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祝福の花吹雪をあなたに  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)
2章 王都にむけて

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20話 異臭

「扉は打ち付けられていたんだろ? いつもはどこか別の場所から入れるのか?」


 伸びをして壁の側面を見る。作りも仕様もぞんざいではある。きっとどこか、板が外れて出入りができるようになっているんだろう。


「ここで、若者たちは、何をしますの?」


 気づけばセトが二人の背後に立っていた。きょとんとした紫色の瞳で小首をかしげた。


「不純異性交遊とはなんですの」


 困惑するディーンより先に、リンゼイが、しれっとした顔で答えた。


「愛を語らってたんだよ。寝る間も惜しんで」

「まぁ、それは素敵なことですわ!」


 セトが華やいだ声を上げるが、リンゼイは鼻を鳴らした。


「あのね、セト」


 リンゼイは顔を近づける。

 腰をかがめ、セトの鼻先で視線を合わせた。


「女の子を口説いたり、『愛を語らおう』とするときに、場所を選ばない男ってさ。サイテーだよ」

「どういうことですの」


 目をしばたかせるセトだが、興味津々にリンゼイを見ている。


「大事にしたくて、傷つけたくなくて、嫌われたくない相手をさ、こんなところに連れてくる?」


 リンゼイは親指を立て、小屋を示す。


「君、こんな、汚ったないところでチューしたい?」


 言われてセトは真っ赤になる。


「ここしか……その、なかったのでは? あるいはやむにやまれぬ事情があったのでしょう」

「そんな事情や理由がある男はやめとけ、ってことだよ」


 リンゼイは腕を組み、ふん、と鼻息荒く語りだす。


「僕ならまず、食事に誘うね。頑張って、値段の張るお店。一回目が勝負だよ。ここで、『普段の僕』を見せちゃダメなんだ。一回目は、『精一杯、君のために頑張った僕』を見せるんだ。だって、女の子だって、『一生懸命おしゃれをした自分』で来るんだからね? それなのに、『普段の僕を好きになってもらう』とか言って、普段着で、いっつも行くようなファストフード店とかチェーン店に連れて行っちゃだめだよ。ここはちょっと頑張ろう」


「でも、背伸びしたまま付き合うのは疲れます。というか、そのファストフードってなんですの?」


 眉を下げ、セトは言う。ちっちっちっち、とリンゼイは立てた人差し指を横に振って見せた。


「女の子だって背伸びしているんだ。互いに背伸びしてたら、疲れる時期は一緒さ。その時、互いに『普段の自分』になって向き合えばいいんだよ。要するにね」


 リンゼイは立てた人差し指をセトの鼻先に向ける。


「落としたい女の子がいるなら、全身全力でことに臨めってことさ。手を抜いたり、考えるのをやめたり、ここでいいかって妥協するような男は、その程度しか、自分を好きになってないってことなんだよ」


