12話 待った! 下はどうした!
「でも、なんでも物事をはっきり言う子でよかったよ。俺的には、すぐ、めそめそ泣かれたり、黙ったまま、もじもじされる子は苦手だ」
ふぅ、と息を吐いてディーンは言う。社交界で出会う淑女や少女は皆、そんな感じだ。
ディーンが話しかけても、ほとんど返事をしない。扇子で口元を隠し、背後の侍女に何か言う。その侍女がディーンに話しかける感じで、正直自分は誰と話しているんだ、と、うんざりしていた。
「僕は、そんな子がいいなー。ほら、庇護欲をそそるじゃん。僕に黙って付いてきてくれそうだし、文句も言わなさそう」
切り分け終えたのだろう。リンゼイは布巾でナイフの刃を拭うと、そのままクルクルと刃に巻き付けた。
「だいたいね、はっきり物事を言うんじゃないんだよ、セトは」
胡座をかいたまま、ぐるりと体をディーンに向ける。
「あれはね、命令しているの。腹立つわー」
「命令し返してたじゃないか、リンゼイ」
ディーンが笑う。リンゼイは当然だとばかりに頷いた。
「貴族だろうが大司祭だろうが知らない。僕に命じるなんて許せないね」
リンゼイの言葉を笑ってやり過ごしながら、ディーンは思う。
多分、セトと名乗ったあの子。貴族だろう、と。
ディーンの一族のような成り上がりじゃ無い。ある程度の高位者だ。
年頃だというのに、肌は白く、指や足にも汚れや苦労の跡が見えない。水くみをしたことがない町娘や商人の娘などいやしない。
おまけにあの気性だ。
セト、などど一般人のような名を名乗っているが、愛称であるか偽名だろう。
「だいたい、風呂長いしっ。腹減った」
リンゼイが後ろに手をつき、足を伸ばして座り直したときだ。
軽快にドアがノックされた。
顔を見合わせる。セトだろう。
「お風呂どうだった?」
リンゼイがのんびり声をかける。銀色のドアノブが回転し、扉を開けてセトが姿を現した。
「やっと一息ついた気分でしたわ」
入ってきたセトの姿に、二人はぎょっとする。
ディーンはたじろぎ、リンゼイは、乾いた笑い声を漏らした。
「良い匂い。シチューですか?」
室内の空気をかぐように、セトは首を伸ばした。
するりと伸びた首は夜目にも白い。暖炉にかけられた大鍋を見つけたセトは、素足のまま嬉しげに駆け寄った。
「お腹空きました」
セトは暖炉の前に立ち、にっこりと男二人に微笑みかける。
その彼女は、シャツ姿だった。
というか。
シャツしか、着ていなかった。
そしてシャツの丈は、彼女の膝にも達していない。ひらひらと裾を揺らしながら歩き、そしてふたりに背を向けて鍋をのぞき込もうと腰を折る。
「待ったっ!! 下はどうしたっ」
切羽詰まったようにディーンが叫ぶ。すぐ近くでリンゼイが「エロいな、ちょっと」と笑っている。
「腰幅が合わなかったので」
「しゃんと背を伸ばして立てっ」
中腰のまま、きょとんとした顔で振り返るセトに、ディーンは軍人らしく彼女に命じた。
「だから、サイズが合わないって言ったじゃん」
リンゼイがうんざりしたように言う。セトは不思議そうに首を傾げた。濡れた銀髪がさらりと肩口を流れる。
「このままでも、ちゃんと隠れているでしょう?」
「微妙に隠れてないんだよ」
リンゼイは言い、扉を指さす。
「取りあえず、ズボン、取っておいでよ」
不満の声を漏らすセトに、リンゼイは呆れた。
「僕らに襲われるとか思わないの? 男の前でその格好はないでしょ」
「あら、男でも教会の方達でしょう?」
納得がいかないとばかりにセトは眉根を寄せる。
「異端審問官に、教会騎士しかいないこの部屋で、誰がわたくしに危害を加えるのです?」
「……いや、そんな全幅の信頼を置かれても困る」
うめくように言うディーンにセトは自嘲気味に笑った。
「それにわたくしのような醜い娘になにかしようとおもうほど、おふたりが飢えているとは思えませんが」
「とにかく、目のやり場に困るから。食事を食べたいのなら、それ相応の服装をして。まさか、夕飯を男物のシャツ一枚で食べるような失礼なことはしないだろう?」
ディーンは扉を指さした。
「ディーンの言う通りですわね」
この言葉は彼女の心に響いたようだ。大きく頷くと、裾を揺らせてセトは扉に走り出す。
「ゆっくり歩いてっ」
「見えそうなんだけど見えないんだよなぁ」
顔を背けてディーンが怒鳴る。リンゼイは逆にガン見だ。
「どんな家庭状況で育てば、ああなるんだっ」
ディーンが小声で怒鳴るが、リンゼイは肩を竦める。
「特殊な家庭環境なんだろうねー。自分のことは、誰も傷つけない。そう思ってるんだろう」
リンゼイは答えると、よいしょとばかりに立ち上がった。同時にふと小首をかしげる。
「でも変なこと言っていたね。自分のことを醜いとかなんとか」
あんなにきれいな娘なのに。
リンゼイは目を瞬かせ、ディーンも彼女が出て行った扉をしばし見つめた。