過労貴族
「目が霞むな……」
ぐしぐしと目を擦る私。うーん、疲れ気味か。今日も今日とて執務です。エブリデイ執務、執務エブリデイ。視察、執務、会議。19にやらすなよな、こんなの。もうそろそろ20になりそうなのに、やってることは5年前ぐらいから変わんないんだよねぇ。はい、やります。
とうとう冬は去り、春がやってきた。教会事件から一ヶ月ぐらいか、ボチボチ経ってますね。窓から射す日も、随分と優しくなりました。こういう日は中庭の散歩とかやりたいんすけど、今日はそういう訳にもいかないのよね。
「来客は楽でいいわぁ……」
はい、来客のご予定ですね。教会とかギルドはアピールも兼ねて私から行くんですけど、今回は貴族。初回は私から行ったけど、ぶっちゃけ地方貴族程度じゃ格下でしかないから仕方ないね。私に足労させるんですか?貴族はとっても縦社会なんです。現代に比べて死ぬほど理不尽に強いですからね。助かってますほんと。
でも、家格無かったらもっと適当に生きられたか……?いやあれだ、結婚ルートになるからダメだわ。出家して冒険者?いいとこゴブリンに襲われて負けるレベルの雑魚冒険者でしょ。私はひ弱だぞ。最近もまた先生に抱きしめられて、普通に死に掛けてたから間違いない。ミモザとロブにシバかれてたわ、当然です。
「不敬も時に必要な資質ねぇ」
誰も出来ないぞ、ほんと。シリッサ来る前後で何か吹っ切れたんでしょうね、強くなったよ先生は。未だに私の口出しでアワついてるけどね。はは。
とか思いながら、書類の山から一枚手元に寄せる。あ、基礎学校の報告来てるわ。場所の策定ね……なるほど。小教会や教会併設の孤児院は流用すればいいけど、市街とスラムは難しいなぁ。空き家借り上げの寺子屋方式が丸いか。まぁ、また相談かな……。建て直しとか、新規工事は数の都合上キツいんですわよ。借金もそろそろ実家に怒られそうだし……。粛清、監督官、複式簿記で税収は健全化したし、輪栽と高炉でモノは増えてるけど。検地、銀行、国営工場、治水、街道辺り全部やりたいなぁ。人、モノ、金。全部足りないよ。そもそも全部国家事業って?知ってる。でも必要なんすよ。
「区画は可、既存建築を流用する方向で要調整……と」
全部一から十まで口出して、ってのは無理だからね。とはいえ再調整の手間を考えると難しい。でもなぁ、後進の育成もあるし……。私が居なくなっても回る都市になって貰わないと、先に私が過労死するぞ。
一通り目を通して、色々書いた後印鑑を押す。管理職って暇じゃないのよね……。適当なこと書いたり言ったりすると、下はその通りに動こうとするからな。ヤバいってのを伝えて貰うために、優しさが必要って話もあるのよね。舐められない程度の緊張感、発言できる程度の寛容さを同居させるのが必要なんすよ……。怠いっすね。やるしかないんですけど。
「……お嬢様、お客様です」
「通しなさい」
新しい文書を手に取ったタイミングで、ドアのノックとミモザの声。来たかぁ。
「失礼いたします」
「リードラル卿、ご機嫌麗しゅう」
「ご機嫌麗しゅう、メーザリー夫人」
席を立ち、お久しぶりなカミラを迎える。私が寄ると、カミラは綺麗なカーテシーを見せました。スカートの摘まみ方、開きの角度も大変丁寧。私も丁寧にカーテシーで返す、実家で死ぬほど仕込まれましたからね。この程度出来ないと公爵家令嬢名乗れないっす。身体を曲げずに、足だけ降ろすイメージですかね。ムズいんすよ、意外と。
「どうぞ、座って」
「ありがとうございます。……僭越ながら、ご調子は大丈夫でしょうか?」
「……悪く見えるかしら?」
「白く塗っておられますでしょう。薄くとも、私には分かります」
「……よく分かったわね」
マジで分かり辛くしてるのに、よく分かるな。鉛抜きの奴をちょこーっと塗ってるだけなんだけど。祈祷や魔法のお陰で、みんな肌綺麗だし……。当然使用率も低いから、バレないと思ったがねぇ。
「私も使っておりましたので」
「あぁ、なるほど」
「それで、ご体調は……」
「少し疲れてるだけ、気にしなくて大丈夫よ」
「その言葉も、私が使っていたものです」
えぇ……。過労フレンズなんてお労し過ぎない?いや、私のシリッサ赴任でカミラの負担が落ちて楽になったから私だけか……。メーザリー邸のお掃除もめんどかったからねぇ。使用人の三割ぐらいは天の御許へ送られたんじゃないかな。意外とカミラの傍仕えはリストから外れたのよねぇ。あ、筆頭家政のケネス君はリスト入りでした。はい、色々吐かせてから消えてもらいました。情報も一通り吐いてくれたし、非常にいい人でしたね。
「勉強会が終わった後に、少し眠るわ」
「今、少しだけでも眠りませんか?」
「え?」
「この後のご予定は?」
「これが終われば執務ね……」
「では、時間がありますね?」
「いや、あの」
「私は大丈夫ですので」
押しが強い!この人、先生に近い何かを感じる。前からこんな感じなんすよ。余りにも可哀想ってのと文官不足で、カミラと統治勉強会を定期的にやってたんです。丁寧なんですけど、女性特有の意志の強さ。まぁ長所なんだけど……。こういうのに弱いんですよね私。
「夜になっちゃうわよ」
「泊まります」
「本気?」
「はい」
綺麗なほんわか顔、されど声に芯がある。そしてカミラの優しい目に宿る強い意志。えっ本気じゃんこの人。ちょっと待って。
私が素直に困惑していると、カミラが机の上にあるハンドベルを鳴らした。チリンチリンと音がなり、少ししてドアがノックされる。あのあの?