「深い……、ですわね」


 うんうん、と頷きあって熱く語り合っているが。

 致命的なことに。

 この二人。

 互いに恋人がいない。


 なにもかもがあくまで机上の空論だった。


 リンゼイは次々に自分が編み出した最高のデートプランとやらを披露し始める。そこにセトが子ども並みに乙女チックな妄想を入れ始め、リンゼイの饒舌はさらに加速した。


 二人の妄想は、もはやディーンには聞きがたいところにまで発展し、ごほり、と大きめの咳ばらいをする。


「で。この中で、さっきの男は何を見つけたんだ?」

 声をかけると、リンゼイは「そうだった」と手を打ち鳴らした。


「まぁ、ちょっと見てよ。百聞は一見に如かず、っていうだろ?」


 リンゼイが顎で扉を示して見せる。「聞いたことがない格言ですわ」とセトは首をかしげるが、ディーンは慣れっこだ。


 扉に打ち付けただけの、取っ手らしき木の棒を握る。


 ぐい、と手前に引くと。

 妙な軋みを上げて、開くというより、傾いてきた。セトが小さく声を上げるから、ディーンは慌てて肩を扉に押し当て、倒れるのを防ぐ。


「大丈夫?」


 好奇心につられて、いつの間にかディーンの隣にいたらしい。セトは驚いたような顔で扉を見ていたが、ディーンの視線に気づいて、笑顔でうなずいた。


 ディーンは両手で扉をつかみ、開けるというより、持ち上げて、隙間を作る。

 小屋内部に顔を押し込むと、セトも自分にくっついて覗き込んでいた。


「おやおや……」

 ディーンは苦笑した。


 隣でセトは顔をしかめている。臭いのせいだろう。鼻の根元にしわを寄せ、息を吐く。


 照明もない薄暗い小屋の中には、大きな魔方陣があった。

 白墨で描かれたのか、幾何学模様が絡み合うその画は、ディーンにはさっぱり理解できない古代文字が書き連ねてある。


 小屋の中には、それ以外何もない。

 それなのに。


「この匂い、なんでしょう……」


 セトは両手で鼻を覆い、ディーンを見上げる。

 ディーンも首を傾げた。


 どちらかというと、動物系の腐敗臭に似ていた。チーズのような発酵臭が室内に充満し、扉を開けたというのに、薄まるそぶりも消える気配もない。


「匂いの元が、見当たらないな……」


 ディーンは言い、小屋の中に入る。

 板を敷いただけの簡易な小屋だ。ぎぃ、とディーンの体重で簡単に床がしなる。


「……この、魔方陣……」


 きぃ、と軽い軋み音が鳴った。顔を向けると、セトが相変わらず両手で口と鼻を覆い、魔方陣に歩み寄っている。


「リンゼイ、この魔方陣……」


 しばらく凝視したのち、セトは扉を振り返る。壁の板目から洩れいる光を乱反射し、紫水晶のような輝きでリンゼイに言葉を放つ。


「これ、異端ですわ」

「だよね。しかも、カーレンにまつわるものだよ」


 傾いた扉が邪魔なのか、リンゼイは両手で支えながら、首だけ小屋につっこむ。入るつもりはないらしい。異臭が気になるのか、顔をしかめ、首を横に振る。


「最初は、どっかの司祭が儀式でも行ったのかとおもったけど、それ、カーレンだし、おまけにさ、術の様式が……」


 リンゼイは中途半端なところで口を閉じた。


 セトもディーンも。

 口を引き結び、見る。


 がらんどうの床に、描かれた魔方陣が淡く薄く、発光していたのだ。


(生物発光みたいだな……)


 青白いその光に、ディーンはそう思った。


 錬金術師たちに昔見せてもらったことがある。イカをさばき、コロニーを取り出して培養すると、暗闇で青く光るのだ。


(そういえば、セトの背中にあった魔方陣も、同じく青く発光していたっけ……)


 ディーンがセトを見やった時だ。


「ふたりとも早くそこから出ろっ。うぎゃっ」


 リンゼイは怒鳴り、そして悲鳴を上げる。「リンゼイ!?」。驚いてディーンが顔を向けると、あれだけ奇妙に歪んでいた扉が。


 ぴたり、と。

 ピースが嵌ったパズルのように、閉じていた。


「痛って……っ! ディーン! ディーン!!」


 小屋の外でリンゼイが喚いている。板をはめ込んだだけの扉が大きくしなった。外側から叩いているらしい。ディーンは駆け、扉にとりついた。リンゼイが闇雲に叩くものだから、上手く取っ手が指にかからない。


「離れろっ」


 大声で呼びかけると、扉の振動がぴたりと収まる。ただ、すぐそばにはいるようだ。荒いリンゼイの息遣いは聞こえた。


 ディーンが取っ手を掴み、引く。びくともしない。今度は押した。動かない。舌打ちする。右肩を板に押し付け、体重を乗せて押す。


 軋みもしない。

 閉じ込められた。


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