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祝福の花吹雪をあなたに  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)
2章 王都にむけて

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21話 贄とひきかえと聞いた

「……ディーン」


 どうしましたか、セトはそう言いかけて言葉を飲んだ。


 聞こえたからだ。


「贄と、引き換えと聞いた」

 平坦で、抑揚のない声だった。


「贄と、引き換えと聞いた」


 小さな声だ。

 ディーンは気づいていない。開かないらしい扉を、いらだったように今は蹴りつけている。重く、軋むような音を立てているのに、不思議と扉は微動だにしなかった。


「贄と、引き換えと聞いた」


 その。

 セトに向けられた言葉の語尾が。


 ごぼり、と。

 気泡が破裂するような音に潰える。


「贄と、引き換えと聞いた」


 こぽり。

 今度は軽い発砲音の後に、言葉が続いた。


 漂うのは。

 異様な臭気。


「贄と、引き換えと聞いた」


 下だ、と気づいた。

 声は、下から聞こえる、と。


 セトは恐る恐る、視線を足元に向ける。


 すぐそばにあるのは、魔方陣の幾何学模様。様々な図形が織りなすのは、古代から連綿と引き継がれた約束事や契約の証。


 魔術とは、過去から現在までの様々な契約を、まるで迷路をたどるように書き記すことから始まる。精霊、妖し。魂。そんな実体を持たず、だが、確実に「意識」を持った存在達と交わした約束を積み重ね、さらにもうひとつの、大きな「契約ごと」をなそうとする。


 それが、魔方陣を使った術だ。


 青白く光る契約書は、地の精霊と取り交わした約束事が描かれている。

 とらえること。とどまらせること。

 地の精霊は、術者にそれを約束していた。


「贄と、引き換えと聞いた」

 声は、板間の下から聞こえてくる。


 セトは、だが、いぶかしむ。

 この小屋に入るとき、段差は感じなかった。


 地面と、小屋の床。

 そこに『差』はない。


 ということは。

 この小屋は、地面に直接板が渡されただけなのだ。隙間があるといっても、指の第一関節ほどもあるかどうか、というところではないだろうか。


 そんな。

 そんな、些少な隙間から。


 どうして。

 声が聞こえるのだろう。


「贄と、引き換えと聞いた」


 セトは目を細める。薄暗い。室内に窓がないせいで視界が悪い。

 声の聞こえる方に目を向ける。


 真下だ。


 そっと足をずらし、チュニックの裾をからげる。編み上げの長靴(ブーツ)がのぞく。セトは自分の、そのつま先を見た。


 板と板がうまく隣り合っていない。

 少しだけ、隙間があった。


 こぽり、と。

 そこから気泡が割れる音がする。


 臭気が立ち上った。


「贄と、引き換えと聞いた」


 声が、聞こえる。

 セトはチュニックを握りしめたまま、膝を折る。腰をかがめた。しゃがみ込み、板間の隙間を。


 覗き込む。


「贄と、引き換えと聞いた」


 目が、あった。


 どろり、と白濁した瞳だった。

 くすんだ、青色の瞳をしていた。


 彷徨うように、探すように。二度三度、揺らいだかと思うと。

 硬直するセトの瞳と。


 目が。

 合った。


「お前が、贄か」


 ぽこり、と気泡がまたひとつ、潰えたようだ。吐き気を催す臭気が板の割れ目から吹き上がり、セトは悲鳴を上げて立ち上がる。


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