「如何されましたか」
「今日はこちらに泊まる、と私の御者へ伝えて」
「……承知致しました」
入って来たミモザ。一瞬こっちを見たミモザ。私の目線を無視してカミラの話を聞くミモザ。そのまま退出するミモザ!酷い、主人だぞ私は。公爵家だぞ……辺境侯爵だぞぉ……。
「……これで、憂いはありませんね?」
「ですわね……」
「では、どうぞ。私の手を取って下さい」
差し出される手、半ば強引にベッドに連れていかれる私。あれよあれよと緩められた服、寝かされて布団を掛けられる私。
あの、そんなに目に穴が空くほど見られても……。むしろ、視線を感じると寝られないタイプなんですけど。
「目を閉じて下さいな」
「……あの」
「……瞬~く星に~抱えた~夢を」
子守歌まで始めちゃったよこの人……。悪意が無いからどうにも断り切れず。これ、私眠れるの……か……
「星が~照らして~くれる~でしょう~」
やば……ねむ…………
「……もう寝ちゃったわ。本当に小さくて、綺麗な子。……こんな傷まで負って、……ねぇ」
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いい匂いが鼻に届く、カモミールの香りか。ぼんやりした頭が少しずつ動いてきた。……ん?
「……結局、眠ってしまったのね」
「可愛い寝顔でございました」
「満足そうね」
「それはもう」
あんまり人前で寝ないんですけどね、私。疲れ過ぎってのは怖い。カミラめ、のんびり茶なんかシバいちゃってさ、畜生。橙色の視界を見る限り、夕方まで眠ってしまったらしい。アフタヌーンティーするかぁ……。
ベルを鳴らすと、茶髪でたぬき顔のメイドが入ってくる。ミモザは普通に忙しいか。
「私の分もよろしく」
「承知いたしました」
一礼して、そのまま出ていくメイド。それを尻目に見ながら、生暖かい目を向けるカミラの前へ座った。なんか娘扱いされてないか???いや、メーザリー伯爵家に世継ぎがいないのは知ってるんですけど……。こう、そのせいでやりにくいというか……。まぁいいや。
「……さて、前はどこまで話したかしら」
「もう始めて大丈夫なのですか?」
「えぇ、勿論よ」
フッと私が笑うと、カミラはふふ……と笑ってきた。昔に比べて、陰が随分薄くなったわね。いい傾向ですわよ。
「前回は確か、発展できる都市の条件を考えてくるように。で終わっておりました」
「そうだったわ。さ、夫人の考えを聞かせて頂戴」
「僭越ながら……条件は幾つかあるように考えられました。一つ目の条件は活気のある市場、二つ目は川や海に近い立地、三つ目は優秀な貴族です」
「ふむ、詳しく聞きたいわ」
いい線行ってる気はする。詳しく聞きたい所ですね。てか、お飾りから数年でちゃんと考えられるようになってるのは偉大ですわね。私ならもうどうにでもなーれってなっちゃってるぞ。
「一つ目は言うまでもありませんが……。物が売り買い出来なければ、人は集まりません」
「そうね、続けて」
「二つ目は立地です。川も海も船が通れます、都市が大きくなるのに必要と考えます」
「なるほど」
「三つ目は治める貴族です。上が駄目なら、下が上手くいくわけがありません」
「確かに」
まぁ仰る通りですね。ほんとそう。物流、市場、統治。人類って括りの中に生きる限りは逃げられないんだよねこれ。大枠は合ってる気がするし、補足ぐらいでいいか。
「……いかがでしょうか?」
「大枠として、悪くないわ」
「なるほど……?」
「補足ぐらいしかすること無いわね」
「……ありがとうございます!」
やった!って感じで嬉しそうにするカミラ。無邪気の中にも気品があるって不思議だ。それで、どう補足しようかなこれ……。下手なこと言えないし、ある程度上の段階を出せないといけないんですよね。無邪気な期待の視線が痛い。
どうしようかと考えていると、扉がノックされる。お茶が来たか。今日はカミラと話して終わりでいいか……。明日進捗は取り返します、はい。喫緊のがあれば叩き起こされてるでしょ。
「入室してよろしいですか?」
「えぇ、入って」
「失礼いたします」
さっきのメイドが追加のティーセットにスコーンを持ってきてくれました。若干小腹も減ってるしありがたいっすね。テキパキ準備をして、そのまま一礼して去っていくメイド。
起き抜けのお茶を楽しみながら、何を話すかと考える。別に私の考えも正しいって訳じゃないからなぁ。しかも普通に難しい話だし……。ノリでカミラに課題を投げたちょっと前の私よ、恨むぞ。
「……美味しいわね」
「流石、フェロアオイ公爵家の使用人ですね。随分と美味しいお茶を頂きました」
「そう言って貰えると嬉しいわ」
ニコニコと笑うカミラ、ティーカップを持つ作法もしっかりしてんな。地方貴族で酷いのだと、ティーカップ握ったりする奴いるからな……。摘まむ感じでやってくださいな。
てか、ちゃんと優秀な人に何を言えばいいんだこれ。最初の頃は向こうが全然知らなかったから楽だったんですけど、どんどん吸収されて私が大変になってしまったぞ。先生もこんな気分だったんだろうか。すいませんねいつも。
───まぁ何か、絞り出してみますかね……。




