爆発しそうっすもん。あれを立てればこちらが立たずって感じ。
「個人的な考えとして、統治に求められる能力は圧倒的に思考を繋げる力だと思うわ」
「思考を繋げる力ですか。先程仰られた、思考を総合的に持つといった事でしょうか?」
「そう。政治を見ながら経済を、経済を見ながら金融を、金融を見ながら軍事を見る。全部8割ぐらいは何となくわかるってのが理想ね」
「なるほど」
「正直、実務能力はその副産物と見ていいと思うわ」
英雄やカリスマがよい統治者と語られる事が多いけど、彼らが成立するのは強靭な下部組織がある事だと思うんですよね。会計や民度が終わってる部下が多いと、指示や統制が緩む。だから、強靭な組織を作るには一定の恐怖が必要と見ているのよねぇ。舐められないって大切なんすよ、悲しい事に。
「中々、難しいですね」
「私もそう思うわ。結論として言うなら、必要を正しく見抜く力が一番大切ってことね」
言うだけなら本当に簡単なんですけどね。まぁこれが一番難しいんだけど。やれなきゃ待ってるのは反乱か失脚かって感じなんで、常に綱渡りではあるんすよね。やってらんない。でもやります。責任なんでね。
「……」
「さて、どうかしら?補足になった?」
「……ありがとうございます。補足以上の、解説を頂きました」
「そう感じてくれているなら嬉しいわ」
けっこう適当につらつら話しただけなんですけど、何か役に立ってるならいいや。この辺は私もよく考えるし、少しだけでも伝われば御の字かな。
「しかし、よく考えたわね。いい発想よ」
「そう言って頂けて嬉しく思います。……夫の考えは、間違っていなかったのですね」
「……なるほど、そうだったのね」
なるほどではないが?故メーザリー卿の考えかよ!いや別にいいんですけど、こう、私がお墨付き与えちゃった感あるじゃん。大筋は合ってると私も思うけどさ。いきなり言わないで、心臓に悪いから。まぁ謀殺喰らったメーザリー卿から色々聞いたり学んだりでしょうね。カミラ自身はあんまり言わないけど……。私の赴任時から頑張ってはいましたからね。
色々調査する中で分かったんすけど、殺られたメーザリー卿も改革やろうとしたらしいんすよね。結果はまぁうん……。力無くして、改革は難しいってこったね。生きてればいい補佐になってくれただろうに。
「試すような形になり、申し訳ございません」
「構わないわ。話せるようになったのね」
「はい。少しは前を向くべきなのでしょう」
お疲れ様です。いきなり人を喪う、しかも謀殺だしねぇ。よく整理が付いたというか、私なら多分あっさり折れてるぞ。いや私は謀殺される側か……。勉強会と銘打ってメンタルケアに務めた意味はありましたね。善人が酷い目に合うのはねぇ。私も人間ですし。粛清?連座?いや、あれは必要なんでしょうがないっす。
じゃああれだ、これまで伏せてたメーザリー卿謀殺に関する話も少しは話して大丈夫かな。この辺デリケートだしちゃんと黙ってたんですけど。
「……無理はしないように。領主の重責、貴女は理解しているでしょうけど」
「勿論です。リードラル卿に随分と甘えてしまいました。申し訳ございません」
「必要な休息でしょう。謝る必要は無い」
「ありがとうございます」
「休息と呼ぶほど、休んでも無いでしょうに」
最終決定権とか計画系は私が全部握ってますけど、行政手続きとか実務系は結構やってましたよね?ワーカホリック怖いわぁ。私なら甘えた上に、しっかりダラダラしますわよ。後は託したってなっちゃうわ。
「全て卿に押し付けては、メーザリー家の名に泥を塗ってしまいます」
「真面目ね。……次の全体会議、組織の再編を行うわ」
「……そうでしたか」
暗い表情のカミラ。えっそんなに再編で忙しくなるのが嫌なんですか?ギルド解体は大事業とは言え、早速嫌がり過ぎでは。私もめんどいけどぶっちゃけ。腐敗酷いし、近代化の障害でしか無いんで解体するしかないんすよ。あっそういうこと?
「言い直すわ、再配置ね。そも人材不足だもの、解任は考えてないわ」
「そうでしたか……!」
明らかにホッとするカミラ。私の側近はちゃんと信じられる方々ですからね。屋敷メンバーとか特に。ある程度任せられる人間は多くないし、この辺消すと一気に恐怖政治に変わるからな。必要なさ過ぎますわね。
「これから更に忙しくなるわ。私も含め、頑張らなくてはね」
「ですが、頑張り過ぎるというのも身体に毒でしょう」
「……痛い所を突くわねぇ」
「僭越ながら、卿はまだ19です。無理をする歳ではございません」
「それ、ミモザにも言われたわね……」
「私からも重ねて、釘を刺させて頂きます」
働くなって言われても、誰が代わりにやってくれるのよ。近代化の陣頭指揮、腐敗貴族やギルド、ギャングの統制とか出来るの?間違えれば民が死ぬ。中途半端な改革が一番危ないのよ。常に影響力を持っていなければ、私もどこかで消えるでしょう。クレアに言われずとも、最後まで責任を果たすわ。生きる為でもあるし……。めんどいっすね。まぁいいや、お腹空いた。
「……夕食、まだだったわね」
「茶菓子を頂いたとはいえ、まだ空腹です」
「ふふ……私も」
薄暗くなった部屋、またハンドベルを鳴らす。ノックの後に入って来たのは、さっきと同じメイド。飯の準備して貰わなきゃねぇ。お腹空いたわ。
「お待たせいたしました」
「食事の準備を」
「承知いたしました」
一礼して出ていくメイド。さて、ご飯が出来上がるまで何を話すかね。ニコニコ顔で私を見ているカミラ、やっぱり威厳が無いわね私……。
「さて、今暫く時間があるわね」
「ですね。……先程のお話について、幾つか質問をしてもよろしいでしょうか?」
「勿論、構わないわ」
「ありがとうございます!」
夜は更けていく。謀殺の犯人関連が全部割れたら、カミラに伝えるべきかどうか悩むな……。まぁ十中八九、奸臣か港湾ギャングだろうけどさ。違う意味で頭が痛いかもしれない。まぁいいや、今は内政の話だけ考えよ。
そんな事を考えながら、火魔法でろうそくに火を付ける。流石に暗いからね。
───ろうそくの火が、ユラユラと二人の間を揺れていた。




